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風の音(禮晶)完

辺りは暗くなり、篝火が焚かれ始めている。
「曾じい様…」
その聖も、昨年に亡くなった。
彼が生前にくれた横笛。
だが鷹は何故かどうしても音が出せず、その都度聖に拒絶された様な寂しさを感じていた。
…………今ならば、鳴らせるだろうか。
諦めつつも、捨て切れない期待感を抱えながら、鷹はそっと息を吹き込んだ。
「………、何故、鳴らぬ…」
すぅ、と空しく息だけが竹の管を通って行く。
鷹がやりきれない気持ちに苛まれていた時、

「下手くそ。持っている笛が泣くぞ。」

不意に背後から呆れた様な誰かの声が聞こえた。
「誰だ……っ!」
丁度、間合い良く天空を覆っていた雲が途切れて白銀の月が顔を覗かせた。
「此処だ、木の上。」
「………!」
自分とそうは年齢の変わらなそうな少年が一人、鷹の背後にあった楓の木の枝に腰かけていた。
呆気に取られて鷹は少年を見上げた。
桓ノ国での一般的な髪の色…漆黒、ではない灰色がかった銀の髪…が柔らかな月光をはじいて淡い色の煌めきを帯びている。
少年は前髪をかき上げながら溜め息をついた。
「生まれつきこんな色だ、仕方あるまい。」
「………鬘だと言われても幻滅するだけだ。」
初めて聞く感想だな、と呟きながら少年は身軽に枝から飛び降りた。つかつかと鷹に歩み寄る。
「お前は…?」
鷹をじっと見据える瞳も髪と同じ色、灰まじりの銀色をしている。
綺麗な色だな、と鷹は素直に思った。
「銀(ギン)。風の民だと言えば分かるか。」

風の民。普段は家族単位で国中を放浪しつつ暮らす者達だ。
歌舞音曲に秀でた者が多く、こうした宴の際には彼らの姿をよく見かける。
流れ者、身分の外にある者達なので平民以下の扱いを受けるが、逆に平民には許されない、皇族や貴族の前に出る様な事も出来るのだ。
「銀…そのままではないか」
髪と瞳の色そのままである。
そう鷹が言うと銀は眉間に皺を寄せた。
「其方こそ、ヨウという名は鷹よりも幼という字である方がよくお似合いかと思いますが。」
ぐうの音も出なかった。怒る気力さえも出ない。多分、事実だろうから。
黙り込んでしまった鷹に銀が言う。
「珍しい御方だな」
「………珍しい?」
先刻までは狭められていた眉と眉の間隔が少し離れ気味になっている。驚いているらしい。
「や、普通怒って打ち首獄門とか…」
「…そうかもしれないが、私はしないぞ。」
先に言ったのは自分の方だし、そんな事柄にまで権力を振りかざす様な真似はしたくなかった。
「…本当に奇特な御仁だ」
「は?」
銀は鷹の前にすっと膝を折った。
「何だ?」
「先程は無礼を申しました、お許しください。」
「だから別に私は……あ、そうだ」
鷹は銀に聖から貰った横笛を差し出した。
「…風の民は歌舞音曲に秀でている。しからば、お前にはこの笛が吹けるか?」
銀は笛を受け取った。そのまま静かに吹き始める。
鷹はただ呆気に取られるばかりであった。
自分がどう頑張っても一音たりとて出なかった横笛が、という事もあるがそれ以上に彼の奏でる笛の音の非凡さに驚嘆していたのである。
概して風の民は云々、という域のものではない。
一見華やかで、だが何処かに哀愁を帯びた音色がゆらゆらと漂いながら天へと昇って行く。
そのまま曲が終わった後も、しばらく鷹は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「……こんなんで良いですか。」
「あ、あぁ。」
何かを言おうとして銀は口を開きかけたのだが、はっとした様な面持ちで楓の木を見上げた。


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