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何度でも言うよ

 グラウンド脇に生える木々からする耳障りな蝉の鳴き声が、先週と比べて増えたような気がする。
 容赦なく照りつける日差しの中で、ノックを受けている他の部員からはこの暑さのせいか、壮絶な声もチラホラ聞こえなくもない。その中でも一際目立っていたのは泉で、容姿に似つかわしくない勇ましすぎる声が阿部と三橋のいるベンチにまで届いていた。
 今の時間、バッテリー二人のやるべき事はデータの解析。何かと気もそぞろな三橋に集中してもらう為、阿部がベンチを陣取ったのは正解だったようだ。一人一人ゆっくりとだが、着実に三橋の頭に入っていっている。
「あ、べくん。この人 は…」
「ん?ああ、こいつはたしか内角に弱ぇーはず。あーっと、ココ見てみ」
「う、ん」
 データのみで分からないところは必ず阿部に聞く。阿部が口を酸っぱくして言い聞かせてきた成果が、ようやく実を結ぶようになったのは喜ばしい事だと思う。けれど、今の段階での三橋の頑張りはまだ阿部には足りていないようだった。
「あ、の…。こ、この 人…は…」
 プリントの向こう側からチラリチラリと阿部の顔色を伺い聞くその様子は、まるで猛獣に睨まれている小動物のようにしか見えない。勿論、三橋は阿部に怒られるような事はしていないし、阿部も怒ってなどいない。
 ごくごく普通の会話の中で、三橋の怯えた態度が一向に直らないのが阿部にはどうしても納得がいかなかった。加えて言えば、恋人同士なのにという点でも引っかかって仕方がない。
「あのさぁ、もっとフツーに聞けねーの?」
 パサリ、と置かれるプリントと共に落ちるタメ息。阿部のタメ息は三橋にとって不安要素でしかない、と分かっているのについ出てしまうのは阿部の悪い癖の一つ。
 それによって三橋を余計怯えさせてしまうのも分かりきっている。けれど、先行してしまうのはどうしても苛々の方でしかない。
「え、あ、ふつ…」
 たどたどしい口調で阿部の質問の意味を三橋が理解しようとする前に、阿部が口を割ってきた。
「だから、そのビクつくのをなんとかできねぇのかって聞いてんだよ」
 次第に大きくなってしまう声に三橋は肩を竦め、こうなるともはや謝る事しかできない。
「ご、ごめ んな さ…」
 ギュウ、と自らの胸倉を掴む三橋の体は震え、ただでさえ俯いた顔は見えにくいのに帽子のツバのせいで完全に阿部からは見えなくなってしまった。
「…謝れなんつってねーだろ」
 こんな事がしたいんじゃない。こんな風にしたいんじゃない。謝って欲しいなんてこれっぽっちも思っていない。それでも三橋が口にする言葉は謝罪ばかりで、阿部の神経を逆撫でする。
「ごめ……さい…」
「だからさぁ!!」
 カッとなって上げた阿部の声はベンチの外にまで響いていたようで、そのせいかは分からないけれど、近くの木にとまっていた蝉がジジジ…とその場から飛んでいった。
 震え上がる三橋の肩、一目見れば口にせずとも三橋が涙ぐんでいる事など容易に分かる。その泣き顔を想像すれば、何とか沸いていた頭が適温ぐらいまで戻ってきた。
 阿部は足場を慣らしてから手を組み、背中を丸めて口元に当てた。どうせ三橋の顔は見えないからと目を閉じ、我ながら女々しいだろうと思う質問をポツリと放る。言わずにはいられなかった。
「…三橋はさ、オレのことどー思ってんの」
「…ど、……」
「オレら付き合ってんじゃねぇの?」
 阿部の投げ掛けた言葉を聞くなり三橋は手の甲で涙を拭い、迷う事なくハッキリと答える。
「つきあ、ってる よ」
 しっかりとした三橋の口調に幾分か安心した阿部だったが、ここまで言ってしまったからにはもう止まらず、滅多に見せる事のない弱い部分を曝け出してしまう。
「だったらビクついたりすんなよ。…自信なくす」
「阿部く ん…」
 少しばかり吃驚して顔を上げた三橋の目には、俯いた阿部が随分と小さく見えた。
「…ごめん、ウソ。三橋は悪くねぇのに」
 ぐしゃぐしゃと頭を掻き乱す阿部の、少しだけ見えた顔に三橋の心臓はぎゅうう、と締め付けられる。痛くて切なくて、どうしようもなく阿部が愛しいのに、どうすればこの気持ちを伝えられるのかと考えてみても分からない。だから結局は、自分が一番拙いと思う言葉で精一杯叫んでみる。
「オレ、阿部くんのこと 好き、だよ」
 思うのと口にするのとでは重さも熱さも全然違う。きっと今、自分は耳まで真っ赤なんじゃないか、と三橋は思った。
「す、ごい好き だっ」
 両手を握り締め、三橋の中にある阿部への想いをこれでもかというぐらい込めた。
 恥ずかしすぎて少し俯いたまま目を開けられない三橋の頬に、そっと暖かい阿部の手が触れる。そうしてから「うん」と言ってくれた阿部の声はやさしくて、三橋の想いが伝わったのだとすぐに分かった。
 頬を包む阿部の指先に少し力が篭り、真剣な表情の阿部と視線が絡む。キス だ、と三橋が思った矢先にキィンーと空高く打球の上がる音が響き、二人は我に返った。
「やべ、もうノック終わんじゃん!」
「集合、だ ねっ」
 バタバタと散らかしたプリントをかき集め終わると、阿部は三橋にアンダーを替えてから来いとベンチ脇を指差した。素直に従う三橋が阿部から離れて行こうとするや、ふと思い出したかのように阿部が三橋を呼び止める。
「三橋」
 阿部は振り向いた三橋の頭にポンと手を乗せ、フワとやさしく撫でてから言った。
「オレもスゲー好き」
 そしてすぐにわしゃわしゃと三橋のフワフワの髪の毛を掻き回した。
 すっかり乱れた頭から阿部の手が離れると、ようやく放してくれたと思い三橋は阿部の顔を見上げる。被り直した帽子のツバに隠れて半分見えなかったけれど、少し照れたように満面の笑みを浮かべた阿部が三橋を見下ろしていた。




(09/05.07)
相方宅1周年のお祝い

「群青スタディーズ」様の1周年記念のお祝いに捧げさせていただきました。
三橋をすごく好きで大事だと思ってるのに上手く伝える事ができない阿部 というリクエストで書かせてもらったのですがいかがでしょうか。
なんだか途中までシリアスっぽくなってしまっていたので慌てて路線変更しました。どうもうちは放っておくとシリアスにいきやすいみたいで!
阿部がウジウジしていてすみません!夏設定なのにジメジメです!ユキさん、よかったら貰ってやって下さい!1周年おめでとうございました!!



あきゅろす。
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