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拍手ログ4

08/04.07〜06.16

花田

 二年に進級してからニ週間が経ち、新入生が今後三年間続けるであろう部活動に入部届けを持っていく光景にも見慣れてきた。今日の午後には我が野球部にも新入部員が顔見せに集まることになっている。現段階では十三人、まずまずといったところか。
「後輩かー、オレ引っ張ってく自信ないよー」
「誰もお前に期待してねェから安心しとけ」
 まだ対面もしていない後輩達にぐにゃりと弱音を吐く水谷に、都合よく現れた阿部が通りすがりにその肩を叩いた。ぎゃあぎゃあと文句を言いながら阿部の後を追う水谷を眺めながら、この上後輩の指導まで入ってくんのか…、と花井は大きなため息を抑えきれない。
「新入生だって!すっげーヤツいんのかな!?」
 その隣で声を張り上げる田島の見るからにワクワクしている目に、人の気も知らねーで、と花井は沸き上がる苛立ちを覚えた。
「いるわけねェだろ」
「なにそれ、どーゆー意味?」
 覗き込んでくる田島のキョトンとした表情に益々苛立ちが募る。野球をしているときには信じられないほど勘が鋭いクセに、何でもない場面ではあほかってくらい天然丸出しで腹が立つ。
 なーなー、としつこく顔を近付ける田島をキッと睨み付け、その顔をグイーと押し戻してやった。
「オメーよりすげェヤツなんているわけねーだろ!!」
 カッとなり荒々しく言うも、自分の言った台詞にすぐに首を傾げる。しかしハッとしたときにはもう遅く、キラキラと輝く瞳をした田島がウズウズとこちらを見つめていた。
「花井!大好きっ!!」
「…!!」
 飛び付くように抱き付いてきた田島にバランスを崩しつつも必死に引き離そうとする。が、組んだ腕の強さに逆に花井の首が絞まりそうで、とりあえず田島の足が付くところまで前屈みになってやった。それで離れるような田島ではないとわかっていたけれど。
「は なれ、ろ…!!」
「いーやーだー!」
 同じ高校二年生だとは思えない子供っぽさに思わず頭をうな垂れる。田島が惚れた弱みに付け込んでいるのか、単に花井が甘いだけなのか。どちらにせよもうこの関係性が変わることはないのだろう。
「そこー、あんまイチャつかないで下さいますかー?」
 先に戻ったと思っていた阿部が、既に顔色の悪い水谷の首をロックしながら冷やかしともとれる野次を飛ばしてきた。冷や冷やする場面もありながらも田島との関係を表沙汰にしなかった花井は、いつものようにはぐらかす為にお決まりとなった台詞を言おうとした、が。
「だってオレら付き合ってんだもんなー!」
 それよりも先に、余りにも軽く言い放った田島の言葉に目が点になったのは花井と阿部だけではない。そして花井の苦労空しく主将と4番が恋仲であるとあっさりとバレ、皆に生温かい目で歓迎される中、花井は涙目で田島の頭をぐーで力一杯殴ったのだった。


いつかやるとは思ってたけどさ




水谷

「水谷先輩!」
 集合がかかる前に軽く腹に何か入れておこうかとベンチへ戻ろうとした水谷を一年が呼び止めた。後輩が入ってから「先輩」と呼ばれることに幾分か慣れはしたが、名指しで呼ばれるのはこれが初めてのことだったので水谷の中に驚きと感動が入り混じる。
 質問されたのはグラ整についてのちょっとしたことで、二年の誰に聞いても同じような返答が返ってくるもの。それなのにわざわざ自分を選んでくれたことが嬉しくて顔がニヤけてしまう。
「聞いた!?水谷先輩だって!」
「あたりめーだろ。他になんて呼べって」
 一年が礼儀正しく去っていった後、丁度傍にいた泉に興奮冷めやらぬ様子で水谷は言った。そんなところをもし一年に見られでもしたらすぐにナメられるだろうと泉は思うも、そうなったらそれはそれで面白そうだからという理由であえて助言はしない。
「クソレ先輩とか米谷先輩とか呼ばれてーのか?」
「ちょ、それまだゆう!?」
 通りすがりに聞いていた阿部が話の途中で茶茶を入れる。いつまで経っても過去の汚点を拭い去れないのは水谷本人のからかいたくなる性格故なのだろうが。オーバーにリアクションをとる水谷が面白いのかニヤニヤといやらしい笑みを浮かべると泉と阿部。
「おー、そこの一年」
「この先輩の呼び方なんだけどなァ」
 丁度そのとき三人の横を通り過ぎようとした一年に水谷を指差しながら唐突に話し掛けた。粗方、水谷に不利になりそうなことを入れ知恵しようと企んでいるのが見て取れる。
「こーら、泉に阿部!」
 水谷が焦りながら止めようとしている二人に、残念ながら逆に抑えられてしまっているところを栄口が助け舟を出してくれた。涙目で栄口に縋る水谷に、まるで玩具を取り上げられてしまったように面白くなさそうな阿部が舌打ちをした。
「栄口ー!二人がひどいんだよ!」
 こうなってしまってはもう興味が無いと泉はベンチに戻ろうと水谷に背を向ける。阿部も同様に水谷から視線を離すが、栄口の次の言葉にその場から足が動かせなくなってしまった。
「水谷だってそれなりに頑張ってんだから、後輩にぐらいちゃんとした名前で呼ばせてやんなよ」
 そして一瞬の間の後、水谷は泣きながらベンチに駆けていったのだった。


お前がイチバンひどい!




