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重ねた想い

 ここのところいい天気が続かなかったけれど、今朝は昨夜から降っていた雨も止んで気持ちのいい青空が広がっている。自転車に跨り、ふと見上げた空が眩しくて田島は思わず目を細めた。肺を冷たい空気で満たしながら、通常ならとっくに朝練をしている時間、田島は一分の道のりを五分かけてゆっくりと自転車を走らせていた。
 監督の夜勤のバイトが長引いてどうしても出られないから朝練は中止になったと花井から連絡事項めいたメールが一斉送信され、それが田島のもとに届いたのは目覚ましの鳴る五分前。折角だから二度寝しようとも考えたがたまには朝練以外で早く登校するのも悪くないと思い立ち、ベッドから飛び起き勢いよくカーテンを開けたのだった。
「んー…いい天気!」
 絶好の練習日和だと込み上げる興奮とともにペダルを漕ぐ。水溜りの上を車輪が走り抜けるとそのあとに続くタイヤの跡がゆるやかに色を残す、そんなどうでもいいことでさえ楽しいと思えてしまうのはきっと今日が誕生日だから。
 もう誕生日を底抜けに喜ぶ年齢ではなくなってしまったけれど、今年の誕生日は去年までとは違うんだと自信を持って言える。だって花井がいるから。
「まー、あんま期待しないどこ」
 花井の性格上、誕生日を匂わせる言葉を言ってもらえたらそれだけで十分なんだと田島は思う。それでもどことなくワクワクする気持ちを抑えきれずにいつもとは違って見える道をぐんとペダルを漕いでスピードを上げた。

「た、じまく ん!誕生日 お、おめでとっ」
 朝のHRが終わると一番に三橋が祝いの言葉を伝えに来てくれた。それに続いて隣近所の席にいるクラスメイトからも次々とおめでとうという嬉しい言葉の嵐をお見舞いされ、田島は満面の笑みを浮かべ大声でありがとうと連呼してはクラス中で笑い者にされた。
「田島、おめっとさん。食いモンでわりーけど」
「お前の好きだってモン作ってきたぜ。まー、コレはちと自信ねんだけど」
 昼休みには泉と浜田が机いっぱいにゴチソウを並べて祝ってくれた。浜田が自信なさげに指差したナスのはさみ揚げは親が作ってくれるそれとはまた違っていて、何よりも浜田の心遣いが田島の腹を満たしてくれたのだった。
「田島おめでとー!」
「今度ちゃんと祝うからねー」
 練習前の部室ではそれまでに会わなかった水谷や沖達が着替えの手を止めて声をかけてくれた。それを何故か部室の隅っこで花井に胸倉を掴まれながら聞いていた田島は、ヒョイと花井の肩越しに顔を出して「ありがとー!」と笑う。
 それからグラウンドに出ると監督からも頭を撫でられ、その時点で思えば田島にとって人生で一番多くの人から祝ってもらえた日となった。

 ニコニコしながら自転車を押す田島の足取りは練習後だというのに比較的軽やかに見えた。沢山の人から祝ってもらえて心が十分に満たされているからなのだろうと隣を歩く花井は思う。
「いやー、今日はいい一日だったー!」
「にしてもお前さっきからニヤけすぎだろ」
 田島の家の前に着いて花井は自転車のスタンドを立てた。
「だって花井が送ってくれるとかありえねーし。部室で胸倉掴まれたときはオレ殴られんのかと思ったもん」
 それがまさか一緒に帰る約束を言いにきたってんだからさと田島も自転車のスタンドを立てながら言った。
「お前はオレをどーゆー目で見てんだよ…」
 些か呆れ顔の花井にだってと反論しようとした田島を制し、こんな話をしに来たんじゃないと花井は学ランのポケットに手を突っ込んだ。そして眉間に皺を寄せ田島に詰め寄る。
「あのな、余計なこと言うなよ。約束しろ」
「は?」
 何のことかわからない田島は首を捻って口を開けた。しかし花井はそんなのはお構いなしにもう一度念を押す。
「約 束 し ろ」
「お、おー…」
 何やら切羽詰った花井の様子に面を食らった田島は大人しくここは引くことにした。それなのに花井ときたらそこから唸ったり俯いたかと思えば田島を睨み付けたりと落ち着かない。そんな花井を田島は面白いなーとただじっと見ていた。
 そうこうしているうちに意を決した花井はポケットから引き抜いた小さな紙袋を黙って田島の自転車のサドルに置いた。
「……なに?」
 置かれた紙袋を不思議そうに見る田島。察して欲しいときにしてくれない天邪鬼な恋人に花井はニット帽越しに頭をかきながら言葉を紡いだ。
「だから…誕生日、おめでとう」
 そう言って田島の頭をポンと掌で包んだ。その感触で今起きていることを理解した田島は勢いよく顔を上げ、思わず声を上げてしまった。
「うっそ!!」
「はあ!?おまっ、…いいや。それ、一応ちゃんと選んだヤツだから。とりあえずしまってくれ」
 柄でもないことをして顔から火が出そうだというのに、真っ先に疑った田島に花井はため息を吐いた。けれどその田島は今やプレゼントを握り締めて歓喜にブルブルと震えていた。
「やばい…、まじで嬉しい。どーしよ、オレ、死んでもいい」
「ばっ、生まれた日に死んでもいいとか言うなよ!」
 極端すぎる田島の言葉に驚いた花井は咄嗟に目の前で震える頭を叩いてしまった。誕生日に主役を叩くとか有り得ないとハッとする花井だったが、そんなことは微塵も気にしていない田島はガバっと花井を見上げる。
「だってオレ、花井から、花井からだけはプレゼント貰えるとは思ってなくて…!」
 嬉しすぎるよと興奮しきった様子で息を弾ませた。
「お前…本当にオレを何だと…」
「リストバンド!?すげー、かっくいー!」
 想像以上に喜んでもらえたにも関わらず素直に嬉しいと喜べない花井が肩を落としている隙に、プレゼントを開封した田島が目をキラキラ輝かせていた。それにギョッとした花井は慌てて田島からプレゼントを奪おうとする。
「ちょ、しまえって!」
「なんで?花井がオレの為に選んでくれたんでしょ?だからすっげー嬉しい!つーか自慢したい」
 奪還に失敗した花井の目に飛び込んできたのは、四苦八苦しながら選んだ自分のプレゼントを心の底から大切そうに見つめる田島の姿だった。そんなことをされてはもう何も言う気にはなれずにただ笑みが零れてくるから惚れた弱みというのは怖ろしい。
「わかったから。でも自慢だけはやめてくれ」
「えー、つまんねーの」
 そう言って笑う田島に差し出されたリストバンド。仕方ねーなと左手首にはめてやりながら花井は徐に呟いた。
「その…ありがとな」
「なにが?」

 喜んでくれて、とか
 一緒にいてくれて、とか
 好きになってくれて、とか
 野球やっててくれて、とか
 生まれてきてくれて、…とか

 ピッタリと田島の手首にはまったリストバンドを握ると田島の温かな体温まで伝わってきそうになる。だからそこから素直な感情も伝わりますように、花井は柔らかく目を細めた。
「いろいろだよ、いろいろ」
「ふーん、いろいろか。どういたしまして!」
 そう言って満面の笑みを浮かべる田島に自然と体が動くままに気が付いたら花井からキスをしていた。そうしたら珍しく田島が照れたものだから花井は可笑しくなって声を上げて笑ったのだった。




(08/12.07)
たじたん

田島の誕生日からどんだけ遅れてんだっつー。でもその分愛だけは沢山込めた!
田島、おめでとー!



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