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痛い思いをしたのは君だけじゃなくて

 学校生活の中でだらっと気を抜いていられる昼休み、9組の教室では今日も決まって三橋、田島、泉、浜田が机を並べ待ちに待った弁当タイムを満喫していた。
 男子高校生の食欲は成長期ということもあり、母親が泣きたくなるほど食べる。
 その中でも野球部をはじめ運動部の連中は底無しかというほどさらに食べる、信じられないほどに食べる。一つ上の浜田ですら初めて一緒に弁当を囲んだ時は野球部三人組の食べる量に驚いていた。今ではもう当たり前だと思っているが、それでもこの細い体によくあれだけの量が…とまだ少し思っている。

「ごちそうさまでしたー!」

 田島が教室全体に響く声で弁当に感謝をすると、三橋と泉も田島には劣るものの感謝を声にのせた。

「ごちそうさまー」
「ご ちそうさまでしたっ」
「はー、いつ見てもイイ食いっぷりだよなァ、おまえら」
「だって学校で野球以外に楽しみっつったら食いモンしかねェじゃん?」
「そらお前はそうだろーよ。つか三橋もかよ」

 田島の意見に力強くウンウンと頷いている三橋に泉は少し呆れた。
 んじゃぁ寝るか、と田島がイスを後ろにずらし体勢を整えようとすると三橋が席を立った。いつもなら田島、泉と揃って昼寝するのがお決まりとなっているのに今日はどこかへ行こうとしている。当たり前のように興味を持った田島が三橋の足を止めた。

「三橋ー、どこ行くんだ?」
「あ、ちょ と部室」
「鍵の場所わかる?」
「う、うん。職員室 だよね」
「次体育だからすぐ帰ってこいよ。お前着替んのおせーんだし」
「う、うん、行ってくる…!」

 鍵の場所がわからなかったらついて行ってやろうと思った泉だったが、三橋の返事に頷いてあげていた腰をおろした。三橋が教室から出たのを見届け正面に顔を戻すと、田島はもう机に突っ伏し、あろうことか寝息を立てている。驚いた泉は同様に驚いている浜田と目が合い、「オレもねるわ」とだけ言い額を机につけた。





「お前さァ、なんかかわったよな」
「はあ?」

 そのころ7組では席が近いこともあり、めずらしく阿部と花井が一緒に弁当を広げていた。特に話すこともなく黙々と食べていると花井が唐突に話をふってきたので、阿部は口に運んでいた玉子焼きをすんでで止めることになってしまった。

「なに、なんの話?」
「や、なんつーか、あー…アレだ」
「は?」

 花井の話の糸口がまったく見えず、けれどなんだか面倒くさそうな話になりそうな気がして花井から大きく目線を外し、少し大きめな玉子焼きを一口で放り込んだ。しかし阿部の態度空しく、花井は言いたいことがまとまったようで続きを話しはじめた。

「まるくなった気がすんだよね。…怒んなよ?前より三橋を見る目がやさしくなったっつーか、すぐ怒鳴らなくなったっつーか。ま、いい傾向だよ、頑張ってんな?」
「………え?」
「…ぅえ?まさか無意識!?」

 真顔で驚いている阿部を見た花井は失言をしたと後悔した。無意識に変わっていっていたのならなおさら、ヘタに意識させたことでマイナスに進んでいってしまったらどう責任をとればいいのかと花井は青くなる。

「なになに、なんの話ー?」

 阿部が険しい表情で自分の弁当を、花井がそんな阿部を青ざめて見ている光景を不思議に思った水谷がひょっこりやってきて中に入った。そしてすぐに直感で阿部の機嫌が悪そうだと判断すると「お邪魔しましたー…」とその場から離れようとした矢先、阿部がガタン、と立ち上がり、まだ中身が残っている弁当箱を乱雑にしまった。

「あ、阿部…?」
「部室行ってくる」
「あ、ちょ…、ぇー…?」

 教室で丸めた紙を使ってキャッチボールをしているクラスメイトのせいでばらばらに散らばった机を避けながら教室を出ようとする阿部の背中はあからさまに不機嫌を醸し出していて、それを見ていた水谷は自分が割って入ったせいなのか、と手に変な汗が出てくるのを感じた。

「ど、どしたの?オレ、なんか…」
「水谷のせいじゃないから心配すんな。あれはオレんせいだよ」
「へ、花井の?なに、めずらしいじゃないそんなの」
「………」
「花井?」
「オレって、おせっかい…なのか?」

