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転がる石のように

 ここの所生憎の雨続きで練習は屋内での基礎が中心。となれば思い切り体を動かせないこの状態に不満が溜まっていく者が約ニ名。今日は余程限界にきていたんだろう、昼休みに珍しく泉が七組にやってきた。
 どうしたのかと聞けば、ついに発狂した田島が校内で鬼ごっこをやると言い出し、それに賛同した三橋と数人のクラスメイト。巻き込まれたくなかった泉は田島に気付かれないよう逃げ出してきたのだと言う。そこへたまたま来ていた栄口が、じゃあこっちは頭脳戦なんてどう?と言い出したのがそもそもの事の発端だった。

「はーい、オレ一上がりー!」
「くそっ、また泉に負けた!」
「泉ってホント強いよね。ほい、これで上がり」
 四つくっ付けた机の上にトランプが無造作に重ねられていく。悔しそうに残りのカードを山に叩きつけた阿部に続いて栄口が手元のカードをさらに重ねた。
「えっ、栄口も上がり!?なんだよさっきと順位変わんないじゃん!今度こそ勝てると思ったのになぁ。つぅか」
 最後の切り札として残しておいたのだろう、栄口が流した後にエースを出した水谷が反り返って椅子を鳴らし、まだカードを握り締めている花井を見た。
「花井ってまじに弱いね」
「ある意味全敗ってスゴくないか?」
「すげーすげー、ホント運悪いな」
「はい、全敗のご感想は?」
 水谷に続けと言わんばかりに次々と囃し立てる栄口、阿部、泉。何が一番質が悪いって、言葉の中に尊敬の意が含まれていること。しかも本心から。
「おまえらうっせーよ…っ!!」
 握った拳をマイクに見立て差し出してきた泉の手が無性に腹立たしく掌で押し戻した。
 配られたカードの中身が悪かったせいで勝てなかったんだからこれが実力じゃない。そう、カード運に恵まれなかっただけだからと心中言い訳してみるも、運も実力の内であると同時にそれでは阿部の言葉を認めてしまうことになるので頭を振って思い直した。

「んじゃ花井」
 キレイな淡いピンク色をした巾着袋、さっき水谷がわざわざ篠岡に頼んで借りきたものだ。それを数回振ってから拳分だけ開けられた入り口を水谷に向けられ思わず身を引いてしまう。
「……まじにやんの?つぅか、中身書いたの誰よ…」
「田島と三橋」
 さらりと有り得ない人物の名前を出す泉に本気で信じられないと思った。
「はああ!?っんでよりによって…!」
「いいから早く引けよ。一生懸命書いた三橋の好意を無駄にすんじゃねェ」
 そう言った阿部の目は冗談ではなくどうやら本気そうなので観念して大人しく従うことにした。阿部を対象に三橋のことでくだらない荒波を立てたくはない。
 巾着の中に手を入れ小さく折られた紙を数枚確認する。どうせどれを選んだ所で良いことは書かれていないだろうと踏み、最初に手に触れた紙を迷わず掴み引き上げた。
「え、と、なになに…。好きな相手を押し倒してくる、カッコ全力でいけ」
 開いて中身を見た途端に固まった花井に代わって栄口が音読してくれた。その声をどこか他人事のように聞いていたが、見間違いだと疑わなかった内容が真実なのだと教えてくれそのやさしさに涙を飲んだ。
「書いたのぜってー田島だ」
「えー、それはムリっしょ。なんせ相手はモモカンだし」
「……え?」
 泉が、あいつらの書いた内容を確認しとくんだったと舌打ちし、そのあとに水谷が出した名前に耳を疑う。
「モモカンのことだから、バツゲームってバレたらオレらまでやばそうだよな」
「え…?」
「なら押し倒すじゃなくて、アプローチするならまだよくない?」
「ちょ、ま…」
「だな。つーわけで花井、今日のミーティングのあと決行な」
「な、ななな、な、なんでモモカンなんだよ!!!」
 さも当然のように花井の好きな相手が監督だと決め付け、あれよあれよと勝手に進んでいく会話にようやく加われた花井だった、が。
「え、」
「いや」
「だって」
「「バレバレだし」」
 花井以外の声がキレイに揃った所で顔を真っ赤に染めた花井は声にならない悲鳴を上げ堪らずに机の上に突っ伏した。

