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風の音(禮晶)完

人間の住む世界の事を人界と言う様に、神仙達が住む世界の事を天上世界と言う。
その世界での最高権力者は天帝陛下。
名を、縹(ヒョウ)という。瞳の色が薄藍色…縹(ヒョウ)色なのだ。
この御仁、その気にさえなれば相当な切れ者にもなり得るのだが普段は少々…いや、かなり適当な性格の持ち主である。
気さく加減が過ぎて執務をサボる事もしばしばなのだが、人(?)が良いからそんな天帝でも周囲からの信望は結構篤い。
人望って大切だ。本当に。


「縹っ!貴様、今日という今日は…」
白銀の長い髪と紅い双眸をもつこの神仙、名前を水蛇(スイダ)という。
人間で言えば青年程度の年格好だが、実年齢はゼロが数え切れない程付く。
なまじ生真面目なだけに親友と(不本意ながら)上官を兼任する縹のお守りを任されてしまった、何とも苦労の多い御仁なのである。
「まぁ、もう慣れているんだろう?」
苦笑している神仙の名は那岐(ナギ)。水蛇の親友だ。
彼は桓ノ国の東隣、海を渡った向こう側の島国の神仙なのだが、こうしてよく遊びに来る。

今日も今日とて執務室から脱走した天帝を捕獲すべく彼らは動いていた。
世界の要とも成り得る様な天帝がそんなんでも良いのか、という意見も多々あるが……それでも世界はそれなりに平和である。
それが縹の仁徳か、それとも水蛇の眉間の皺と気苦労の結晶なのか……其処には敢えて深くは触れまい。


水蛇は鍛えられてしまった勘で当たりを付けた部屋の扉を乱暴に蹴り開けた。
「す、水蛇!これには深い訳が…」
「貴様、この期に及んでまだこの私を愚弄す…」
水蛇は不意に言葉を途切れさせた。縹だけかと思っていたらもう一人いたのである。
妙な人物だ。室内だと言うのに濃い灰色の外套を頭からすっぽりと被っている。
警戒の色も露わに水蛇は腰の剣に手を伸ばした。
「あれ、お前…もしかして科戸(シナド)?」
後から来た那岐が濃灰色の不審者に声をかける。
「………那岐?何で、お前が此処に」
「あ、やっぱり科戸なんだ。」
どうやら那岐の知り合いだったらしい。
一応は警戒を解いた水蛇は親友に問うた。
「知り合いか?」
「あぁ。彼は科戸、風と旅とを司っている神仙で私の旧友だけど。会った事、無かったかい?」
「……無い…ですよね」
科戸と呼ばれた神仙は水蛇の言葉に頷いた。
「まぁ、仕方無いですよ。では、改めて。」
濃灰色の外套を取り去る。自分や縹、那岐と同じ位に見える年格好だ(実年齢はともかく)。
驚くほど白に近い灰色の髪と同色の瞳。
科戸は眩しそうに目を細めると水蛇に言った。
「すみません。俺の目、光に弱いので……。」
「あ、すみません。どうぞ。」
どうやら外套は色素の薄い瞳を守る為らしい。
……断じてハゲ隠しとかではなく。
「俺は科戸と言います。馬鹿縹が常に迷惑ばかり掛けていて申し訳無く思っていました。」
「え…えぇ、まぁ、そうですね」
初対面だったが思わず本音が出てしまう水蛇。
「おいこら!お前らちょっと待…」
無視される縹。苦笑するが手を貸しはしない那岐。
水蛇と科戸はもう打ち解けて話をしている。
「もっと早くにお会いしたかったものですね。」
「全く以て同意見です。」

科戸は情報屋の悲しい定めだと言って笑った。
風の、旅の神でもある彼は常に様々な世界を渡り、得た情報を天帝に届ける役に就いているらしい。
なので縹とも古馴染だが会ったのは久しぶりだったのだ。

「だから今まで面識が無かったんですね。」
「すみません、こいつのお守り任せっきりで」
「いえいえ大丈夫ですよ、まだ。」
まだって何だよ、という縹の叫びは黙殺された。
「……ところで科戸、何か有用な情報でも入った?」
那岐の言葉に科戸はそうだった、と呟いた。
「危うく忘れるところだった。いや…嫌な情報は敢えて忘れていたとでも言うべきか」
科戸が話し始めた情報に三人は顔色を変えた。
彼が嫌な情報だと言った訳に納得である。
「そろそろ来るかと思っていたが…」
縹がぼそりと呟いた。水蛇も頷いている。
「重なり合っているのが最大の問題だろうね」
これは那岐だ。今回、科戸の得た情報は二つ。
「俺らだけの問題で終わりそうにないな。」
「あぁ。面倒臭い事この上無い。」
仕方無い…と縹は呟いた。ゆっくりと立ち上がる。


「久し振りに降りてみますか、………人界に。」


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