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いちご注意報

 昼休みの9組の教室内ではいつものように三橋達が机を並べ食料を囲んでいる。しかし今日はその量がいつもに増して多く、その中には通常学校ではお目にかかれないケーキまであった。
「三橋っ、誕生日おめっと!」
 田島がバッグからゴッソリ出した駄菓子の山をドサドサと三橋の机の上に落としていった。三橋はそれを慌てた様子で円を描いた腕の中に収めようとするが、如何せん量が多すぎて囲みきれない。
「これ、おれらからプレゼントな」
「全部食いモンで悪ぃけど」
 田島の作った駄菓子の山からこぼれ落ちたさくら大根を拾いながら泉の言葉に浜田が付け足す。机の上には見事と言ってもいいほど食料以外の物はなく、田島の駄菓子をはじめ菓子パンやら唐揚げなどの惣菜で埋め尽くされていた。
「う、お!あ、ああ ありあ り」
「アリア?」
 上手く口の回らない三橋に浜田が首を傾げた。当の三橋はというと高揚しきった表情で握り締めた拳をフルフルと震わせ普段よりもずっと落ち着きがない。
「ばーか浜田。ありがとうだよな!三橋っ」
 ともすればすかさず田島から助け舟が入った。田島的には助けようと思っての行動ではないのだろうけれど結果としていつも三橋のフォローになっている。
「う ん!ありが とうっ」
「どーいたしまして」
 ペコリと頭を下げ言った三橋の言葉を泉は嬉しそうに顔を綻ばせ受け止めてやる。そんな二人のやり取りを見て浜田も優しげに笑った。
「んじゃ食おーぜ!」
 三人のふんわりとした空気の中に田島という荒れ球が投げ込まれ、もう待てねぇよと言わんばかりにショートケーキの苺に噛り付く勢いで手を伸ばしてきた。浜田はとっさにそれを阻止しようとするも呆気なくかわされ、美味しそうな苺は田島の膨らんだ頬の中で存在を主張することとなってしまった。
「ちょ、ま!それ三橋のだろが!」
「いーじゃん、まだあんだし。なー三橋っ」
「う、うんっ」
「三橋、流されんな」
 ぎゃあぎゃあと取っ組み合う田島と浜田、それを止めようとオロオロする三橋にほっとけとメロンパンをかじる泉がいつの間にやら中心となり、教室内は騒がしさを増していた。

「おーおー、やってんな」
 遅れて9組の教室にやってきた花井がその騒がしさに苦笑いを浮かべ、気後れしたのかすぐには教室に入ろうとしなかった。その後を阿部と水谷が続き、花井同様中の様子を窺う。迷うことなく目に入ってきたのはテレながらも思い切り笑う三橋の笑顔だった。
「嬉しそう、だな」
「あ?三橋?」
「そりゃ誕生日祝ってもらえんのは嬉しいっしょー」
 独り言のつもりでポツリと呟いた言葉を花井と水谷に拾われてしまい胸中で舌打ちをした。
 今年の三橋の誕生日は学校で祝おう、そう言い出したのは田島と泉だった。去年、三橋家である意味サプライズ的な誕生会をしたとき三橋はとても嬉しそうだった。けれどよくよく考えてみれば料理もケーキも三橋のおばさんが用意してくれたもので、阿部達がしてあげたことといえば歌ぐらいなもの。
 だから今年は全て自分達で用意して一から三橋を祝ってあげたい、その提案に当たり前だが反対するヤツはいなかった。なんだかんだ言っても皆三橋のことが好きなのだから。
「バッテリーなんだからお前は別口で言っとけよ」
「は、なにを?」
 さて、あの中に揉まれてくっかと足を出した花井に注意されているかのよう人差し指を突きつけられた。
「誕生日おめでとって、女房からエースにさ!」
 話を聞いていたのか一足先に教室に入った水谷がヒョコと扉から顔を出して言う。何言ってんだこのバカはと顔に出しながら視線を外すとその先で花井が頷いていた。
「…チ、わーったよ」
 どうやらこの面倒極まりない状況を脱するには納得するしかないようで、阿部は後頭部をガシガシ掻いた後に足取り重く教室へと入っていった。

