[通常モード] [URL送信]
チョコレートのきもち

「三橋は今日なんの日か知ってるかー?」

 練習が終わり、部室で着替えていると水谷が唐突に話をフった。 
 普段なにを考えているかわかりづらい三橋が今日という日を意識していたのか、と興味を持った他のメンツもバラバラと三橋に視線を向け、返事を待つ。

「う ん。バレンタインデー、だよね」
「お。もしかしてもらった?」
「うん、もらった よ」
「さすがエース!んで?何個もらったのよ」
「え、と ちゃんと数えてないけど、15コ、ぐらいだと思う」

 三橋が女子からチョコを貰っていたことに驚いた皆は、その個数にさらにギョっとした。この三橋がチョコを受け取っているシーンがどうにも頭に思い描けない。机の中に入っていただけで挙動不審になってしまいそうなのに。

「そのわりにあんま嬉しそうじゃねェな。オレだったら飛び回っちゃうぜっ!」
「田島はたんに食いモンが貰えるからだろ」
「そーゆー泉はどーなんだよ!」
「オレ?20ぐらい?」

 正確に数えるなら泉は26個は貰っていたがバレンタインにこだわるような性格の持ち主ではないためにこのような回答がきた。そんなことを知らない田島は「勝った!オレ26コ!」と勝利のガッツポーズをとっていたのだった。

「皆何気にもらってんだな」
「夏大効果じゃない?花井だってもらってんでしょ?」
「まーな。まだ机に入れっぱだから数はわかんねけど」

 「栄口は?」「オレは10コぐらい」いつの間にか部室内はチョコをいくつ貰ったか、という話題で盛り上がっていた。が、その輪に加わらないで一人黙々と着替えていた阿部に、田島が話をフっかけた。

「阿部は?」
「…なに?」
「なにって、チョコだよ。もらったんだろ?」

 阿部はすっげぇ貰ってそうだよな、と田島は一人で勝手に感心していたが、「もらってない」という予想外の返事に聞いた田島だけでなく、皆が驚いた。一人理由を知っている花井がため息混じりにすかさずフォローに入る。

「コイツ、来る女子片っ端から断って結局一つも受け取らねかったんだよ」
「は!?」
「な、なんでー!?」
「はァ?30も40ももらってたらお返しがバカんなんねェだろ」
「よ、よんじゅう…」

 阿部の空気読まない行動と、実際は貰っていたであろう数に各自顔を見合わせ硬く笑うしかなかった。モテるんだろうとは思っていたがこれほどまでだったとは…、花井も半ば呆れ顔でリュックを背負う阿部を見ていた。

「んなことより、チョコの食いすぎでゲリすんじゃねーぞ、栄口」
「…アベはひどいヤツだよ」
「みはし、行くぞ」
「う お、待って…」

 三橋のリュックをひょいと担ぎ、「おさきー」と部室をさっさと出て行く阿部に、三橋は急いでロッカーを閉め阿部の後を追いかけた。

「ま た、明日ねっ!」
「おー、おつかれー」
「おつかれさーん」

 残された部員達は三橋と阿部の偉業に誰もがグルグルしていたのでいつまでも会話はやまず、そのせいか、阿部と三橋が二人で帰ることに疑問を持つものは誰もいなかった。





 自転車置き場までスタスタと阿部が歩くので、三橋は置いていかれないようにその後を追った。
 先に着いた阿部は三橋の自転車の前カゴに持っていた三橋のリュックをドサっと入れ、三橋が追いつくのを待つ。やってきた三橋は少し息が上がっていた。

「悪ィ、はやかった?」
「だ、いじょぶ。あ、阿部君は モテるんだね…」
「あ?なに、さっきの話?」
「う、うん」

 三橋が居心地悪そうに自分のシャツの胸ぐらを掴むと、それを見た阿部はまたグルグルしやがって、と小さく息を吐いた。

「オレにはバレンタインなんて必要ねェから」
「え、どういう…?」
「…〜あーったく!言わなきゃわかんねェのかよ!」

 「ご、ごめんなさ い…?」と身構える三橋の頭をガシっと掴み、阿部は真剣な表情で三橋の顔を真っ直ぐ覗き込む。その顔は赤く染まっていたけれど。

「オレにはお前がいっから!」
「あ、あべ く」

 阿部の突然の告白に、二人して顔を真っ赤に身動ぎ一つできない。今動いてしまったら距離が縮まりどうにかなってしまいそうだったから。
 互いの息が顔にかかりくすぐったい。阿部の真っ黒な目の中が三橋の顔で埋まる。

 ―キス、だけなら。

 同時にそう思った気がして、三橋の頭を掴む阿部の手には力がこもりどちらからともなく唇を寄せた。その時。

「あれー?阿部と三橋ー?」

 聞きなれた声に名前を呼ばれギョッとした二人は瞬時に互いの距離を広げた。それはもう阿部によって強引に。あやうく勢いで後ろに転びそうになった三橋に気付いた栄口が駆け寄り、「なにやってんだ?」と交互に二人を見た。

「三橋だいじょぶか?」
「う、ううう、うん、だい じょぶ、だよ!」
「あべー、もうちょっとやさしくしてやれよ」
「…わァってんよ」
「お前らまだこんなトコにいたのかよ」
「腹へったしコンビ二いこーぜ」

 わらわらと集まってきた皆に囲まれなんとか平常心を取り戻した阿部は、田島にガッチリと固められている三橋を盗み見た。すると三橋も阿部を見ていたようで視線がかち合い、なんだかまた恥ずかしくなった阿部はすっかり暗くなった空を見上げた。




(08/02.14)
バレンタインデー



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!