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甘味どころ

「良い女房がいてお前は幸せだな」
 職員室の扉に手を掛けた時、後ろから先生にそう言われた。丸写しではないけれど阿部のノートを拝借して課題を仕上げたことがどうやら先生にはお見通しだったらしい。
「しっ 失礼しま、す!」
 怒られると思い急いで職員室から出ると振り返った時に見えた先生の顔は怒るどころか朗らかに笑っていた。
 他人から阿部との関係を声に出されることはすごく気恥ずかしく、それでもどこか嬉しく思う。野球以外の所でもバッテリーだと認められているようで、それが三橋にはこの上なく幸せだと感じられるのだった。

「阿部君、おまた せ」
 教室を出てどのくらい時間が経ったのだろう、随分長く阿部を待たせたと思い駆け足で戻ってきたが時計を見ると長く感じた職員室でのやり取りがほんの十分程度だったことを知らせた。よかった、そんなに待たせてない、三橋は胸をなで下ろす。
「おー、間に合った?」
「うん、ギリギリだった けど」
「そらよかったな」
「そいで、これ…」
 後ろ手に持っていた二つの缶のうち一つを阿部に差し出した。
「くれんの?」
「お、お礼っ。ノートの」
「まじか、さんきゅ」
 おずおずと差し出した缶コーヒーを阿部は遠慮なく受け取った。
 職員室を出てから思い立ったように購買に向かい自販機を前にして悩むこと二分少々、ふと阿部が最近コーヒーにハマっていると言っていたことを思い出し小銭を入れた。しかし点灯を始めた自販機を見てまた固まってしまう。砂糖の入っているものは売り切れていてブラックしかなかったから。
「でっでも、ブラックしか…なくて」
 迷ったんだけどと三橋は口ごもり、阿部が上下に振っている黒い缶コーヒーを見てはあわあわと挙動不審に慌てた。
「あ?いいよ、飲めっから」
 そんな三橋の心配を余所に阿部はプルトップをカシュ、と引き開け喉を鳴らした。その姿を見た三橋はキラキラと尊敬にも似た眼差しを阿部に向ける。
「すご…い。オレ はダメだ。だって」

「「にがいから」」

 三橋の声に阿部の声がかぶさり、同時に同じ言葉を発したのだとわかった。単に阿部の悪戯心からだったのだけれど。
「う、お」
「ぶ、ハモってら」
 カラカラと楽しそうに笑う阿部に三橋は恥ずかしさからどうしていいか分からず、とっさに自分の手の中にある清涼飲料水をズズと一口啜った。
「三橋」
 コイコイと手招きされ、何だろうと顔を阿部に近付ける。すると阿部の手がガッチリと三橋の後頭部を掴み、驚く間もなく引き寄せられ唇が寄せられた。
 阿部の唇と舌に染み付いたコーヒーの苦味が三橋の口内へとダイレクトに伝わる。初めはその苦味に眉をしかめたが絡んだ舌の動きに翻弄され最後には麻痺してしまった。
「苦い?」
 額をくっつけたままで阿部が三橋に問う。味なんてとうにわからないのだけれど何故かとっさに出た言葉は。
「…あ、甘い…です」
「ウソつけ」
 そう言って阿部にまた笑われてしまった。




(08/06.03)
ただ甘いだけ



あきゅろす。
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