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拍手ログ7

(08/11.20〜09/02.11)

「花井君の好きな人って誰かな」

 クラスの女子から唐突に紡がれた言葉が頭の中から離れず、何をするにも田島の邪魔ばかりしていた。好きな人の一人や二人、この年ともなればいる方がきっと当たり前で、それは花井に関しても例外ではないのだろう。花井の好きなヤツ、今まで気にしたことなんてなかったものが突如他人の言葉から興味の対象としてスイッチが入ってしまった。それはもう、驚くほどに。
「おい、いつまでさぼってんだ」
「ッてぇ!」
 掃除の合間に教室の窓から中庭を眺めるには長すぎる時間を費やした田島は、箒の柄の先端で泉に後頭部を突かれ我に返った。容赦ない泉の一撃にうっすらと涙を浮かべ後頭部を押さえながら振り返ると、悪びれた様子など微塵も見られない泉が徐に田島の頭を退かしてひょいと窓から顔を出した。
「なにお前、花井見てたの?」
 図星をつかれたことと泉の口から滑り落ちた聞き慣れた名前に心臓が過剰に反応を示した。途端、ぶあっと掌から汗が噴出し、疚しいことなど何もないはずなのにどうしてかそういう気持ちになって田島は咄嗟に口からでまかせを言う。
「ちげー、水谷見てた」
 顔はまだしも声色だけは正常を保っていられたから泉に背中を向けてぶっきら棒に答えた。花井だろうが水谷だろうが大した差は全くと言っていいほどないのだが、田島にとっては余程の意味があったようで。滅多につくことのない嘘が顔を出してしまったほどに。
「…嘘ついてどーすんだ。水谷いねーぞ」
「マジで!?………あ、は」
 身を乗り出して中庭を見渡せば泉の言った通りそこに水谷の姿はなく、その上呆れたような泉の視線が突き刺さってもはや苦笑いするしかなかった。性に合わない嘘なんてつくもんじゃない、心の底から田島は後悔した。
「なに、花井となんかあった?」
「…なんもねー」
 ズルズルと壁にもたれしゃがみ込んだ田島はそのまま膝を抱えてため息を吐いた。らしくない田島を前に泉は持っていた箒の柄で自分のこめかみをコリコリとかき、そのまま田島の脳天を柄で小突いた。
「イテ。ちょ、泉!オレの頭叩きすぎっ」
「だってお前そんなキャラじゃねぇだろ。ぐずぐず悩んでんのは花井だけで十分だっての。おら、あとはゴミ捨てだけだから行ってこいよ」
 泉の言う内容が呆けた頭にはすんなり入ってこなくて田島は間の抜けた顔で泉を見上げた。面白いぐらい覇気のない田島にため息を吐いてから泉は、握った拳から親指を立てクイと中庭の方向へ促した。
「だから、花井に聞きてーことあんだろ?」
 その一言でようやく脳ミソの回転が戻った田島は曇っていた表情から一変、笑顔を取り戻し勢いよく立ち上がった。余程窮屈だったのか伸びをすると背骨がボキボキと音を上げて、きもちー!と言った田島はすっかりいつもに戻っていた。
「さんきゅー泉!ちょっと行ってくる!」
 さっきまで封じ込められていた元気が解放されるや否や、一直線に教室から出て行こうとする田島を泉は慌てて呼び止める。
「田島、箒!」
「あ、やべっ」
 泉に言われて持ったままだった箒を掃除用ロッカーに放り込んだ。扉を閉めてからカツンとこちらに倒れてきたような音がしたがごめんなさい!とそのままにロッカーから離れると、教室から出て行く前に田島は泉を振り返った。
「泉はさ、好きなヤツいんの?」
「は!?」
 あまりにも突然すぎる質問に泉はただ度肝を抜かれた。
「あ、わり。時間ねーからあとで!」
 それだけ言うと田島はバタバタと教室から出て行ってしまった。遠ざかる足音に徐徐に我を取り戻した泉は、つい今しがたの田島の発言を思い返ししまったと口を開けた。
「田島の聞きたいことってアレかよ。あーまずった、悪い花井」
 田島に食いつかれて必死に逃げ回る花井の姿が目に浮かぶ。カッとなって勢いで告白なんてことにならなければいいと思いながらも、そうなったらそうなったで田島の反応が見てみたい。そんなことを考えながら泉は教室の窓をゆっくり閉めたのだった。

付き合うのも時間の問題だろ




あきゅろす。
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