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拍手ログ2

08/03/02〜03/23

 硬式野球部が設立されてニ年目の春。一年前が嘘のように新入部員が続々と入部したのは一ヶ月前のこと。
「阿部先輩」
 ボール磨きをしているはずの一年の輪を抜けて阿部のもとへ駆けて来た一人の新入部員。中学では阿部同様、シニアで活躍していた速球派のピッチャーだ。そしてピッチャーやっているだけあり、彼も一癖ある性格をしていた。
「なに?」
「この間の話、考えてくれましたか?」
 いかにも不機嫌丸出しの阿部に怯むことなく、彼は話を切り出した。
「考えるまでもねェよ」
「オ、オレのが球速いです…!」
 負けじと食い下がる彼に阿部はため息をつき、ブルペンからグラウンドを見渡した。今までならどこにいようがすぐ見つけられたのに、今では部員数が多くて困難極まりない。
「みはしー!」
 グラウンドの隅っこに三橋を見つけると、阿部はコイコイと手招きをして駆けて来る三橋を待った。多少息が弾んでいる三橋にグローブと球を渡すと、阿部はマスクをかぶり三橋との距離をとる。
「悪ィけど十球だけいいか?」
「う、うん」
 三橋が頷くのを見届けると、今度は彼に向かって言う。
「お前はオレのミットをずっと見てろ、いいな」
 返事がないのを返事と受け取り、阿部はしゃがみ込むとパンっとミットを鳴らし構えた。
 左上、右下、右上、真ん中、三橋の投げる球は阿部の構えたところへ寸分の違いもなくミットを鳴らす。三橋の九分割を目の当たりにし、言葉も出ない一年生に阿部は容赦なくエースの実力を見せ付けた。
「もういいだろ。わかっただろ、こいつのスゴさが」
「………っ」
 阿部に言われるがままに投げたが、一年生にスゴむ阿部に悔しさからか肩を震わせ拳を握る彼を見て、三橋はなんとなく状況を理解してしまった。
「オレ は、きみの速球 すごいと思うよ。だって、オレにはない。きみは投手として 十分魅力的だよ」
 慰めなんかじゃない。一年前、阿部君が言ってくれたように、今度はオレが。
「……三橋先輩」
 三橋の言葉になにか感じるところがあったのか、彼は帽子を取り「あっした…!」と一礼するともとの輪の中へと戻っていってしまった。
「あんま、一年生 苛めないように」
「苛めてねェよ。生意気な一年にエースの実力を見してやっただけだっつの。それよかお前…」
 さっきのはオレのパクリじゃねェか!と阿部は三橋の頭をグシグシと乱暴に撫で回す。
「…ご ごめんなさい……」
「ばーか。…さっきのだけじゃ足んねェだろ。久々に投げっか」
「う、うん!」
 嬉しさを体全体で表す三橋に、阿部もつられて笑顔になる。「三球!」と阿部の声が響き渡り、それに合わせてミットが軽快に良い音を鳴らすのだった。

さぁ、いつまできみと




 練習が終わり部室で着替えていると、一早く着替えの済んだ田島は口が開いたまま床に置かれている花井の鞄の中に何かを見つけ寄っていった。
「お、なにこれ?」
 田島が花井の鞄の中を覗き込み、中から一本の小さなビンを取り出し花井に突き出す。
「あ?栄養ドリンクだろ。…つぅか勝手に漁ってんなよ!」
 あまりにも自然にやってのける田島に花井は危うく受け流してしまうところだったと荒く息を吐いた。
「なんでそんなん持ってんの?」
 その会話を聞いていた栄口がベルトにかけようとしていた手を休め、疑問を投げ掛ける。
「今朝、妹が勝手に入れたんだよ」
「なぁなぁ、もらってもい!?」
 栄養ドリンクに興味を持った田島は花井にここぞとばかりにせがむ。断るつもりは毛頭なかった花井だったが、あまり顔の近さに必死で田島の顔を押し退けた。
「や、やる!やるよ!!やるから離れ ろ!!」
「まじで!?やっりー!三橋、半分こしよーぜ!」
 田島はガクっと床に沈む花井には目もくれず、まだアンダーシャツ姿の三橋に駆け寄っていった。栄口はそんな花井に、ご愁傷様、と笑って手を合わせるのだった。
「オ オレ、飲んだことない」
「まじで?半分ぐらいグイっといっちゃえよ。ほい」
「うぉ、あ、ありがと」
 三橋は田島から手渡された小ビンを回し開け、の 飲むぞ、と意気込み飲み口を口に寄せる。そのとき離れた所にいた阿部が騒がしさから三橋を見ると、今にも飲みそうな小ビンを見て大声を上げた。
「だ、三橋!!飲むな…!!」
「…!!」
 阿部の声に驚きその場にいた全員の動きが一瞬固まる。そして三橋は阿部の願い空しく一気に半分飲んでしまった。「ど、どした!?……阿部?」
「みはし!ば、コレすげえ強ェやつなんだぞ!?」
 止めていたシャツのボタンもそのままに阿部は三橋に駆け寄った。
 三橋が飲んだ栄養ドリンクは本来ならばストローをさして少しずつ飲むのが規定の飲み方。成人でそう決められているのだから、ましてや未成年が一回に多量に摂取するとどうなるのか。
「…大丈夫か!?」
「あ…べく……。なんか…熱 い…」
 三橋は顔を真っ赤にしたままふらふらと体を揺らし、そのまま阿部の胸に倒れ込んでしまう。三橋の肩を掴み、手と胸で三橋の体を支え、固まる阿部にその場にいる全員の視線が集まった。妙な沈黙が部室全体に流れる。
「……阿部、言ってもいい?」
 沈黙を破ったのは笑いを堪えているために変な顔になってしまっている花井で、よく見れば阿部と唸っている三橋以外、全員花井と同じ顔をしていた。
「く、…顔、真っ赤っ…!」
 花井を皮切りにドワっと全員がもう我慢できないと吹き出してしまった。
 熱いぐらいにシャツ越しに感じる三橋の体温に、預けてくれている体の重み。どうしたって突き放すことなんてできない阿部は、ゲラゲラと腹を抱えて笑う仲間達を沸騰した顔で睨むことしかできなかった。

