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目に映るもの

 花井が田島と口喧嘩をするのわりとよくある事で。今日のコレも、始めは原因を思い出せないくらいの些細なものだった。しかし、出るわ出るわの売り言葉に買い言葉の応酬。そんな事から負けず嫌いの両者は互いに譲らず、久しぶりに声を荒げるところまで行きついてしまったものだからそう簡単には収まらない。
 時は放課後、場は部室。
 それは他の部員が来るまでの、ほんの数分間の出来事だった。

「だからお前は行動する前に少しは考えろっつってんの!」
「考えたってどうにもなるもんじゃねぇだろ!」
「どうにもなんだろ!大体、田島は無鉄砲すぎる!」
「花井が石頭すぎんだよ!」
「こンの、人が心配してやってんのに…っ」
「誰が心配してくれって頼んだよ!」
「なっ、だったらもう知らねぇかンな!勝手にしろ…ッ!!」
 今にも沸騰してしまいそうな顔色を隠す事もできず、花井は頭に巻いていたタオルを毟り取るとそのまま床に叩き付けた。ベチン、とした軽い音に田島は動じもしない、はずだったのだけれど。
 興奮から息が乱れ、肩を上下する花井が床のタオルから視線を上げると、視界に入ってきたのは田島の泣き顔だった。田島はうっすらと涙の浮かぶ目の片方を、手の甲でぎゅうぎゅうと擦っている。
 田島が泣くなんて花井の辞書には載っていなくて、驚きとも焦りとも取れる表情のままほんの数秒見入ってしまった。生理的な涙ですら見た事があるのはほんの数回で、大きな目から滲むそれに花井の焦りが大きく押し寄せる。
「お、おい」
 彼女ではなく彼氏という立ち位置の田島だから、花井の中で少なからず遠慮しない部分があるのは事実で、それは花井も認めている。それだからこその配慮も必要だったのかもしれないと思うが先に、よりにもよって泣かせてしまった。
「ーー田島、」
 ごめん、とその後に続く言葉は、口を開いた田島に遮られ音にはならなかった。
「目になんか入った…」
「え?わっ、ばか!擦ンなよっ。見してみ」
 実際そうだからなのだが、お兄ちゃん気質の育ちまくった花井は、こういった事に即座に反応してしまう。この時ばかりはつい今しがたの思考も一旦、頭の片隅に追いやられてしまうのだろう。
「上向いて…そら下だろ。…そう、んー…」
 花井は田島の顔を上を向かせ、指先でやさしく田島の目蓋を開かせるとその中を覗き込む。花井も目をかっ開いて探すもなかなか見つからない。しばらく田島の眼球に指示を出していると、開いた状態が辛いのか痛いのか、ボロボロと溢れ出てくる涙が可哀相に思えてならない。
「はない、いたい…」
 半分棒読みの田島の呼び掛けに返事をしようとすると、眼球の下端に白い糸くずが見えた。
「お、あった。取ってやっから動くなよ」
「ん…、」
 内側の柔らかい皮膚と眼球との境目に入り込んでいる為、少し指先で触れたぐらいでは取れない。執拗にやれば傷つけてしまう恐れもあり一旦手を引いた。
 それ以上手を出す事を躊躇っていた花井の目の前にはぎゅっと目を閉じ、頬を濡らす田島の顔。可哀相で何とかしてやりたくて、花井は少し考えてからもう一度田島の目蓋に指先を這わす。
「もう一回上向けっか、…うん。そのままじっとしてろ」
 花井は糸くずのある場所をよく確認し、目測を誤らないよう慎重にそっと舌先を挿し入れた。
 指先よりも柔らかい舌なら、少し奥ばっても傷つける事はないだろうと思い立っての行動。花井の思った通り、田島が痛がる事なく糸くずは取れた。
「ん、取れた。もう大丈夫だろ」
 花井は舌先に付いた糸くずを取り除くと床に落ちたままのタオルを拾い上げ、ぱちぱちと瞬きを繰り返している田島に手渡した。
「ありあと…。つーか、花井エロい」
「は?」
 受け取ったタオルで涙を拭きながら、田島はさっきの花井について率直な感想を述べる。
「舌出しながら迫ってきた花井の顔がすっげーエロかった。オレ心臓止まるかと思ったぐれぇ」
 咄嗟にやってしまったとはいえ、思い返してみれば普通はしないだろうなと思える行動だったのかもしれない。いいもん見た、と満足気な田島に改めて言われると羞恥心が花井を襲った。
「ばか言ってねーでさっさと着替えろ!」
「花井がテレた」
「ぐーで殴られてぇか、ぐーで打たれてぇか?」
「やだよ、どっちもかわんねーし」
 田島の言う通り、照れ隠しから憤慨している花井から少し離れた田島は、その隣の自分のロッカーを開け、バッと脱いだTシャツを放り入れた。エナメルバッグからアンダーを引っ張り出すと、ふと気になって、田島は横で黙々と着替えている花井をロッカーの扉越しに盗み見る。
 少しムっとしている唇はまだ怒っている事を表に出しているのかもしれない。けれど、その上の赤く染まった頬が花井のそれを台無しにしていた。
 それが嬉しくて堪らずに、二人の間を遮る扉からひょいと顔を覗かせ、田島は花井を呼ぶ。
「花井」
「あ?」
 それを、花井はアンダーから顔を出すと一瞥し、それからぶっきら棒に答えた。そんな花井の態度に、もちろん田島はビクリとも物怖じしない。それどころかニッと笑い、その口元から発せられたのは甘い言葉だった。
「ダイスキっ」
 笑顔の田島に目を真ん丸くした花井。すっかり田島に毒気を抜かれてしまった花井は、それでも眉間を寄せると、腕を組んで下を向き、それから上を向くと最後に斜め下に首を傾げた。
「…そういやオレ、怒ってたんだけど」
 当初の喧嘩に話を戻そうとする花井のアンダーの襟を田島はぐい、と掴み、そのまま下に引っ張られた花井は腰を折る破目になった。引っ張られた事によりブレた視点が定まったと思ったら、またすぐにピントがズレる。
 やられた、と思った時にはもう遅く、鼻孔を擽る田島の匂いと唇の感触に、花井の思考はまたもや止められてしまったのだった。




(09/04.26)
相互お礼いちゴ様へ

「33Roll」いちゴ様へ捧げさせていただきました。
えーと、これは土下座して謝っても足りないぐらいの遅さです…相互させてもらったのいつよ?って話で。
リクエストにいただいたのが「泣く田島」だったのですが、今でこそ可愛らしい田島(当社比)を書ける様になってきたはいいものの、当時は本当にリクエストに添えるものを書ける自信と力がなかったのです、本気で。
田島が泣くのは〇〇〇の時以外在り得ない!と思ってたぐらい。(ごめんなさい!)
何はともあれ、やっとお礼させていただくことができました!
いちゴ様、本当にすみませんでした!そしてこれからもよろしくお願いします!



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