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2008、クリスマス

 来たる今年最後の大イベントに浮かされた会話が飛び交う校内。浮き足立つ生徒達の会話に混ざることもなく、年末年始も野球一色で構成されている野球部員達には然程興味の対象になるものでもなかった。だから田島の口から突然クリスマス関連の話を切り出されるなんて思ってもおらず、瞬時に反応を返せる花井ではなかったのだ。
「なー、サンタがくんのって24日の夜だっけ?」
 他の部員が帰ったあとに残った田島と二人、最後に部室の鍵を閉めていた花井の背中に突如降って湧いたように田島から疑問が投げかけられた。
「サンタ?」
 耳に残った単語を復唱し、いきなり何のことだと振り向いた花井の顔にはクエスチョンマークが浮かんでいた。無理もない、この年になってサンタという単語を同級生の、しかも同性から聞かされるとは思ってもみなかったのだから。
 しかし田島はというと、そんな花井の鈍い反応をマジマジと見てから徐にポンと手を打ち、人差し指を立てて花井に向けて言う。
「…サンタってのはサンタクロースっつってクリスマスに」
「知ってんよばか!」
 真面目な顔をしているだけに田島が本気なのかそうではないのわからない。例え冗談なのだとしてもそれはそれで小馬鹿にされているようで腹が立つものがある。どちらにしろスルーする気にはなれなかった花井はツッコミと共に田島の脳天を一発叩いてやった。そしてすぐさま田島が痛いと喚く前に話題を元に戻してみせる。
「それで?サンタが何」
「花井ンとこはもうサンタきてねーだろ?」
 うーと多少唸りながらも田島は素直に話題を合わせた。そして花井が田島に感けていたせいですっかり抜き忘れていた鍵を横からひょいと抜き去り手中に収める。
「そーね。むしろ高校生にもなって来てたら人としてやばいっつーか…」
 サンタがいないと知ってしまってからは親の厚意に甘えてプレゼントを貰うなんてできるわけもなく。サンタを信じている妹達と一緒になって信じているフリができるほど花井は利口な子供ではなかった。だから利口な同級生よりも数年早くサンタは花井の所にはこなくなったのだ。
 そんなこともあったなと昔を思い出していた花井の名前を一瞬早く呼んでから田島が鍵を投げて寄越すものだから慌ててそれをキャッチしようと手を伸ばしたが届かなかった。トス、と平面だった土の形を変えた鍵を拾う為に腰を折る。ついでに文句の一つでも言ってやろうと花井が顔を上げると少し得意気な田島の顔が視界に入った。
「だからオレがサンタになってやろうと思って」
「……は?」
 その得意気な顔も言葉の意味も全くと言っていいほど花井には伝わらなくて。それでもお構いなしに続ける田島から読み取れるものはやはりないに等しかった。
「花井専用サンタ。よくね?」
 そう言って田島は親指を立てバチンと片目を瞑って見せる。その様は悪い頭が余計に悪く見えてきそうに思えて花井は敢えて視線を外してやった。
「や、よくね?って言われても…。意味わかんね…」
「だからオレが今日の夜、サンタになって花井にプレゼント渡しに行くから」
 去年ニーチャンが買ってたサンタの服があんだーと一人で話を進める田島。窓の鍵は開けといてだの布団入って待ってろだの、ワクワクしてそうなところを何だか申し訳ない気持ちが掠めたがすぐに却下した。
「…ムリだから、それ」
「えーっ、なんでだよ!」
 ギャンと突っ掛かる田島の予想通りすぎる反応に少し笑いを含んでしまう。拾い上げた鍵を掌で持て余しながら花井は夢も希望もない現実というものを田島に言い聞かせてやる。
「うちはお前ンちと違ってマンションだし、オートロックあっから入れねーの。そもそもうちは8階だ」
「ゲェ、ナンセンスですよ花井さーん」
 夢も希望もないツマラナイ男を哀れむような視線を寄越して田島はだらんと背中を丸めた。
「ナンセンスで結構」
 ほっとけと花井は田島に背を向けて歩き出す。持て余していた鍵をポーンと上に上げてはキャッチしていると何度目かの時、横切った田島に掻っ攫われて鍵は花井の掌には戻らなかった。鍵を奪い取った田島は数メートル先を行くと急ブレーキをかけて振り返り、そして笑った。
「でもさぁ、花井はそれでいいよ!」
 一瞬、田島の周りだけ時間が止まったように見えて花井の体は指先すら動かすことが出来なかった。きっと見とれていたのだろう。田島の言葉と笑顔にぎゅうと胸が締め付けられ、秘めていた想いが不意に顔を出すと気持ちが溢れ出して止まらなくなってしまった。
「…そこのサンタさん、オレ欲しいモンあんだけど」
 離れた所でご機嫌に鼻唄を口ずさむ田島に口が勝手に言葉を紡いで音にした。そんな自分自身に少し驚いてしまったが言ってしまったことに後悔もなかったことにするつもりもなかった。
「なに、4番?」
 きっと真剣な表情をしている花井に田島はいつもと変わらない態度でニ、と悪戯に唇の端を上げる。
「ばっか、ンなもん実力でとってやるよ」
「…そーこなくっちゃ」
 田島の花井を見る表情がひどく煽っているようで、ゆっくりと田島の正面に立つと堪らずに引き寄せて強く抱き締めた。花井と同じ筋肉のついたお世辞にも抱き心地が良いとは言えない、すっぽりと腕の中に納まってしまう小さな体からは田島の、お日様の匂いがした。 
「欲しいモン、手に入った?」
 花井の胸に締め付けられていた田島がぷはっと花井の首筋に顔を出して言った。表情は見えないけれど背中を抱き返す田島の腕の強さにもはや言うことはなかった。
「…かもな」
 核心に触れることはしない、スレスレの所でお互い楽しんでいる感じが心地良かった田島との距離。けれど今日に限ってそれを壊したいと思ったのは聖夜の魔力のせいとでも言おうか。
 力を緩めて少し離れた田島の体、黙って花井を見上げていた田島の唇が音もなく「すきだ」と形作ったから、花井も言葉の代わりに唇を重ねて想いを伝えた。




(08/12.24)
クリスマス

それぞれのクリスマスが幸せでありますように。
メリークリスマス☆



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