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ありがとうという気持ち

「花井の誕生日、祝いてんだけど」
 朝のHRが終わった直後、泉の席まで来て何やら真剣な表情で田島が言った。答えるよりも先にズボンのポケットから携帯を取り出し、田島の言葉と日付を照らし合わせる。
「花井の誕生日って…今日じゃん。なんか用意してんの?」
「ううん、なんも」
 ふるふると顔を左右に振る田島に泉はポカンと口が開いてしまった。今日誕生日の人を今日すぐに祝いたいだなんて、そういうのは遅くとも前日までには用意しておくものなのではないか。
「なんもって…。なら無理じゃねぇ?」
「だから相談してんじゃん!なー泉、この通り!!」
 パンッと両手を合わせこれでもかと頭を下げる田島に泉は完全に毒気を抜かれてしまい肩の力が抜けた。一度言い出したら聞かないヤツだということは重々承知している、その上相手が花井ときたもんだ。これはもう協力せざるを得ないのだろう。
「…わーった。なんとかしてやる」
「ほんとにぃ!?」
「その代わり!今から言うことを放課後までにやれ、いいな」
「わかった!」
 机の中から適当なノートを出し、書き出しながら田島に説明する、こうして名付けて花井誕プロジェクトの幕は切って落とされたのだった。



 今日は父母会の為にモモカン抜きのミーティング、掃除を終わらせ一組の教室へと花井は足早に向かっていた。
「遅くな、った…」
 教室の扉を引けば見慣れた顔が集まっているはずだった、けれどそこには誰の姿もなく、教室を間違えたのかと思い廊下に顔を出してプレートを見る。間違いなく一組だと確認した矢先、ズボンの尻ポケットで携帯が数回震えだした。

ミーティングは部室に変更。至急来られたし。

 それは栄口からのメール。いつの間にそんな話になったのかと首を傾げるも、そこで集まっているならすぐに行かなくてはと教室を飛び出した。花井の走って行った方向とは逆に隠れていた栄口が花井の様子を泉にメールで送り、急いで自分も部室に向かったのだった。



「きたぞ!」
 隙間から外の様子を窺っていた田島が興奮を抑えきれないといった様子でこちらに報告した。それを合図に全員が手に持っていたクラッカーの紐を摘み、扉が開くのを息を潜めて待つ。この狭い部室とこの人数で一斉にやったらどれだけの音が響くのだろうか、耳を塞げないこの状態で泉はクラッカーを用意してきた水谷を一瞥した。
「遅くなってわる…」
 そうこうしている間に扉が開き、花井が一歩足を踏み入れたと同時にクラッカーの紐が引かれ大きな音が不揃いに響き渡る。そして田島によって最後に引かれたクラッカーの中身があまりの近さから花井の顔面に直撃したようで、痛かったのか驚いたのか花井は肩をぶるぶると震わせていた。
「田島ァ!おま、何考え」
「花井!」
 花井の説教に目もくれず田島は両手を広げ、ジャジャーンとマジックが成功したマジシャンのように後ろを見るよう花井に促した。
「「誕生日おめでとう!」」
 田島の掛け声と共に全員が声を合わせ花井に祝いの言葉を捧げるが、突然のことに頭がついていかないのだろう、花井の表情は呆気に取られていた。
 真ん中に置かれた長机にはケーキを筆頭に埋めつくすほどの食料が並べられ、それを目の当たりにしても花井の表情は変わらない。この状況下では誰が花井の立場になったとしてもそうなってしまうだろうが。
「……え、は?……えー、え?…」
「ほらほら、いつまでも突っ立ってないでさ」
「オレもう腹ペコなんだよー」
 花井の後ろからやってきた栄口、それと水谷に背中を押され花井はよたよたと椅子に座る。目の前に差し出されたローソクの灯るケーキに書かれた文字を見て自分の誕生会なのだとようやく理解したのだろう、暗がりで見えた花井の顔は照れ臭そうに歪んでいた。

 花井のコップが空になったのを見て泉はペットボトルを抱えたまま花井の隣に座る。勢いよく注ぎ込んだせいで危うく溢れてしまいそうになったオレンジジュースを花井は慌てて口に含んだ。
「これ、企画したの田島なんだぜ?」
「え、まじ?」
「あの顔見ればわかんだろ」
 泉達から真正面に座っている田島は机に向かい懸命にペンを走らせていた。授業中ですらあんなに真剣に机に向かって取り組むことがないというのに、その顔は笑っていて。
「朝のHRの後に花井の誕生日を祝いてぇって急に言い出してよ。なんも用意してねぇから無理だっつったんだけどすっげー必死だったからさ、協力してやったの」
「まじか、そらァ悪かったな」
 自分の分を注ぎ、空になったペットボトルのキャップをゴミ箱に投げるとカツンと音がして見えなくなった。
「謝んなよ、実際オレらは手ぇ貸してやっただけで田島一人でやったようなもんなんだ」
 あの後すぐに全員にメールで主旨を伝え、休み時間の度に各教室を回っては協力を促した。昼休みは自分の弁当もそっちのけで買出しに走り、一緒に行ってくれると言った水谷と栄口には泣きそうになりながら抱き付いてたっけ。
「できた!花井!!」
 唐突にシュッと投げ込まれたモノを花井がキャッチすると田島はオレからのプレゼント、と言い、花井の手の中に収められた丸まった紙を指差した。広げてみると花井の座高ほどの長さになり、線で区切られている一つ一つに肩たたき券、と十数個にも渡って書かれている。
「…小学生か、こいつは」
「いや、小学生のがもっといいもん作るぜ…」
 急いで作ったのだから仕方が無いとはいえ、あまりの出来栄えに言葉が出てこない。いや、出来栄え以前に高校生にもなって肩たたき券って。
「主将ってまじ大変そーだもんな。だからオレがそれで癒してやるからよ!いつもありがとうな!花井! あ、それオレのイチゴ!!」
 ニカッと笑った田島はそう言ってすぐに席から立ってしまい、不意を突かれた花井はしばらく呆然としていたがすぐ我に返り真っ赤になって口元を手で覆った。しばらくの間プレゼントを見ていたと思うと勢いよく席を立ち、水谷とイチゴの取り合いをしている田島に向かって声を上げる。
「田島!」
 どうやら水谷とのイチゴ争奪戦に勝利した田島は涙目の水谷などお構いなしにイチゴを頬張りながら振り向いた。
「あ、ありがとうな…!!」
 花井は不恰好なプレゼントを田島に見えるように突き出す、それは花井が今できる精一杯のお礼だったのだろう。
「おぅ!!」
 親指は立ててニッと笑う田島は自分の誕生日を祝ってもらったときよりも数十倍嬉しそうな顔をしていたように見えた。




08/04.28)
花井誕生日祝い

4/28
☆☆☆花井君、誕生日おめでとう!!☆☆☆



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