[携帯モード] [URL送信]
マイペース、マイハニー

 夜になってしっかりとカーテンの引かれた浜田の部屋は、一番明るい段階の蛍光灯の光で昼間と変わらぬ明るさを維持している。しかし、今の浜田にはその明かりが視界の半分以上遮断されていた。しかもそこは台所で、その原因は目前に迫るこの男にある。
「今更恥ずかしがってんじゃねーよ。さっさと脱げって」
 先ほどから腹の上に圧し掛かっている泉に圧倒されまくりの浜田は、強引に服の隙間を掻い潜ろうとする泉の手にそれでも何とか応戦していた。が、可愛い顔に華奢な体付きだろうと泉も男。付け加えて言えばハードな練習をこなす高校球児。そんな男が非力なわけがない。
「いや、だから恥ずかしいとかの問題ではなくてね。あ、ちょっだから泉! スウェットに手ェかけないでぇ!」
 もともとウエストよりも低い位置で穿いていただけに、泉の手にかかったスウェットはズルズルとさらに位置を下げていく。浜田のお気に入り、淡い黄色のボクサーパンツの上部が見えたところで、泉はスウェットを掴んだままその奥の黄色にまで手を伸ばすものだから、浜田はいよいよ身の危険を感じずにはいられなかった。
 浜田が泉に組み敷かれる事となったそもそもの起こりは今から数時間前の部室、発端は田島だった。


「三橋、見ろよ。コレすごくね?」
「う、おぉっ」
 練習後の部室の片隅、着替えもそこそこに田島は三橋を呼び寄せ、手に持っていた何かを広げ出した。それを見た三橋は頭から湯気を出しそうなほど顔を赤く染めたが、すぐに田島と一緒になって好奇心の花を咲かす。
 隅っこで沸いている4番とエースを気にかけるほど皆元気ではなかったのだが、他の奴らよりかは二人と似たものを持っている泉だけはフラフラとその輪に入っていった。
「なにがスゲーって?」
「泉く ん」
「お、泉。コレコレ。ニィチャンの部屋で見つけたんだけどさ」
 そう言って田島は三橋に見せていたものを泉にも見せる。それは男女が組み合っている絵がプリントしてあるスポーツタオルだった。
「コレあれだろ? 四十八手ってやつ」
 泉の言うとおり、そのタオルの上の方に漢数字でそう書かれていた。
「さすが泉、よく知ってんな」
「さすがって何だよ。へー、全部見たのは初めてだわ」
 泉が描かれている絵をしげしげと眺めていると、横から田島がひとつの絵を指差してきた。
「コレとかすごくね? 吊り橋っての」
「おお、どっちもキツそうだな」
「き、きつそ う」
 田島と泉の会話に混ざっている三橋に耐え切れなくなったのか、それまで黙々と着替えていた阿部がとうとう声を上げた。
「お前ら早く着替えろ! 帰ンの遅くなんだろが! そんで田島は三橋から離れろ!!」
 阿部の怒声は私情を挟んでいるようにも聞こえなくはないが、振り返った田島と目が合った花井が阿部に呆れた顔をしながらも頷いたので、田島はしぶしぶ自分のロッカーへ戻る事にした。
「阿部ってスグ怒るよなー」
「うっせ! おら、三橋はこっちだろが!」
 田島につられてフラフラしていた三橋を阿部は一喝する。三橋は涙目で身を固めるが何せ三橋のロッカーは阿部の隣、ビクビクしながらも何とか戻っていった。
 泉はというと、さっさとロッカーに戻っていたらしくもう着替えが済んでいた。パンパンになったエナメルバッグをどす――と床に置き、まだ着替えている田島に近づくとその肩を背後から抱いて耳打ちした。
「田島、さっきのタオル」
「ん? おお」
「一日貸してくんね? 明日返す」
「別にかまわねーけど。ほい」
「さんきゅー」
 田島から手渡されたタオルを受け取った泉は自分のロッカーに戻り、悲鳴を上げるエナメルバッグにギュウギュウと無理矢理タオルを押し込んだ。そして入れ替わりに出した携帯を徐に開き、アドレス帳のハ行にある見飽きた名前に標準を合わせた。


