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拍手ログ5

08/06.17〜08.20

田三

 今日の練習試合の相手校は自転車で行けるほどのわりかし近場の距離にあった。その上珍しく午後からの開始だったので試合が終わった後学校には戻らずその場で簡単にミーティングを済ませ、もう遅いからと現地解散となった、その帰り道。
「あれ?田島ン家そっちじゃなくね?」
 少し広い道に出たところで皆それぞれ帰る方向が枝分かれになり、ペダルを漕ぎ出そうとした水谷が違和感を覚え足を止めた。
「ン?オレ三橋と帰っから」
「え、でも」
「水谷、ほっとけ」
 外野が何を言おうと田島の行動は決して変わらない。花井は無駄だから相手にすんなと水谷を制した。
 普段の練習後もほぼ毎日と言っていい頻度で三橋と帰っている、いや連れ回していると言った方が正確か。そしてそれは練習試合後も何ら変わりなく実行されるらしかった。
「じゃーな!いくぞ三橋」
「う、ん。じゃ ねっ」
 田島に促された三橋はそそくさと挨拶をし、サッサと先を行こうとする田島のあとを急いで追いかけた。

 時刻は午後八時を回り、さっきまで皆と一緒で騒がしかったのがウソみたいに今はすごく静かで、互いの足音と自転車の車輪の回る音だけが狭い道に響いていた。
 皆といるワイワイとした雰囲気の中も好きだけれどこうして田島と二人きりで過ごす時間、それが何よりも好きだと改めて思う。
「今日、田島君 スゴかった、ねっ」
 頬を上気させ、今日の試合を思い出しながら興奮した様子で田島の方に少し寄った。
「えー、なにが?」
「タ、タイムリー ツーベース、ヒット!」
「あーっ」
 5回裏の田島の活躍が今日の勝ちにものすごく大きかったと全員一致の意見だった。ホームを力強く踏み、すごく嬉しそうな顔でベンチに戻ってきた田島とタッチした掌がまだ熱く痺れているような錯覚を起こしてしまいそうで強く拳を握る。
「つーか、アレは三橋のために打ったんだぜ?」
「オ、オレ?」
 田島から思いも寄らぬ返答をもらい、はてなが頭の中をぐるぐると回り出す。どうしてオレのためなんだろうと顔に出ていたのだろうか、ガチと目が合った田島は唇を上げてニヤと笑った。
「ボックスから三橋の声が聞こえたから。言ったろ?田島君がんばれって」
「う、ぉ」
「だからアレは三橋ンだ!」
 そしてニカッと最上級の笑顔を独占させてくれる。太陽のように眩しく手が届きそうで届かなくて、それでもいつだって眩い光でやさしく包んでくれる。
 田島がいないと生きていけない、そんな風に思ってはいけないのだろうけれど、余りにも存在が大きすぎていけない。好きになってくれた嬉しさと失うことの怖さが同時に押し寄せ、三橋の胸をギュウギュウに締め付けてしまった。
「…っく、ひ…」
「ぅえ!?なんで泣いてんの!」
 突然泣き出した三橋に驚いて田島は思わず大きな声を上げてしまった。今の会話に泣く要素があるとはとても思えない。
 それでも目の前の三橋はボロボロと涙を落としているのでその涙を拭ってやろうと手を伸ばす。しかしその手が触れる寸前で三橋が囁くように呟いた。
「…オレ、た 島君が スキ だ」
 それは消えてしまいそうなぐらいとても小さな告白。
 田島への想いが溢れすぎて心の中に押し止めておくことなどできず、音として外に押し出され田島へと伝わっていった。
 止まったままの田島の手は方向を変え、痛いか痛くないか絶妙なところで三橋の額へ中指を反動させた。つまりはデコピンをした。
「ぅ、いっ…!」
 突然すぎる出来事にビックリした三橋は自転車のペダルに一歩引いた右足をぶつけてしまった。打たれた額よりもそっちの方が痛くて思わず顔をしかめる。
「オレも三橋がスキだよ、ゲンミツに!」
 ビシッと突き出された人差し指がさっき打たれた額を軽く小突くと、三橋の目からはさらに涙が零れ落ちていった。
「もー泣くな。あんま泣いてっと襲うよ?」
「た、じまくっ」
「うーそ!ほら、いこーぜっ」
 片方の手は自転車のハンドルを握り、もう片方の手は笑顔と一緒に差し出された。その手を取り握り返すとさっきまでどうしても止まらなかった涙が不思議と止まり、今度はホカホカと体の真ん中があたたかくなっていった。