阿三

 今日は午後から新入部員も入れてのミーティングがある。昨日の段階で顔見せは終わっており、それなりに実績のあるシニア出身者が数人いたせいで田島がうるさいくらい興奮していた。実力のある選手が入ってくるのに文句のあるヤツは早々にいないだろう。即戦力になってくれるに越したことは無いのだから。
「どうした?入らねェのか」
 いつもの様にさっさと入ってくればいいものをそうはせずに突っ立ったままグラウンドを見つめていた三橋、それに気付いた阿部が整備棒を置いて迎えに来た。
「ウ…。は いる…よ」
 言った台詞とは裏腹に三橋の足は一向に動こうとする気配を見せない。それに加えて何か言いたそうな顔をしていたので阿部はそれを促してやった。阿部の掴んだ金網がカシャンと小さく音を上げる。
「なんだよ」
「……今日、新入部員…」
「ああ、来ンな」
「…〜〜、」
 阿部に言われるまでもなくわかっていたことなのに、音にされると意外に威力が強いもので。三橋は唇をキュウと結び、その表情には不安と焦りが入り混じっていた。
「なに、イヤなの?」
 新入部員、そう聞かれて三橋は首を横に二回振った。進級すれば下が入ってくるのは当たり前のことで、それは中学でも経験済み。新入部員が入ってくること自体にはこれといって思うことはない。
 ならなんで?と阿部が聞こうとするよりも先に、三橋はゆっくりと口を開いた。
「……投手、いた よ」
「ん? ああ、シニアのヤツね」
「球、速い って」
「たかが120そこいらだろ」
「す、すごい よ」
「すごくねェよ。って、……お前、もしかして余計な心配してんじゃねェだろうな…!?」
 真上から降ってくる阿部のスゴみをきかせた声に反応して三橋の背中にはビリッと電気が走る。慌てて否定するもさっきまでの態度から真情味に欠け、どう頑張ったところで阿部のカミナリから逃れることはできなかった。
「お前はいつになったら自分に自信持つんだ!?この一年の頑張りはお前になんもくんなかったのかよ!つかもっと胸張れ!うちのエースはお前、三橋廉だろ!!」
 初めは三橋の努力をわかりもせずに追い出した三星の連中に腹が立った。そのせいで形成された根暗な性格には多少苛々しながらも三橋の努力を一番近くで見てきた。そして両手で数え切れないほどの勝ち星をこの一年で三橋は経験する。それなのに何度言おうと自分に自信を持たない三橋、それを阿部はどうしても我慢できずにいた。
「西浦の…、オレのエースはお前だけなんだよ」
「あ べくん」
 阿部の手が離れた金網がその反動でキシキシと揺れ、朝の静寂な空気の中に溶け込んでいく。両腕に抱いた三橋の体は相変わらず細かったけれど、しっかりと筋肉が付いてきてお世辞にも触り心地がいいとは言えるものではなかった。


何度だって言うから
だからもっとわかって




田三

 新学期が始まってしばらくすると後輩が入り、上級生という自覚すらないまま練習は休みなく続く。思っていたよりも新入部員の数が多く、三橋はまだ半分以上の後輩の名前と顔が一致しないでいた。いい加減覚えなくてはいけないと頭ではわかっているけれど、正直そんなことに頭を使うぐらいなら投げることに集中していたい、と三橋は思う。
「三球!」
 後輩が入ってから何かとバタバタしていた為に今日が二年になって初の投球練習だったりする。阿部の指示に従い全力投球をした、その矢先、後方から三橋の日常ではあまり耳にしようのない人と人とがぶつかり合う音に怒鳴り声。
 ケンカだ、そう思って振り返ると数人が揉み合っている。その中心に田島の姿を見て、三橋は思わずグローブを落とした。

「ちょ、どうしたんだよ!?」
「田島!やめろッ!!」
 ものすごい形相で後輩に掴み掛かっている田島を花井と泉が二人がかりで止めに入る。渦中の中の一人は田島に胸倉を掴まれ既に半泣き状態で、もう一人はそれを見て青褪めていた。
「こいつらが三橋を悪く言いやがった!許せねェ!!なんも知らねーくせにッ!!」
 思い切り怒気を含んだ声で捲くし立て、絶対にやる筈はないとわかってはいたが、今にも殴り掛かりそうになっている田島を花井と泉は後ろから強引に押さえ付ける。
「くっそ、お前らなに言ったんだ…ッ!?」
「正直に吐け!でなきゃオレが殴る!」
 さらに泉の脅しも加わり、外からも内からも身動きの取れなくなった彼らは正直に話す、という選択肢しか残されていなかった。
「み、三橋先輩が…投げてるの見て、オ、オレら、その……遅い…って、」
 涙声でなんとか言葉を繋げる後輩に花井と泉は、浅はかだな、と同情のような呆れのような表情を必死で押さえ付けながらも向けずにはいられなかった。よりによってそれを田島に聞かれるとか。
 後輩の親告にさらに腹を立てた田島は、花井と泉によってガッチリ掴まれている両腕がミシっとしなりそうなほど上体を起こし声を張り上げる。
「あやまれ!三橋にあやまれよッ!!」
「田島 君…!!」
 田島の自分を想っての行動にブルペンから見ていられなくなった三橋が駆け寄り、その震える背中にギュウとしがみ付いた。
「オレ は、大丈夫! だよ」
「み はし…」
 陰口を言われるのは慣れている、面と向かって言われようとも今はもう背中を丸めることはなくなっていた。だって、それは。
「田島君が いるからっ!」
 だからオレは大丈夫なんだよ、力強く言った三橋の手は冷たく、ひやりとその温度をアンダーシャツ越しに伝えてきた。三橋を助けるつもりが反対に助けられてしまったようで、田島は自分の精神年齢の低さに恥ずかしくなり「ぬぅあぁぁあぁ!!」と奇声を上げて膝を抱えてしまったのだった。


こんなはずじゃなかったのに!




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