 街灯がポツポツと立つ夜道を自転車で飛ばし、浜田の住むアパートに向かう。薄暗いアパート脇に自転車を付けると、階段を上がりながらゴソゴソと鍵を取り出す。この一連の動作は、浜田から合鍵を貰った一ヶ月前あたりから板に付いてしまった。
 浜田の部屋に着くとインターホンは鳴らさずに、浜田の付けた訳の分からないマスコットが付いている合鍵で勝手に玄関のドアを開ける。不躾だと言われようが、出迎えが苦手な泉にはこれが最良なのだ。
「おーす」
 玄関から続く、短い廊下を歩くとすぐにある台所に浜田はいた。
「お疲れさん。カレーあっためたけど食うっしょ?」
 グツグツと煮える鍋から食欲をそそる良い匂いがする。途中、皆と立ち寄ったコンビ二で多少腹は満たされているものの、好物のその匂いに泉の腹は鳴りそうになった。いつもなら迷わず飛びつくのだが、今日の泉は何だか様子が違う。
「泉?」
 返事のない泉に首を傾げ浜田が振り返ると、そこにはスポーツタオルを広げた泉が立っていた。もちろん田島から借りたあのタオルなのだが。
「……どしたのそれ」
「田島が持ってきたから借りた」
「あー、そんなんに喜びそうなのは田島ぐらいだもんな。って、泉!?」
「なに?」
 浜田が手にしていたオタマを取り上げ鍋に戻すと、泉は浜田のTシャツをたくし上げようとしていた。スースーと外気に触れ、ただでさえ寒い腹を泉の冷たい掌がピトリと触る。
「つめた……ッ!」
 鳥肌の立つ浜田を労わる気は毛頭ないらしく、泉はそのまま台所で浜田に尻をつかせ腹の上に乗ってきた。浜田にしてみれば願ってもないおいしい状況ではあるが、如何せん意味が分からないので泉を制止にかかる。
「ちょ、泉! 何する気!?」
「何って。ナニをしようと」
「可愛い顔してそんなこと言っちゃいけませんッ!」
「それより浜田。オレ、コレやってみてーんだけど」
「え、なに……?」
 コレ、と言って泉が見せてきたのは先ほどの四十八手タオル。その中のひとつを指差している。
「鵯越えの逆落としっての。ちなみにオレが上で浜田が下な」
「何言ってんのー!? ムリだって!」
「ちっ。んじゃあ、コレは? 宝船。別称クロスボンバーだってよカッケー!」
「イヤイヤイヤ! 目ぇ輝かすところ間違ってるから!」
「ンだよ、ちったぁ協力しろって。ワガママすぎるぞ、は・ま・だ」
「笑ってない! 目が笑ってないよ!!」
 対浜田専用、泉必殺のスマイルも今の浜田には効果を発揮せず、こうなっては実力行使しかないと踏んだ泉は体重をかけて浜田に圧し掛かった。

 こうして発生した一進一退の攻防は8対2ぐらいの割合で泉優勢となり、半ばパニックを起こした浜田は泉の肩に掴みかかる。浜田の背中には汗が噴き出していた。
「し、四十八手ってのは相撲の決まり手48手に準えて江戸時代にジョークとして考案されたもので実用的なものではありませんさらに言うとジョークなわけですから当然実用的な体位は限られています――ッ!!」
 ハァハァと肩で息をする浜田は、危機感からまったくもって役に立たない知識を早口で捲くし立てた。しかしながら、そんなもので泉が引いてくれるわけもなく。
「へー、マメ知識ご苦労さん」
「ちょ、泉っ、い……あ、ま って…ぇ!!」
 ニッコリ、と滅多に見せる事のない極上の笑みとキスで、泉は浜田のうるさい唇を塞ぐ。その一方、泉はものすごい力で浜田の足を持ち上げにかかったのだった。





(09/05.17)
相互お礼

「cajole」shiro様へ捧げさせていただきました。
相互リンクをさせていただきまして、そのお礼にリクエストをお願いしましたところ「性的なことにノリノリの泉に若干引き気味の浜田」というもので書かせてもらいました。
……若干? 若干どころか浜田ものっそい引いてません? 笑
見ようによってはイズハマっぽくも見えますね。あくまでもハマイズと言い張りますよ!だってハマイズだもん!
shiroさんには本当にお世話になってまして、ここぞとばかりに愛を込めて書かせていただきました。少しでもクスリ、としてもらう事ができたら幸いです。
相互リンク、ありがとうございました!



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!