帰れると思うなよ!




 昼休みの学生食堂は学年関係なく西浦の生徒がギュウギュウにごった返している。
 弁当を忘れた三橋のために田島が連れてきてくれたのはいいが、あまりに壮絶な光景に三橋はすっかりビビってしまいなかなか一歩が踏み出せずにいた。
「ほら、早くしないと食いっぱぐれんぞ?」
「う、うん…」
 三橋はゴクリと生唾を飲み込み、いざ!と決意を固め戦場への第一歩を踏み出そうとした。
「おい、なにやってんだ?」
 しかしその勇気の一歩は突然現れた阿部によって阻まれてしまう。
「お、阿部。やあ、三橋が弁当忘れたっつーからさ」
 田島の言葉に阿部は三橋を見るなりスゴみをきかせた。
「おい、まさかお前、こン中入ってく気じゃねェだろうな…!」
「…!」
 怪我したらどーすんだ!、と言わんばかりの阿部の形相に肩が飛び上がるほど驚いた三橋は、小さくなりつつも空腹には勝てないと反論を試みる。
「だ だっ…て、オレ、メシ…」
 食わないと 練習が…、そこまで言って三橋は阿部から目を逸らす。怒られたくない、けど食いたい。グルグルとどっちに寄ったらいいのかわからず三橋は頭を抱えた。
 そんな三橋を見ていた阿部は舌打ちをしてから頭を掻く。
「チ…。で、何食いてぇんだよ」
「へ 、え…?」
 阿部の言った言葉の意味がわからずにすっとんきょんな返事をする三橋、それに阿部は苛ついた様を遠慮なく出した。
「そ、惣菜パンっ!!と、か 唐揚げ弁当…!!」
 真っ直ぐ背筋を伸ばし右手をビシっと上げながら、不意に先生に当てられた生徒のように硬く答える三橋。
「おし、オレが行ってくっからお前はそこで待ってな」
 借りるぞ、と三橋の手から財布を抜き取り、集団の中へ入っていこうとする阿部に三橋は驚き慌てた。
「え、で、でも」
「いんだよ!!」
「む ぐっ…!」
 ギンッとスゴむ阿部にましてや三橋が敵うわけもなく、どうすることもできずに消えていく背中を見送ってしまった。
「あ、あべく…」
「いんじゃね?女房に尽くされんなんてエース冥利に尽きんじゃん!」
「だ、にょ、…えっ!?」
 「いーなー!」と笑う田島に三橋は「そ、そう なのかな…」となんだか気恥ずかしさを覚えずにはいられなかった。

エースのために!




