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1万打

 他人の誕生日なんて何度聞かされても頭に入ってくることはなかった。血の繋がっている弟のでさえハッキリとしているのは生まれ月ぐらいなものだ。そんな阿部の頭の中に過去一度聞いたきり離れなかった三橋の誕生日。それが目前と迫り、いつになく頭を悩ませていたのは放課後の出来事。
「阿部って誰かにプレゼントとかしたことあんの?」
「は?ないけど」
 うっそ、まじで?と日誌を広げた阿部の机の正面に座り、頬杖を付きながら水谷が大袈裟に驚く。さっきから頼んでもいないのに一緒になって三橋のプレゼントをアレコレ思考していた。
「つーかさぁ、お前らいつになったら下の名前で呼び合うのよ」
「はァ?そんなん今更」
 三橋と付き合い出してもうすぐ一年という月日が経とうとしていた。名前呼び、これまで考えなくはなかったが呼び方なんて大して重要視していないというのが正直な話。好き合っていて互いの時間を共有していればそれだけで満たされる、呼び方なんて然程のものではない。
「ダメだよ!恋人っつーのは二人だけの特別な呼び方ってもんがっ」
「はいはい、ウザいウザい」
「ちょ、」
 脳内で誰か特別に想う相手でも描いているのだろうか、両手を祈るように組み、情熱的に語り出そうとする水谷をそれ以上ヒートアップさせるものかとピシャリと制止してやる。よそ事はこれぐらいにしてと再び日誌に意識を戻すと徐に水谷が立ち上がった。
「あー、そうですかっ。三橋は呼びたがってたのにさー」
「は、今なんつった?」
 ここから先、水谷の発言を右から左に受け流す態勢になってしまっていた為、突如出てきた三橋の名前に思わず反応してしまった。折角動き出した手を再び止め、もう一度言えと眉間に皺を寄せるが水谷は少し口を尖らせたまま阿部を見るだけ。
「……。ウザいオレはさっさと退散しますよー」
「ちょ、おいっ水谷!」
 ひらひらと阿部に手を振ったかと思うとすぐに両手を頭の後ろで組み、鼻唄を口ずさみながらふらふらと教室から出て行ってしまった。
「くそ、なんなんだよ…」
 唯でさえ三橋へのプレゼントで悩んでいるのに去り際に言った水谷の言葉で阿部はさらに頭を抱えることとなった。

 三橋の誕生日当日は練習試合が入っていた為にきちんとした形で祝ってあげることができなかった。
それでも少しでも誕生日気分を味わってもらいたかったから言葉だけでもと思い、帰り道で口に出す。
「あー、その、なんだ。…おめでとう」
「あ、りがとう、阿部君」
 嬉しそうに笑う三橋の顔を見て、もう少し気の聞いた台詞を考えればよかったと三橋に見えないよう舌打ちをした。
 カラカラ回る車輪の二人の歩幅に合わせて規則的に上げる音が夜道に響く。三橋は自分から話題を振ってくる方ではないので阿部が口を開かないと自ずと沈黙が続いてしまう。そんな空気の中でも居心地が良いと思えるようになったのは二人が二人で過ごす時間を大切に育ててきたから。一緒にいられるだけで幸せだと心の底から思っているから。それだけで十分だと阿部は思っていた。 
「あ、明後日、ミーティングのあと オレの誕生日祝ってくれるって、田島君が」
 言ってたんだよと少し照れ臭そうに話し出す三橋の声が耳に心地良い。
「おお、聞いた」
「あ、阿部君 も」
「そらいるよ。お前の誕生会なんだから」
「う は」
 当たり前のことを当たり前だと思わず嬉しそうに笑う、三橋の誕生会に阿部が行かないわけがあるはずないのに。いつだったか三橋のそんな所がムカつくと花井が言っていたのを思い出す。阿部もその時は賛同したがいつしかそれも薄れ、むしろ好きな部分となっていたのに今更ながら気付いたりもした。
「三橋、コレ」
 自転車の前カゴに乗せたバッグから片手で取り出せるほどの小さな袋を掴み出す。忘れないようにすぐに取り出せる位置に入れておいたおかげでスムーズに手渡せた。数時間前の自分を褒めたい。
「?」
 手渡された袋を見て不思議そうな表情を浮かべる三橋。無理もない、その袋にはラッピングはおろかキレイな模様もなくシールすら貼っていないのだから。
「それ誕生日プレゼント」
「い、いいの!?」
 袋を指差す阿部の指先と手の中のモノとを交互に見比べながら、三橋は本気で驚いた表情で手渡された袋をぎゅうと握り締めながら阿部の顔を食い入るように見つめた。
「いいに決まってんだろが。あ、でも今開けんなよ。家帰ってからにしろ」
「う ん、わかった。あっ、ありがとう!阿部君」
 そう言って三橋はニカッと満面の笑みを見せた。
 バッテリーとして通じ合ったあの日から時折見せるこの笑顔はいつだって阿部の脳裏に焼き付き離れることはない。大好きな、阿部だけに見せてくれる笑顔。
 自転車を止め、ソロソロと自分のバッグにあげたモノを大事そうにしまい込む三橋を見てどこからか熱い想いが込み上げてくるのを感じ、その想いは喉元から意表を突いて出てきてしまった。
「れ、れれ れ…れっ、れー!」
「あ べくん…?」
 呆気にとられている風な三橋に顔から火が出そうなほど恥ずかしくなり思い切り空中を拳で突いた。
「っだー!言えっか!!つか水谷シメる!!」
 一人憤慨している阿部の傍らでオタオタしていた三橋だったが突然意を決し声を上げた。
「オ、オレさ、」
 三橋の呼び掛けに火照る顔を押さえながら阿部は振り返る。三橋の表情は困惑していながらも真剣だった。
「イヤだったらお、怒っていいか ら…」
「三橋?」
「た、たかや くんっ」
 一瞬立ったまま夢を見ているのではないかと思った、それか幻聴か。人間本当に驚いた時にはリアクションなんてできずに真顔になるんだなぁなんて関係ないことも思ってしまった。
「ご、ごめんなさ!っぐ、」
 謝ろうとする三橋の声でハッと我に返り、とりあえず三橋の細い体を力一杯抱きしめた。スタンドを立てずに手放した自転車が派手に音を立てて倒れたけれど今は放っておくことにする。
「くっそ、オレすげーカッコ悪ィ…」
「あべくんは、カッコいい、よ?」
「…いいって。好きだよ、…廉」
 三橋の首筋にグリグリと顔を埋めて肺の中を三橋の匂いで満たす。気恥ずかしさを紛らわせたくうなじに軽く歯を立てると小さく甘い声を上げた三橋が肩に額を埋めてきた。
「…オレ、今 顔見せらんな、い」
「……オレもだっつーの」
 好きな人を名前で呼ぶのはものすごく照れ臭く、呼ばれるのはそれよりももっと照れ臭いけれどその一言に気持ちが詰め込まれていて特別なんだよって言われている気がした。


(08/05.17)
一万打お礼+三橋誕生日祝い

1万打感謝!&三橋誕生日おめでとう!
1万打と日頃の感謝をこの文に込めさせていただきました。本当にありがとうございます!



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