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微熱まじり

「阿部、今日は特別だから貸してやる」
 そう言って三橋を差し出す田島の顔は心底悔しがっているように見えた。
「は?」
 阿部が9組の教室に入るなり突如現れた光景。わけも分からずに田島に背中を押し出された三橋を見ると落ち着かないが困惑している様子は見られない。となると三橋も納得の上での田島の行動というわけか。
「なに、何の話?」
 昼休み、メールで泉に呼び出され来た阿部だったが何の説明もないままにいきなりのこの状況、把握しろというには難しすぎる。
 ぐいぐいと阿部の目の前まで三橋を押し出す田島はもはやこちらを見ようともしない。とにかく状況説明が欲しい阿部はこれまで黙って見ていた泉と浜田に視線を向けた。それに気付いた泉は頬杖をついたまま表情を変えずにサラリと言う。
「…ん?ああ。今日お前の誕生日だろ。だから三橋とメシ行ってこいよ」
 泉の言葉に思いっきり視線が泳ぐ三橋の頬はさっきよりも染まっていて、断わられたらどうしようというのと恥ずかしいというのが見てとれる。こんな嬉しい申し出を断わるわけがないのにと阿部は三橋の揺れる髪の毛をくしゃと一掴みした。
「あー…じゃあお言葉に甘えて。行くか三橋」
「う、うんっ」
 ちょっと待っててとすぐに大きな弁当箱を抱えて戻ってきた三橋は嬉しそうに頬をさらに赤く染めていた。誕生日を覚えていてくれていたのですら嬉しかったのに、突如与えられた三橋と二人で過ごせる昼休みが阿部には何よりも嬉しかった。それを喜んでくれている三橋にも。
「んじゃ三橋借りるわ」
「いってき ます」
 あっさりと教室を出ていく阿部の後ろを、三橋は残った三人に手を振ってから早足でついていった。それを見届け、さてメシ食うかと泉が弁当を広げた途端、田島がガバッと机に突っ伏したものだから浜田は驚いて持っていたおにぎりを落としそうになった。
「田島、どうし」
「みはしいぃぃぃーっ!!」
 そして悲痛の声を上げ出した田島にもう一段階驚いた浜田はさっきの甲斐空しくおにぎりを落としたのだった。開ける前でよかったと息をつく浜田の隣で泉がブリックパックのイチゴオレをズズーと啜る。
「…おい、花井呼んでこい」
 第一声から休むことなくむせび泣く田島に泉が苛々し始めたのを悟った浜田は小さな声で「…ラジャー」と言い、そっと教室から出て行った。

 廊下まで聞こえてきた田島の声に三橋がアワアワと反応を示す。小刻みに何度か教室を振り返っては抱えている弁当箱にギュウと力を込めた。
「なんだァ?田島のやつ」
 時々聞こえる三橋の名前に眉を寄せ、阿部も一度だけ教室を振り返ってから三橋を見た。阿部の答えを探るような目の色に三橋は焦って頭に浮かんだ言葉を絞り出す。
「あ、た、田島君…は、」
 自分のせいなんだと下げた頭のまま阿部をチラリと窺い、三橋はゆっくりと視線を懐の弁当箱に移した。
「田島君、いつも オレのお母さん の オカズ…楽しみに、してて…」
「オカズぅ?もしかしていつもそれのせいなわけ?」
 呆れた視線を三橋の持つ弁当箱に注いだ阿部にうんと三橋は頷き、阿部は盛大にため息を吐いた。
 昼休みに三橋を誘おうとすると決まって頑なに田島が拒む。理由を聞く前に教室から追い出されてしまうからずっと聞けずじまいだった理由がまさかこんなことだったとは。しかしそうなると今日は誕生日だからにしろ結果的に田島から食べ物を阿部が奪ってしまったわけで。
「…やべー」
 食べ物の恨みは恐ろしい。それは田島に限ったことではないかもしれないが、田島とそれに三橋の食に関しての執着といったら目に余るものがある。そしてそれがほぼ毎日楽しみにしている三橋の母の弁当ときたら田島のダメージは相当なものだろう。それこそ部活に支障が出たらまずい。大袈裟と思うかもしれないが何せ相手はあの田島だ。
 あとで購買で田島の好きそうなものを三橋に選んでもらおう、そう心の中で決め三橋に向かって一人頷いた阿部にクエスチョンマークを浮かべながらも三橋はつられて頷くのだった。