 夕方近くには上がると言っていた今朝の天気予報はどうやら当てにならないらしい。湿気でジメジメする教室内、風通しの為に開けられた窓からは雨の独特な匂いが入り込み鼻に付いた。
「じゃあ今日はこれでおしまい!明日は晴れるからグラウンド整備しっかりね!」
 監督が立ち上がるとそれに続き全員が挨拶を交わしてからバラバラと教室を後にする。最後までもたもたと残っていた三橋が田島に引きずられながら教室を出ていったのを見届けると透かさず、行けよと阿部と泉に背中を押され教室に戻されてしまった。人の気配を感じたのか、こちらを振り返った監督と目が合い突然のことにドキリとする。
「何か忘れもの?」
「え?あ、…いえ。…あ、あの…」
 心臓の本来あるべき場所は左胸のはず、それなのに喉元にあるような錯覚を起こすぐらい緊張していたのはきっと傍目にも分かることだろう。
 アプローチと一概に言えども何をすべきなのか分からない。既に心臓が痛いのに接近したとしてそれからどうすればいいのか。目が回る寸前で、面倒だから告白してこいと送り際に言った泉の言葉が頭を過ぎった。
「オ、オレのこと どう思いますか…!?」
 たったのその一言で十六年分の勇気を使い果たしたような気がする。
「どう…?あ、なに、もしかして花井君…」
 少し考え込むような仕草のあとスッと目を細め、危うくその視線に飲み込まれそうになった。気付いて欲しい想いと気付かないで欲しい想いが複雑に交錯する。
「好きなコでも出来たんでしょ。それなのに自信がない!」
「ええ、と…」 
 はい、それは貴女ですと言える口がこの場で貰えるのならどんな対価だって支払うのに、なんて現実的ではないことを考えてしまった。
「うんうん、そうだよねー、わかるわかる!でもね、相手に好きになってもらうにはまず自分に自信を付けることよ!弱気のままじゃ告白すら出来ないでしょ!?」
「は、はあ…」
「それで?花井君の好きなコってどんなコなの?」
 細くやさしく笑う監督が例え一瞬でもオレに興味を持ってくれているのかと思うと胸が熱くなった。
「オレの 好きな人は…、オレが初めて尊敬できると思えた女性…です。人望が厚くて、ものすごい情熱を持っていて、いつだって引き寄せられる。それに明るくて強くてキレイで…。オレなんかがつり合うわけないってわかってる、けど…」
 言われた矢先にさっそく弱気になってしまった。けれど弱気にだってなってしまう、なんせ目の前にいる人が到底手の届きそうもない眩しい存在なのだから。
 監督の顔が見れなくてつい俯き加減になってしまう、これも悪い癖だとわかっているけれど。
「花井君」
「は、はい…い!?」
 ガッカリさせてしまったとばかり思っていた監督の声はいつもと変わらなくてそれにほっとしたのも束の間、ガシッと掴まれた両手は胸の高さまで上げられ監督の体温が染み渡ってくるほどの強さで握られた。案の定、繊細すぎる花井の心臓はショック死できるぐらい驚いていた。
「大丈夫、花井君なら出来るよ!もっと自信を持って!」
 真剣な表情に強いけれど荒っぽくならない口調、監督の醸し出す異様な雰囲気は漠然とそう思えるような気を沸々と湧かせてくれる力を持っている気がした。
「は、はい!!」
 結果、あんなにも冷たく今にも震えそうだった手はほかほかと暖かくなり、変に気が高ぶったせいで監督の温かく柔らかな手を思い切り握り返すという偉業を成し遂げたのだった。

 その様子を廊下から眺めていた四人は花井の勇姿に驚くでも感動するでもなく出たのはため息だけ。
「…ほだされてどーすんだ。うわ、つぅか目ぇキラキラしてんぜ」
 扉の隙間から最後まで様子を窺う泉が同じようにしゃがみ込んでいるあとの三人に言った。
「アレはやられた人間にしかわかんねぇよ…」
 阿部は花井に同情すると薄く自嘲し、ようやく扉から離れ地べたに胡坐をかく泉を見ていた。
「ね、これいっそ押し倒した方がよかった…とか?」
「……花井にはムリだよ」
 教室に向かって指差す苦笑いの水谷に栄口が真顔で首を振った。




(08/05.07)
相互お礼神田暦様へ

10月のカレンダー、神田様への相互お礼に書かせていただきました。
花モモです、というより花→モモです。振りでNLを書いたのはこれが初めてだったりします 笑
リクエストして下さった内容がすごくステキなものだったのに書く側の力量が足りないばっかりに残念な結果になってしまいましたよ…!愛だけは溢れすぎて迷惑なほどに込めました!神田様、よろしかったら貰ってやって下さい。
この度は相互・リク有難う御座いました!



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