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今、君のことをこう呼びたい

 あの手のぬくもりが心をあたたかくする。
 背中を叩く痛みだって勇気に変わる。
 それがなくなってしまった今でも変わらず目で追ってしまう。
 ばかだな、自分が悪いんじゃないか。

 体が思うように動いてくれず、唯一の取り柄であるはずのコントロールですらうまい具合にハマらない。ブルペンに入ったばかりだというのに出だしから最悪なコンディション。幸いなことに壁が田島だったので怒られる心配はなかった。
「調子悪ィ?」
 怒りはしないが当然心配はする、ゆっくりと近付いてきた田島がユニホームで球を擦りながら聞いてきた。
「そ んなことないよっ」
 差し出された球を受け取り、どう考えてもバレバレな嘘をつく。
「でもよ」
「大丈夫!…だから」
 三橋にしては珍しく声を張り上げたので田島の中で疑問が確信へと少しずつ変わっていく。俯き、球を握り締める三橋の肩は小刻みに震えていて、田島は無表情でしばらくそれをジッと眺めていた。
「三橋、阿部となンかあった?」
「…!な なん…で…」
 まさかの質問に体がビクッと反応を示し、思わず田島の顔を真正面から見入る。田島は表情を変えることなく強烈に射抜くような目で三橋を見ていた。
 あ、まずい、この目…逃げられない。ゴクンと息を飲み込むとジワリと額に汗が染み出した。
「顔にそう書いてあっから」
 田島にはどんな言い訳も嘘も通用しない、なによりこの目がそれを許さない。八方塞になり逃げ場を失った三橋は頬を伝い落ちる汗と共に耐え切れず膝を抱え蹲った。
 抱えた腕の隙間から田島の足が見える。これ以上追求されたらどうなってしまうのだろう、考えただけで手が冷える。
「オレ、三橋が好きだよ。三橋は?」
 ジャリ、と目の前で少し動いた足、頭から降ってきた予想外すぎる質問の意図が読めずスルリと顔が上がった。
「オ…オレ…?」
「三橋はオレのこと好き?」
 冗談を言っている風でもなければ話題を変えた様子もなく、けれど田島の顔から読み取れる情報は何一つなかった。
「す、すき だよ」
 田島のことが好き、考えるまでもなく当たり前に持っている感情だ。ムードメーカーで元気がよくて明るくて、野球が大好きでカッコよくて何よりも尊敬している、大好きなチームメイト。
「んじゃ花井は?」
「す、すき」
「泉」
「スキ」
「栄口」
「すきっ」
 次々と出てくる名前に慌てて間髪いれず答えていく。五、六人目ぐらいで満足したのか田島はニッと表情を変え、しゃがみ込んで三橋と目線を合わせた。

「じゃあ 阿部は?」

 脳天に死球をくらったような衝撃だった。ぐわんぐわんと脳が揺れ、冷え切った掌からぶわっと汗が噴出して気持ちが悪い。
 次々と上げられるチームメイトを即答で好きだと言った、だってそれは悩む理由がないから。阿部のことはもちろん好きだが好きの中身が違う、そう簡単に答えられるような口は三橋には持ち合わせてなかった。
「そか、阿部は嫌いか」
「…―っ!!」
 次に飛び出した田島の信じられない言葉に高ぶった感情が抑えきれずに田島の胸をドンと叩いた。
「嫌いじゃない!き、嫌いなわけ ない…!…なん…で、だっ…オレは、阿部君が……っ好きだ…!!」
 気が付けばボロボロと大粒の涙を流し、ガクンと膝をついて田島の胸にしがみ付いていた。
 自分の気持ちを自覚してから初めて「好き」だと口に出した。もう抑えきれない、たまらなく胸が痛んでは田島のユニホームを乾く間を与えることなく濡らしていった。
「なァ、なんで我慢してんの?」
 田島はしがみつく三橋の頭をぐっと抱き、汗ばんだ髪の毛にトンと頬を寄せた。
「三橋がなに悩んでっか知ンねーよ?けどさ、もっとワガママ言ってもよくね?」
 わがまま…って、なにを…?思わず目を開けても涙で霞んでよく見えなかった。
 ほら、と抱えられたまま突然立たされ、状況にすぐ対応できない頭が重く痛む。もう枯れてもいいくらい出したはずの涙はまだ底を知らせずに頬を伝う。
 苦しくて、どうにか息だけでも整えようと顔を上げると、田島がすぅ、と息を腹に吸い込んでいた。それは、なんだろう、と思うには遅すぎて。
「お前ら男だろっ!!!」
 田島の出した大声は鼓膜の奥にまで響き、一瞬耳鳴りを発生させたあとにもまだ余韻を残した。近すぎてうまく聞き取れなかったけれど、たしかにお前"ら"と言った。田島を見ると満足気に笑っていて、その視線は三橋を通り越しその後ろの何かに注がれていた。
「………三橋」
 心臓がやけに跳ねる、だって、この声。酸素不足の頭の中で田島が見ていたのは阿部だったとわかってしまった。今、三橋を呼んだ人物も。
 いつからいたんだろう、もしかしたら聞かれてしまったかもしれない、そう思うと全身から血の気が引き、吐き気すらしてきた。
 一歩一歩砂を踏む音が近付き、否応無くすぐ後ろに阿部が立つのがわかる。どうしようもなく怖くて、震える手は田島のユニホームを離せずにギュウっと目を瞑る。真後ろで阿部が息を吸うのが聞こえた。
「好きだ」
 その声はいつもの自信に満ちたものではなく、少し力が入っていて阿部を想像させるには時間がかかるものだった。案の定、三橋はただでさえ鈍っている思考回路がさらに鈍ったのではないかと疑わなかった。つまり信じられなかった。
「…おい、こっち向け」
 阿部は反応を示さない三橋の肩を掴み、強引に田島から引き剥がすと180度回転させた。阿部の切羽詰ったような余裕のない表情が、ガンジガラメになっていた三橋の心を溶かしていく。
「……い、いま…」
「好きだっつってんの。何回も言わせんな!」
 怒ったような困ったような仏頂面で、赤くなって照れてそっぽを向く阿部が目の前にいる。もう一回聞いてきたら殴る、と醸し出している雰囲気はいつものままで。
 振り返るといつの間にかブルペンから出てしまっていた田島が離れたところからこちらを見ていた。ニッと満面の笑みで親指を立てて。
「…………え?」

 どうしよう、夢にも思わなかった。こんな簡単なことだったなんて。




(08/03.09)
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