1 オレンジと赤を混ぜ合わせて出来たような空の色にまだ少し白みがかった雲が同色に染まり、淡いグラデーションは夕暮れ独特の雰囲気を醸し出していた。その色を吸い込んだグラウンドに立ち一人空を見上げれば、今いるところから切り離されてしまいそうな気になってなんだか心もとない。 夕暮れ時は何故だか心が少しざわつき落ちつかなくなる。もう帰らなければいけない時間なのになかなか見つけてもらえない、泣き出したいのを堪えながらかくれんぼの鬼を待っている子供のようなそんな気持ち。 行動が伴わないのに気持ちだけが先走って焦り、理性で抑え付けなければ呼吸もできなくなってしまいそう。だから歯を食い縛って、余計なものが落ちないよう真っ直ぐ上を見続けるしかない。 顔を出してしまったから、だから蓋をして鍵をかける。できることなら、このままずっと。 沈んでいく陽の光に背を向け、自分もドロドロになった足を洗わなければと花井はやっとのことで土を踏んだ。もうそろそろ皆洗い終わっている頃だと思い、誰に遠慮するでもなくしゃがみ込んで靴下を脱いでいた花井に突如降りかかってきた水しぶきは、どう考えても予想することなんて不可能だったと花井は思う。 ポタポタと垂れた後頭部から滴る水が耳の裏側を通って大変こそばゆく鳥肌がたった。加えて背中にかかる重みは悪びれた様子もなく、むしろ嬉々として声をかけてくるのだから堪ったもんじゃない。 「きもちかったー!?」 「なわけねーだろ!おりろっ」 自主性に任せていてはダメだと百も承知の花井は何の序言もなく立ち上がり、それによって乗っかっただけだった田島は重力に沿って尻モチをついてしまった。尻を擦りながら呻く田島に多少心が痛みもしたが、調子付いているだけにここで甘やかすことはできないと目を吊り上げる。 少しは反省したかと上から様子を窺っているとこちらに気付いた田島と視線がかち合い、その目尻にはうっすらと涙のようなモノが見えて花井の良心が大きくぐらついたが、そんなものは田島の悪態によってすぐ消え去ってしまうのだった。 「ちぇ、花井のハゲー」 「ンなっ!」 ギャハハと洗ったばかりの足に砂をまとわりつかせて跳ねる田島が、この夕暮れ時の色合いに映えて思わず目を反らしたくなる。そんな花井の心情も知らない田島はいつの間にか泉によって止められ水の出なくなったホースを、凝りもせずに花井に向かって標準を合わす真似をしていた。 あまりにも無邪気で天真爛漫な恋人の姿に花井は大きなため息を盛大にお見舞いしてやったのだ。 田島を好きになったのがいつだったかなんて覚えていない。気が付いたら、という表現が一番合っていて、どうして田島なのかと聞かれてもそれに見合う適切な答えも今のところ持ち合わせてはいなかった。 同性愛者、というわけでもない。田島と付き合っている今でも女の子は変わらず好きだし、ましてや他の男を好きになることなんて絶対に有り得ない。つまり、田島だったから。 敵わないと知った瞬間、どうしようもない嫉妬と同じくらいあの目に映りたいと思った。自分を刻み付けてやりたい、それが例え困難な道だとしてもかまわないと。 「花井?」 覗き込む純粋な目、それが自分のモノとなった今、沸き起こるもう一つの感情に花井は戸惑いを覚えていた。それは田島が欲しい、という身に余る想い。 「花井、まじで怒った?」 田島の目に映っていたいと思う反面でこんな浅ましい気持ちを持ったまま映りたくない、矛盾しているのがわかっていようと大した余裕も持ち合わせていない花井にはどうしようもできずに。 「今日オレ部誌だから待っててくんねーか」 「ん?いーけど」 怒ってねーの?と首を傾げる田島に怒ってねーよと花井は笑いながら田島の頭を撫でてやった。 汚したくない想いと抱きたい気持ち、揺れていた針は紙一重の差で後者に傾いたのだった。 (08/08.26) |