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雨やどり

 ポツポツと降り出した雨が本降りになったのは泉がコンビニから出て数百メートル離れたところだった。ざっと見渡した限り周りにすぐ入れるような店はなく、さっきのコンビニまで戻るのも面倒だったのでシャッターが下りている、少し屋根のあった手近な店先に自転車ごと駆け込んだ。
 泉が屋根下から外れた自転車にのったエナメルバッグを引き込むと、途端に大粒の雨がコンクリートを激しく打ち始める。どう考えても自宅までダッシュで帰ったとしても濡れていない部分を探す方が難しいような気がして、小降りになるのをしばらく待つことにした。
「くっそ、まじかよついてねー。ンなことならさっさと田島達と帰っとくんだった」
 雨水が滴る前髪が鬱陶しくて掌全体で掻き上げながら泉はぼやく。コンビニでアイスを買い終わった田島と三橋が帰ろうと言ってきたのを、読みかけの雑誌片手に拒否して先に帰した。いつもならほぼ毎週買っている雑誌だったけれど、今日は監督の都合で練習が早く終ったのをいいことに雑誌代をケチった自分を今さらながら呪う。
 なかなか小降りにならなそうな薄暗い空を見上げながら、バッグを腹に抱えしゃがみ込んだ。携帯を出す気にもなれなくてただぼーっと降り続ける雨を眺めている。その間にも薄暗い空の色にも似た憂鬱な気分が泉の中に広がっていった。
「泉?」
「あ?」
 退屈すぎてこのままここで寝てやろうかと泉がバッグに額を擦り付けたその時、頭上から下ろされた声に思わず反応して顔を上げると見知った同級生が驚き半分、不思議半分といった表情で立っていた。
 まさかこんなところに泉が、しかも傍から見たら蹲っているから通り掛った浜田は心配になってつい声をかけてしまった。けれど仏頂面ってことを除けばいつもと何ら変わりない泉の様子に浜田はほっと胸を撫で下ろす。
「え…何してんの?こんなとこで」
「見てわかんねーのかよ。雨やどり!」
 そこ立ってっとお前の傘から雨が当たんだよ!と下から苛立ったような返事が返ってくるが、そんなものはもはやモノともしない浜田は続けて質問を繰り返した。
「えー?今日練習終わんの早かったんじゃないの?傘持ってなかったし降りだす前に帰ってるもんだと思ってたけど」
 手っ取り早く苛立ちをぶつけたつもりが無反応な浜田に口惜しくも舌打ちひとつで泉は浜田にアタるのを諦め、よっこらとその場に立ち上がった。
「あー、コンビニで立ち読みしてたから」
「あ、月曜か。つーか泉、濡れてんじゃん!」
 説明するのも面倒だと思いながら答えた泉の言葉で浜田は泉の行動を理解したらしくそれ以上追求してはこなかった。それがラクだと思いつつも何となく面白くない泉を他所に、浜田は濡れている泉に気付き慌ててバッグからスポーツタオルを取り出すと泉の頭をすっぽり覆ったのだった。開いたままの傘は横に転がり、そのままワシワシと泉の髪の毛を拭く浜田に泉は驚いて身をよじる。
「え、いいって…!」
「よくないよ!風邪ひいたらどーすんの」
 本気で泉の心配をしているのが浜田の声と触れる指先から伝わってそれ以上抵抗できなくなってしまった。泉は不可抗力だと自分に言い聞かせ俯いたままタオル越しに浜田のあたたかさを感じ、すっかり冷え切っていたはずの体が勝手に熱を持ち始めた。
 心臓が掴まれたみたく痛い、浜田と触れ合うなんて日常の中のひとつに過ぎないのに今日はいつもと違う風に思うのはどうしてなのか泉は気付けないでいた。だからせめて目の前の男のやさしさを今は感じていようと浜田には気付かれないように泉はそっと目を閉じた。

「えーと、…アリガトウゴザイマシタ」
 タオルドライにしてはすごく乾いている自分の前髪の毛先を摘み、泉は視線を彷徨わせたまま浜田にお礼を言った。どういたしましてと少し笑いながら泉の頭をポンと浜田が叩いたものだからカチンときて反射的にいつもの毒を吐く。ついでに背中にパンチをおまけしてやると浜田は痛い痛いと苦笑しながら転がっていた傘を拾い上げ、パチンと閉じたのだった。
「…なにしてんの?」
 この雨の中わざわざ傘を閉じたと思いきや、泉の隣を陣取り浜田はシャッターに寄り掛かった。
「え?雨やどり、だけど?」
 泉の質問に答えながら体を起こした浜田の後ろで重さのなくなったシャッターがカシャンと控えめな音を立てながらキシんでいた。それを呆然と見ていた泉は浜田の矛盾だらけの言動にクエスチョンマークが浮かび上がる。
「は?だってお前傘持ってんじゃん」
 今閉じたばかりの傘を泉が指差そうとすると、浜田はさり気無いのかワザとらしいのかわからない動作で持っていた傘を雨曝しになっている泉の自転車のハンドルにかけてしまった。そして泉が反論する間を与えることなくサラリを言い放つ。
「えー、そうだっけ?まぁいいじゃん!」
 なんて全く毒気のない笑顔を向けられては口論しても疲れるだけだと泉は悟った。と同時に人生の半分以上一緒にいるこの男の思考が理解できずに大きなため息を吐いてしまう。
「……イミわかんねぇ」
 泉の気も知らずに隣からは早く止まないかなーなんて呑気な声がして、気が付けばさっきまでの憂鬱な気分がどこかへいってしまっていた。




(08/10.20)
意識し始めた瞬間

何も考えずに書いていったらまだ付き合ってない浜泉になりました。きっとハマちゃんは泉のことが好きって自覚してて、泉はまだ無自覚。
何がきっかけで意識し始めてしまうのかわからないよねーなんてこと思いながら書きました。
浜泉すっげー楽しい!!



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