 こうして肩を並べて歩くことのできる幸せが
いつまでも続けばいいと夜空の星に願った




阿三

 毎日一緒に帰っている田島が今日は珍しくいない。何でも今日の練習試合が終わったあとに花井が家まで来るからと嬉しそうに言っていた。
 自分も田島の家に行ってみたいと思いつつも、そのおかげで今日は阿部と一緒に帰っている今が嬉しくてさっきからずっとニヤけが止まらないでいた。
「おま、気持ちわりぃな…」
 その様子を見ていた阿部がコンビニの自動ドアを潜りながら変なモノでも見るかのような視線をこちらに向ける。慌てて顔を覆ってみるも、体から醸し出されるお花畑的な雰囲気までは隠しきれなかった。
「いーよ、ンなことしなくて。で、お前なに飲む?」
「え?」
「今日頑張ったからおごってやる」
 オレはコレと阿部はペットボトルのカフェオレをケースから取り出した。
「ほ、ほんと!?」
「ウソついてどーすんだよ」
 バッと顔を上げた三橋の目は大袈裟すぎるほど期待に満ち溢れていた。それが余りにも滑稽で阿部はアホだなと呆れながらも苦笑する。
「え、と。じゃあ オレ…」
 待たせてはいけないと懸命にケースにズラリと並ぶ飲料とにらめっこし、新発売とPOPの貼られたジュースに惹かれ手に取った。
「コレ、に するよ」
 阿部の差し出してきた手の中に選んだジュースを乗せた三橋はまだ、ホントにいいのかなという表情をしていたが阿部は面倒くさいのか触れることなく流した。
「ん。レジ行ってくっから外で待ってな」
「う、うん」
 外を指差す阿部に従い、またニヤけてしまいそうな頬を押さえながら自動ドアを潜った。

 いつもは田島と見上げるこの夜空が今日は少し違って見える。それは浮き足立った気持ちがそうさせているのだろう、足下がおぼつかないけれどそれはそれで心地よかった。
「三橋」
 店内から出てきた阿部の手には自分の分のペットボトルとビニル袋が提げられていた。
「お前の分」
 手渡されたそのビニル袋を覗き込むとジュースの他にもう一つ入っている。
「こ、れ…?」
「やる。好きだろ」
 それは三橋の一番好きなアイスだった。口に出してこれが好きだと言ったことがあるのは田島ぐらいなもので、それを阿部が知ってくれていたということは、
見ていてくれてた…て こと、か。
「あ、りが とっ」
「おー」
 余りの嬉しさに持っているアイスをギュウと握り締め、軽く容量を越えた阿部への思いがこれ以上どこに収まればいいのかと全身を駆け巡る。
 好きで好きで声に出してしまったらきっと泣いてしまう、だから心の中で一回だけ言った。
「おい、溶けんぞ」
 握ったまま動かない三橋を見かねた阿部が早く食えと急かす。
「食べな きゃ、ダメ…かな」
「はァ?」
 阿部の出した大きな声にビクリと肩を揺らし、それ以上突っ込まれないうちに食べてしまおうと急いで包み紙を破いた。
「い、ただきま す」
 ウヒと笑って誤魔化したが阿部の自分を見る目が明らかに誤魔化しきれていないことを示す。その視線から逃れようとわざとらしくないようにゆっくりと体をずらし、阿部のいる方と逆を向いた。
 少し溶けてしまったアイスを頬張るとあの甘い味が口内に広がり、より一層幸せな気持ちにさせてくれた。それでも少しずつ無くなっていくアイスを見る度に残念だと思う気持ちも少なくない。

 阿部君からもらったモノ
ホントはとっておきたかった、なんて言ったら
絶対怒られる、よね…?




花田

 マンション住まいの花井にとって和風な三階立て一軒家の田島の家は外見からして圧倒感があった。今日が初めて来るわけではないけれどその感じは未だに消えておらず思わずため息が漏れる。
「悠!ちょっときてー」
「今いく!わり、先部屋行ってて」
「ん、おお」
 今日は土曜日、練習試合が終わってから直で田島の家へお邪魔させてもらった。田島の母親がいつも悠が迷惑かけているからたまには夕飯でも食べにいらっしゃいと言ってくれたこともあり、明日が休みなのも手伝っての今日となった。
「おじゃましまーす…」
 田島の部屋はすぐ上の兄との二人部屋で、真ん中に置かれた二段ベッドで上手く仕切られていた。今その兄は合宿中でいないらしいから多少躊躇しながらも上がらせてもらう。
 田島は下のベッドを使っていると前に来たときに聞いていたが、そんなものはベッドの上を見れば一目瞭然で。
「三橋と大差ねェな、コレ」
 雑誌にボール、グラブ、果ては木製のバッドまでベッドの上に横たわっている。
「抱いて寝てんじゃねぇだろな、あいつは」
 試合の疲れに脱力感が加わり、悪いと思いつつもベッドに横にならせてもらった。目を閉じ、深い呼吸を繰り返すと田島の匂いで肺が満たされ、まるで田島が隣にいるかのように思えた。
 不覚にも安心しきってしまった花井は一瞬の隙に深い眠りへと誘い込まれてしまったのだった。