 校内で二人きりになれる場所はそうない。一番の安全牌は部室なのだろうが鍵を取りに職員室に入ると大抵用もないのに先生に呼び止められる傾向にある。折角の三橋との時間を一分一秒でも無駄にしたくない阿部は部室を諦め、比較的人通りの少ない屋上へ通ずる階段の踊り場に決めた。それに今の季節は屋上を利用する生徒もほとんどいないだろうから、思った通り阿部は三橋とゆっくり昼飯を食べることができた。
「ゴチソウ様でした。お母さんにお礼言っといてな」
「うん」
 阿部の為に三橋母が腕を振るってくれたといういつもより豪華で量の多い三橋の弁当を、内心田島に謝りながらも阿部は遠慮なくツツかせてもらった。自分の弁当もキレイにたいらげ、来る前に買ってきた温かい緑茶を飲みきり一息つくとふと上がる三橋の息の白さに気付く。
「…寒くねェ?」
「大丈夫だ、よ」
 考えてみれば今更すぎる阿部の問いかけに三橋はふるふると首を振った。そうは言っても見るからに冷たそうな白い手に頬、自分が大して寒くなかったからといって気付いてやれなかった不甲斐無さに頭を垂れる。
「阿部君、は?」
 問いかけを返す三橋に大丈夫だと言った。そして同時に自分が大丈夫なわけを見つけ、それを学ランのポケットから取り出すと三橋に軽く投げて寄こす。
「それやる、持ってな」
 慌てて阿部から受け取ったもの、それはカイロだった。
「え、でもそ れだと阿部君、が 寒いじゃない かっ」
 素直に受け取っていいものか戸惑う三橋はカイロを乗せた両手を自分と阿部の間でウロウロさせた。それを見て阿部はなにやってんだよと苦笑しながら三橋の額にデコピンをかます。
「いぃっ…た」
 予想外の痛みに三橋は思わず目を瞑って握り締めたカイロを額に当てた。痛みが引き、そっと目を開けるとうっすらと視界が滲んでいたせいもあって阿部がよく見えない。するとそこにあるはずのない声が耳元でしたと思ったらふわりと背中を覆うぬくもり。
「オレは…、これでいいよ」
 いつの間にか三橋の後ろに回った阿部がギュウと三橋を抱き締めていた。
「あ、べく…ん」
 胸の前に回された力強い腕、耳元を擽る吐息に少し硬い髪の毛、背中から伝わる体温、三橋を包み込む阿部の匂い、何もかもが突然すぎて心臓が止まりそうになった。緊張しすぎて三橋の体の表面の温度が下がる。
「ぶはっ、冷てぇカイロ」
 耳元で阿部が笑い体を揺らした。阿部が笑うから安心して一緒になって笑うと少しだけ緊張が解れ、そのまま揺れに任せて阿部に体を預けたら心地良さが勝った。
 そっと阿部の頬に耳を寄せ、ゆっくりと目を閉じると二人の心音が混ざり合って聞こえる。その中から阿部の声がして目を開け、そういえばまだ言っていなかったと三橋は小さな声で言った。
「阿部君…、誕生日 おめでとう」
 すると阿部にギュウギュウにキツく抱き締められ、それは言葉の代わりにありがとうと言っているように思えた。三橋は嬉しくなって回された阿部の腕に触れる。その手は温かくなっていた。
 解れた三橋の体にじわぁとカイロの熱が掌から体の中心に向かっていく感じ。頬まで熱を持ち染まったのは決してカイロのせいだけではなかった。




(08/12.14)
阿部誕

3日遅れましたが阿部ハピバ!
前半カットでよかったんじゃないか感が否めませんが後半は阿部にいい思いをさせてあげられたんじゃないかと思ってます。



あきゅろす。
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