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ふたりなら怖いものなんてない

 床一面畳張りの他校のプレハブ小屋。練習試合の為、遠征に来た相手高校には通常ここを貸し出しているらしい。そんなに広くもないが窮屈と思うほど狭くもない。ましてや部員数十人の西浦には十分すぎるぐらいだった。
「なー、花井」
「あー?…お前まだソコかよ。早く着替えろって」
 アンダーの上からユニホームに袖を通す花井に比べ、田島は下半身は出来ているものの上半身はまだTシャツのままでアンダーにすら着替えていなかった。室内には花井と田島の他には誰もいなく、静まり返った空間の中に衣擦れの音だけが耳に入ってきた。
 久々の遠征だというのにこうして田島と二人きりで着替えている。それは田島が集合時間になっても現れず、嫌な予感のした花井が電話をしたらまだ寝ていたという失態をやらかしたせいであり、仕方なく皆を先に行かせてから一人、花井は田島を待ったのだった。
「手ェ動かせよ。もう集合かかんぞ」
 ボタンが一番下まで閉じていくのを見届けながら、社交辞令のように中身の入っていない言葉を空中に放る。
「あのさ」
 すると少し離れた所から聞こえていたはずの田島の声がすぐ真下からしたことに驚き、声を上げるよりも先に後退ってしまった。そのままじりじりと距離を詰めてくる田島に真っ向から迎え撃つなんて選択肢はなく、田島が詰めた分だけまたその距離を開けることしかできずにいた。
「な、なんだ よ」
 気がつけば元にいた位置からだいぶ離れていてこのままだと壁に追い詰められるだけだと思ったそのとき、足元に転がっていたスプレーの缶を踏んでしまい不覚にも尻餅をついてしまった。
「い、って…」
 こんな無用心にモノを放っていくヤツは残念ながら水谷しか思い浮かばず、後で覚えてろよ、と畳のおかげで軽減はされたもののじんわりと痛む尻を擦った。
「大丈夫か?」
「ちょ、なにして…!!」
 心配そうな声が真上から降ってきたと思ったら何故か今田島の顔が目の前にある。よくよく見てみると花井の立てた左足の膝に田島の手が置かれ、強引に割って花井の股の間に入ってきたのだった。田島の体重で重心が後ろに傾く。両手を背中側につき、今にも乗っかってきそうな田島を支えてやりながらもあまりの近さに顔をできるだけ引くのが今花井にできる精一杯の抵抗で。
「キスしたい」
「はああ!?」
「つーか、して?」
 わかってやっているのかそうではないのか、小首を傾げる田島に花井は見てはいけないモノを見た、と汗が噴出すのをまざまざと感じた。とにかく逃げたい一心の花井は田島に効きそうな言葉を回らない頭で選んでみる。
「おま、これから練習試合!でっかいの打つんだろ!?」
「花井がしてくれたら打てるよ」
 いけしゃあしゃあと言ってのける田島がこの上なく憎たらしい。
「…な、アホか!いつも打ってんだろが!」
「い つ も よ り」
「ぐ…ッ」
 田島にはどんなスペルも効かないらしい。この居た堪れない状況下で身動きはとれない、言うことは聞かない。なす術なく田島を見ているとあろうことか目を閉じて唇を突きつけてきたのだった。
「ん、」
 …ダメだ、こいつには勝てない、観念した花井は田島に聞こえないようため息をつき、それから軽く触れるだけのキスをした。
「…おら、もういいだろ。どけって」
「んー…」
「たじ」
 何だか煮え切らない様子の田島の肩を掴んだはずなのに反対にガッチリと両肩を掴まれていた。反応するよりも早く再び塞がれた唇は深く田島の熱を直に感じ、容量を軽く超えた花井はクラクラする視界を閉じ、そのまま田島をキツく腕の中に閉じ込めた。

「いひひ、じゅー電完了ぉ!!」
「オレは充電器かよ…」
 田島の手が花井の頭を抱き締め、身長差のない今の体勢に田島はこれでもかと花井の頭をわしゃわしゃと撫で回した。
「もちろんオレ専用のな!」
 嬉しそうに笑う田島に花井は悪態をつきながらもテレながらに拳を突き出した。それをパシ、と掌で受け止めた田島はさらにニカッと笑った。
「おい、集合だバカップル」
 いつの間にか開いていたドアには阿部と泉が立っていて、脳みそが真っ白になった花井は勢いよく立ち上がりまだ乗っかっていた田島は顔面を畳に擦ったのだった。




(08/04.26)
1万打祝いユキ様へ

相方宅の1万打祝いに捧げさせてもらいましたー!
お祝いだー!めでたいぞー!
本当はこっそり何か書いてやろうと思ってたんですが、やっぱり要望を聞いてよかったと。
田島を可愛コちゃん使用にしてみました、自分的にはこれぐらいはありだったようで。
1万打おめでとう!これからも一ファンとして相方として応援しています!!



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