「花井ー、メシー!」
 結局夕飯の支度を最後まで手伝っていた田島が上に上がってきたのはそれから十分ばかし後で、ベッドから見えるピクリとも動かない足から花井が寝ているのだと気付き黙った。
 ヒョイとベッドを覗き込めばスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てる花井の顔がすぐ目前で、その寝顔をじぃと見ていた田島は半開きになっている花井の無防備な唇に躊躇うことなく自分の唇を重ねてみた。
「…う、ん…っ」
 無意識の中で花井が甘ったるい声を上げた。
 初めはただ合わせるだけだったそれは段々とエスカレートしていき、最終的には舌を突っ込み危うく花井の息の根を止めてしまうところだったようで。
「…っ、はぁ!!っにしてんだよ!!」
 思い切り全身に空気を吸い込んで呼吸を正常に戻そうと必死の花井に、田島は謝る素振りすら見せずむしろケロリとしていた。
「花井の寝顔見てたらしたくなった」
 こいつはもういっそ清々しいなと肩を上下させながら呆れた。
「…お前さ、もうちっと欲望抑えてくれよ。ってるそばからぁ!」
 人が話をしている側からサッサと立ち上がった田島はメシメシと部屋から出ていこうとしていた。
「早くメシだってば!オレもー腹ペコでしにそー」
 大袈裟に腹を押さえてアピールする田島にもうどうでもよくなってとりあえず笑っとくかという気さえ起きる。
「ったく。…んなとこも結局は好きなんだよな…」
 惚れた弱みか、単に甘やかしているだけか。どっちにしろ田島にはかなわないことはとっくの昔にわかっていた。
「花井!」
 気が付けば部屋から姿が見えなくなった田島が声だけで急かしてくる。
「今いく!」
 反動をつけベッドから飛び起き、一つ欠伸をしてから田島のあとを追う。その顔には自然と笑みが浮かんでいたが花井自身、それに気付いてはいなかった。

 その身勝手さすら愛しく思え
すっかりドツボにハマっている自分が
おかしくてたまらなくなった




巣栄

 今日の練習試合は午前の一回だけ、その後すぐにミーティングを済ませまだ陽も明るいうちの解散となった。
 久々の早い帰宅に水谷が目に見えて嬉しそうに着替えているのがやたら目について笑いが込み上げてくる。その一方でモタモタと着替える三橋の顔にはもっと投げたいと誰が見てもそう読み取れ、余りにも対照的な二人にまたおかしくなった。
「んじゃ帰っぞー」
「コンビニよろーぜ!腹へったー」
 部室のカギを閉めたか再度確認している花井に、田島が後ろから早くと急かしてはそのしつこさに花井が邪険に対抗する。そんな二人を見て笑っている栄口を見つけ、何やら普段と違う様子に感じ注意深く見ることにした。
「田島しつけー」
「だって花井が相手してくんねーから!」
「お前は相手しててもそーだろが!」
 楽しそうな輪の中に水を差すのは少し気が引けたがやはり栄口の様子がおかしく、見て見ぬフリはできないと割ってはいらせてもらった。
「栄口」
「巣山、なに?」
 花井と田島がおかしくて涙が出そうだよと腹を押さえる栄口。しかし腹を押さえている本当の理由はそうではない。
「待っててやっから行ってきちゃいな」
「…へ?」
 スットンキョンな声を上げる栄口の、押さえる腹を指差しながら続ける。不思議と自分の勘違いではないと断言できるくらいの自信があった。
「腹、痛ェんだろ?」
「お、おお…。うわ、悪ぃ…!」
 指摘されたことに驚き気を抜いてしまったのか急激に押し寄せた波に耐えきれず、栄口は校舎の中へと小走りに駆けていった。その背中を見送りながら軽くため息をつく。
 どうして自分の為にもっと動こうとしないのか、周囲にばかり気を遣い自分のことはいつだって後回し。きっと栄口の育った環境から出来上がったであろうやさしすぎる性格が、いつか彼を苦しめてしまうのではないかと心配で堪らない。
「栄口便所?」
 巣山と栄口のやり取りを見ていた花井と水谷が一緒になって栄口の走っていったあとを見た。
「腹痛かったのかー。オレわかんなかったよ」
「オレも。巣山よくわかったな」
「ん?おお」
 花井にそう言われて何か違和感を覚えた。さっきまでの栄口を見ていればそんなことはすぐにわかるはず。なのに花井と水谷は気付かなかったと言う。それが違和感の正体なのだろうか、何だか釈然とせず首を捻った。
「栄口のことよく見てんな」
「…!」
「はないー!!」
 ニッコリと笑いながら言った花井はいつの間にか自転車を引っ張り出していた田島に呼ばれすぐ向こうに行ってしまう。水谷もそれについて行ってしまったから必然と巣山は一人残されてしまった。
「…っばか、ひっこめ…!」
 普段こういうことに不慣れな巣山が沸騰してしまった顔を元に戻すのは容易ではない。決して他意はなかったとわかっているにも関わらず、気持ちが見透かされてしまったように思え気が気でない。
「…んなに見てた、か…?」
 違和感の正体、それは巣山だけが栄口に抱いている特別な感情のせいだった。

 いつかオレだけには甘えて欲しいと思いつつ
気丈なところも好きなんだから救いようがない




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