 この後1組と3組の連中も来て野球部全員が揃うことになっている、そんな状況下で別口で三橋を祝うにはどうするのがいいのか。考えてみてもきっとドツボにハマるだけだろうと思い、その場にいるヤツらに一言断わりを入れ三橋を廊下に連れ出した。幸い廊下には誰もいなく三橋と向かい合いとりあえず当たり障りのない会話をと口を開く。
「今日で17か」
「う ん。あ、今 ねっ」
「あー見てた」
「う、お」
 粗方、食いモンを沢山もらっただとか祝ってもらって嬉しいだとかそんなことを言いたかったのだろう。言わなくても分かるからつい会話を切ってしまったがその後に続く話題が見当たらなくて沈黙が二人の間を横切っていく。次に何を言われるか見当が付かなくてビクビクしているのが態度から丸分かりで、その三橋の緊張が阿部に伝染しているのか余計上手い言葉が見つからない。
「三橋」
 たった一言、一言三橋に誕生日おめでとうって言えばいい、それでバッテリーとしての役目を果たしたことになる。これで花井と水谷も文句ないだろう。
「あのさ」
「う、ん?」
「……や、いいわ」
 本当はよくねェんだよ!と叫びたい気持ちを心の中でグっと押さえ込む。どうしてたったそれだけの簡単な台詞が言えないのか、というか果たして個人的に言う必要性はあるのか疑問に思えてきた。いくらバッテリーだからといってもそんなに重要視すべきことなのか。グツグツと煮え切らない中で段々と花井と水谷に怒りの矛先が向いてきた。
「あの、あ べくん」
「あ?」
 余程ひどい形相をしていたのか阿部を見上げる三橋の目は今にも泣き出すのではないかと思うほど怯えきっていた。自分が悪いわけではないのに謝ろうとする三橋にそうさせている自分が腹立たしく情けない。
 いつだって三橋の為に何かしてやりたいと思う反面、こんな簡単なことすらできないなんてやはりどうかと思う。言わなきゃわかんねぇ、いつも阿部が口を酸っぱくして三橋に言っていることなのだから。
 一呼吸置いて三橋に向き直る。さっきとは打って変わった阿部の真剣な表情に三橋はたじろいだ。
「うあ、え… と」
 バッテリーとして、仲間として、三橋が今ここにいる奇跡に感謝したい。言うことに意味があろうとなかろうとそう思っていることに代わりはないのだから。
「三橋」
 だからおめでとうではなくもっと相応しい言葉で。伝えなければそれこそ意味がない。
「生まれてきてくれてありがとう」
「…あ、べく」
「お前がいてよかった」
「……、っ」
 ボロボロと堰を切ったように溢れ出る涙を拭おうともせず、無意識なのか三橋は阿部の胸元に頭をもたれかけたきた。
「おい、みは…」
「オ、オレ…、そ…なこと言われ たの は、はじめて」
「…まぁ、オレもンなの言ったの初めてだけどな」
「オレ、うれしっ…」
 突っ立ったまま胸を貸していたら次第にしゃくり上げてきた三橋が顔を埋めてきた。目の前でふわりと揺れる猫っ毛から三橋のやわらかな匂いがしていつもより早く心臓が動き始める。このまま抱き締めてやりたいと思うよりも先に自然と三橋の背中に手が伸びたそのとき、教室の扉が開いて田島が出てきた。
「阿部っ、いつまでも主役ひとり占めしてんなよな!ぬあっ、つか三橋泣いてんじゃん!」
 田島に両肩を掴まれ、阿部にいじめられたのかと揺さ振られながらも三橋はぶんぶんと首を振って否定した。それでもなお騒ぐ田島に三橋は慌てて教室に戻そうと田島の背中をぐいぐいと押し、やがて二人の姿は教室へと消えていった。

「あ、っぶねー…」
 廊下に一人残された阿部はさっきの自分の行動が信じられないと膝をガクンと折り曲げ頭を下げた。一瞬でも三橋を可愛いと思ったことに自己嫌悪が押し寄せひどく叫びたい衝動に駆られる。
 三橋はバッテリーとしてこの上なく大切に思っている、けれどそれ以上でもそれ以下でもないはず、なのに。
「阿部?なにやってんだ」
 呼ばれた方を見ると栄口と巣山が変なものでも見るかのような視線を向けてこちらに向かってきた。体勢を立て直す気力も残っておらず、下から見上げるような形で二人にダルく言う。
「…なんでもねー」
「あ、そ?」
「もう皆来た?足りないかと思って飲みモン持ってきたんだけど」
 気が利く1組コンビにあと沖と西広がまだとだけ言い、阿部は力なく壁伝いにヨロヨロと教室へ入っていった。
「…なにアレ」
「なんか悪いモンでも食ったか?」
 後ろから栄口と巣山の話し声が聞こえたがあえて聞こえないフリをして騒がしい方へと足を進めていく。そこにいた三橋はもう泣き止んでいて水谷と一緒にアイスを食べていた。
「お、阿部。さっきは悪かった!オレのカンチガイっ」
「ん?おー、いいよ」
 三橋を中心に囲っている輪の中へ混ざるとすぐに田島が謝ってきた。お詫びにとフォークに刺さった苺をフォークごと渡され、一体コレをどうしろってと困惑せずにはいられない。こんなの貰って誰が喜ぶのかと思っていると横からぼそっと蚊の泣くような声がした。
「い、ちご」
 振り向くと三橋がものほしそうに阿部の持つフォークに刺さった苺を見つめていた。
「ったく」
 やはり田島と三橋は同類か。特に苺に対して未練はなかったので三橋にあげようとフォークを差し出した。そのまま受け取ると思っていたのに三橋のとった行動は阿部の予想を遥かに越え、阿部が持ったままのフォークから苺を頬張ったのだった。
「んむっ」
「なっ」
 三橋の目を伏せた表情がやたら艶かしく見えたのは気のせいだとキツク自分に言い聞かせる。口を開けたときにチラと見えた赤い舌が目の奥に焼きついて離れないのもきっと腹が減っているせいだと言い聞かせた。
「あ りがとう、阿部君」
 苺を貰って上機嫌な三橋が不意にニコと笑い、その笑顔に中てられた阿部は頭がクラクラして机の上にゴンと額を打ち付けた。
「くそ、何なんだよ…これ」
 ドクドクと激しく主張を繰り返す鼓動が示す気持ちに今はまだ気付ける余裕が備わっていない阿部隆也、16歳の初夏の出来事。




(08/06.12)
相互お礼カナ様へ

117matelials、カナ様へ捧げさせていただきます。
折角三橋の誕生日ネタをリクしていただいたのにこんな時期外れになってしまいすみません…!そして阿部はきちんとグルグルしているでしょうか…ハラハラ
この阿部と三橋はまだ恋愛感情も抱いていないという設定で書かせてもらいました。というか気がついたらそうなってました。
カナ様のみお持ち帰り可です。この度はありがとうございました!



あきゅろす。
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