 顔を赤く染め、汗だらだらで組んだ手の甲に額を押し付ける花井に、水谷は「だから主将なんだろっ」と軽くその肩を叩いた。





 職員室入ってすぐ左脇の壁に各部室の鍵が上下に分かれてかかっている。我が野球部の鍵もここにあるはずなのだがあるはずのそれは見当たらなかった。他の部活に紛れ込んでいないか阿部がよく確認したがやはりない。
 となると誰か他の部員が持っていったと阿部は考えたようで、「誰が持ってったにしろとりあえず開いてンだろ」と判断し職員室を出て部室へ向かった。
 思ったとおり部室のドアノブはすんなりと回り、開く速度と同時に中へ足を踏み入れると、ガタンッと何かが倒れる音がしたので阿部は素早く扉を押し開けた。

「わっ!わ わ…!」
「危ね…ッ!!」

 視界に飛び込んできたのは今にもキャタツから落ちそうになっていた三橋だった。
 考えるよりも先に体が反応し、阿部は傾いたキャタツから落ちる三橋をすんでのところで抱き止めることができたが、重力という負荷のついた三橋は重く、阿部の腕はしばらく痺れが止まなかった。

「〜てっめェ、なにやってんだ!!」
「!! あ、あべく…!」
「あんなトコのぼって怪我でもしたらどぉすんだよ!もっとよく考えろっていつも言ってんだろが!!おー、聞いてんのか!?」」

 三橋を膝にのせたままの体勢で阿部は三橋にカミナリを落とす。けれど落ちたショックと阿部が庇ってくれた衝撃に、重い頭がうーんうーん、となかなか再起動しない三橋に阿部の声が届いているわけもなく。それに気付いた阿部は「アホが…」と悪態をつきながらも、三橋をそっと立ち上がらせた。

「痛ぇとこねェな?」
「う、うん…!ない よ!」
「そらよかった。つかマジで気ぃつけてくれよ?お前が怪我したら誰がオレに投げンだよ」
「う…ぉ。ご、ごめんなさい…」

 あからさまに落ち込みうな垂れる三橋、こうさせたのは自分なんだと思ったらこの柔らかそうな髪の毛をすいて撫でてやりたいという感情が沸いてきた。

 (「前より三橋を見る目がやさしくなったっつーか、すぐ怒鳴らなくなったっつーか」) 

 瞬間、花井の言葉がフラッシュバックする。 
 他人に言われてはじめて気が付いた。いや、本当は変わっていく自分に阿部自身気付いていたし、それを気持ちが悪いとも思わなかったのかもしれない。
 三橋が笑っていれば阿部も笑顔になれた。三橋が落ち込んでいれば励ましてやりたい、泣いていたらその涙を拭ってやりたい。そんな想いがいつの間にか阿部の大半を占めていて、できるかぎり傍にいたいと思うようになっていた。

「………」
「ご めんなさい…、あ べくん…!?」

 眉間にこれでもかと皺を寄せ、自分を睨んでくる阿部に三橋は心臓がキュっと締め付けられるほどの不安を抱えずにはいられなかった。今度こそ嫌われた、かもしれない…、そんな想いでいっぱいになり、いけないと思っているのに涙がじわりと溢れてきた。

「三橋」
「…め なさ…、ごめ なさ…ぃ」
「三橋っ!」
「ひ、ぅ!!」

 阿部の出した大きな声におもいきり肩を竦ませ怯えた表情を出す三橋に、阿部は「しまった」と瞬時に後悔し頭を掻いた。三橋のその自分を見る目に映る恐怖が堪らなく頭に痛い。
 とにかく落ち着きたい、と目を瞑り、あの日の朝の瞑想を思い浮かべ呼吸を整えると真っ直ぐに三橋のことを見れ、声のトーンも落ち着いた。

「オレ、お前を受け止めてやったよな。他に言うことねェの?」
「え 、ほか…。す、すみませ ん…?」
「ちがくて。はー…、…ありがとう、って言ってみな」
「え、な んで」
「いいからっ!」
「! あ、あ ありが とう…!阿部君…」
「…おー」

 無理に言わせたようなものでも満更でもない阿部に、頭の上にはてなマークを飛ばし意味のわかってなさそうな三橋。それでも止まった涙に阿部は「今はこれでいい」と、三橋の目尻についた涙の痕を握った人差し指でぐいと拭ってやった。
 
 気付いちまった想い。
 今のコイツには重荷になるだけだろうから。




(08/02.11)
阿部の三橋に対する想い



あきゅろす。
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