 試験週間は放課後の部活同様、朝練がないため、普段よりも大分ゆっくりめの登校に栄口はのんびりと階段を上がっていく。けれど習慣付けられたものはそう簡単に変わるわけもなく、いつもと変わらぬ時間に起きてしまい、勿体無いことに睡眠時間こそ変わっていなかった。
「はよっ」
「おはよ、栄口。さっそくで悪いんだけど」
「あいよ、どこ?」
 どうしても解けない問題がある、と昨日の晩に水谷からメールがきた、それを教えるために自分の教室には行かず、登校してすぐに水谷のいる7組に。
 けど教えるったってオレの数学の理解度なんて高が知れる。案の定、三問目で詰まった。
「あべー」
 数学といえば阿部だろう、栄口は古典の教科書と睨めっこをしていた阿部を遠慮なく呼んだ。阿部は教科書と栄口を交互に見比べ、どうやら古典は諦めた風にバサと教科書を置き、やってくると隣の空いている椅子に腰を下ろした。
「いつきたんだ?」
「ん?さっき」
 ここ教えて、と栄口が分からない問題をシャープペンで突くと、これ試験にでっぞ、と阿部は水谷に言う。
「なんでわかんの!?」
「はあ?授業で言ってただろ」
 うっそ!?、とショックを受けている水谷を無視し、栄口に教えようとすると、廊下から誰か阿部を呼ぶ声が聞こえた。
「……三橋?」
 阿部が顔を上げ、廊下に通じる窓を見るとそこには三橋が息を切らし立っていた。
「…あ あ べく……。オ オレ……」
「どうした?顔真っ青じゃねェか」
 たった今まで会話していた栄口達のことなんて一瞬で忘れてしまったかのように、阿部は迷いなく教室を出て行ってしまった。それに気付かずノートを貪る水谷の直線上に、頬を染め口元を手で覆っている花井が視界に入った。
 何事かとその視線の先を追うと、あぁ、納得。阿部が滅多に見せることのない優しい目で今にも泣きそうな三橋の頬を撫でていた。
 ガチっと栄口と視線がかち合った花井は、危うく転びそうに席を立ち、慌ててやってくる。
「な、なぁ、あれって…」
「ん?どした?」
「……あ…や、なんでも…」
 平然とした栄口の態度に抓まれ、花井は言葉を濁し戻っていった。
 感付いてそうなヤツにわざわざ教えてやる必要はないかなと、栄口は水谷の肩を叩き、オレが頑張るよ、と苦笑した。

グルグルするまでもないだろ?




 今日はミーティングで練習がないため野球部は多種多様に帰っていく。三橋はというと同じクラスの田島と泉、それに廊下で一緒になった花井と阿部の五人で下校することになった。
 校庭を抜ける途中、フェンスに囲まれたプールが見える。あ、とプールの存在に気付いた三橋は輪の中からフラフラと離れ、徐にフェンスにへばりついた。
「みはしー、どした?」
 それに気付いた泉が三橋のあとを追い、その後ろを残る三人も揃ってやってきた。
「プール、入りたい と思って」
 三橋の言葉につられて泉がフェンス越しに水の入っていないプールを見る。
 毎年プール開きの一週間前、指名された運動部が掃除をする決まりになっているという。そして驚くことに今年は我が野球部にご指名があったというではないか。たった十人そこいらの運動部になんて仕打ちだ、と泉は志賀から聞かされた話を思い出し金網に額を擦りつけた。
「へぇ、三橋って泳ぎ得意なん?」
「う、うん、得意。水泳やってたから」
 三橋の返答に聞いた田島はもちろん、その場にいた全員が意外そうな反応を示す。てっきり野球ばかりやっていたのだと知らず知らずに想像していたからだ。
 フェンス越しにジッとプールを見つめる三橋に、田島は「じゃあさ」と皆を振り返る。
「今度体育館のプール行こうぜ!」
「あぁ、あそこなら年中入れっか」
 田島の提案に花井が乗っかる。泉も乗り気のようでもう田島と勝負する種目を決めていた。
 花井に、どうする?、と視線で問われ、三橋は嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。
「い、いく…!!」
「なら決まりだな」
 三橋の返事に泉がニっと笑った。予定立てようと花井が携帯を開くと、三橋は落ち着かない様子でチラチラとなにかを伺っている。どうやら阿部を見ているらしい。
「………っ」
「……んだよ!」
 阿部は三橋のなにか言いたそうにしている素振りを視界の端の方で見ていたが、我慢できなくなり喰ってかかる。阿部の怒鳴り声に何事かと振り向いた花井は、怯える三橋を睨む阿部に、またか、と半ば呆れ間に割って入っていった。
「おま、ニラむなって…。三橋も言いたいことあんなら言っちゃいな」
 花井に促され三橋はグっと拳を握り、阿部に向き直って声を張り上げた。
「お、あ、阿部君…も!い、一緒 に…!」
 ぷ、プール…、と前半の勢いはどこへやら、体ごと小さくなりながら三橋はとうとう顔を伏せた。
 まさか三橋がそんなことを言うとは思ってもみなかった阿部は、狐につつままれたような顔で呆けている。肩の力が抜けていてなんというか気が抜けきっていた。
「へえェー」
「ほおォー」
 そんな阿部に泉と花井がニヤニヤと笑いながら近づくと阿部はハッと我に返り、カァッと頭に血が上るのを感じるとものすごく気恥ずかしくなってまた大声を上げた。
「〜〜〜わーったよ!行くよ!!行きゃいいんだろ…!!」
「ほ、ほんとに!?」
 それを聞いた三橋は素直に喜び、それがまた泉と花井の顔を緩ませるのだった。
「ごっそうさんっ」
「なに!?なんか食ったの!?」
 二人の台詞に話に加わっていなかった田島がそこだけ聞いて駆け寄ってきた。無邪気なまでの田島を見て阿部はようやく素に戻り、殴りたくなるほどにニヤけている二人を睨んでから田島の肩を叩いた。
「…田島はそのままでいろよ」
「は?阿部なんか変だぞ?」
 それから阿部が泉と花井を後ろから蹴るまでにたいして時間はかからなかった。

調子にのるな!




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