[携帯モード] [URL送信]
その夜に見た夢は甘かった

 眠いならさっさと寝ちゃえばいいのに、なんて大人は言うけれど、赤ちゃんが眠くてぐずるのは眠りに対する恐怖からなんだといつだったかお母さんから聞いた。きっと感受性豊かな赤ちゃんには大人の知り得ない何か特別なものでも見えているんだろう。
「廉も赤ちゃんのときは眠るのが嫌いでよく泣いてたのよ。お母さんもう大変で!」
「そ、そうなんだ」
 今では良い思い出だと笑って話す母親を見ながら、赤ちゃんの時のオレは何が怖くて泣いていたんだろうと漠然と思う。でも多分、今と同じことを思って泣いていたんじゃないのかな…。あたたかいぬくもりに今にも瞼がくっ付きそうでゴシゴシと擦りながらそんなことを考えていた。

「眠ぃなら我慢しねェで寝ろよ」
「う ん…」
 頑張ってこれでもかと目を開いてみるも通常の半分にも満たず、油断したらすぐにでも意識が飛びそうになっている三橋に阿部は釘を刺した。
 明日は日曜日で練習がない、久しぶりの何もない休日だった。生活リズムを崩すのは良くないとわかってはいたけれど、たまの休日前の夜くらい夜更かしするよ、と言った泉に習い阿部が三橋の家に泊まりに来たのだった。
 前々から阿部が弟と対戦している野球ゲームに興味を示していた三橋に、阿部はハードごと持参して三橋を喜ばせた。ゲームをしたことのない三橋にはコントローラーの持ち方すら様にならず、けれど野球と名目を持つものならば底知れぬ力を発揮し阿部に冷や汗を何度もかかせた。
 気が付けばもう時計は一時を回っており、さすがに眠気を抑えきれずに大人しくベッドに入ったはいいが、眠いくせに一向に寝ようとしない三橋を見かねた阿部が声をかけたのだった。
「おま、寝ろって…」
 眠気から余程ひどい顔をしているのだろうか、訝しげな表情をした阿部が掌で三橋の目元を覆い隠すように遮った。目元を隠されてしまうと自然と目が閉じてしまう。見えていないのに真っ暗な色が三橋の視界を覆った。
「ね ない、ねたくない よ」
「はあ?」
 じわりと阿部の体温で閉じた瞼があたたかく熱を持ち始める。このまま意識を手放してしまえばどんなに気持ち良いだろう。それでもギリギリで繋ぎ止めている細い糸を切らせないように声を出すことで抵抗していた。
「ねたら みえなくなる から」
「なにが?」
「あべくん、が」
 将来のこととか、自分がなくなったその後のこととか、考えては怖くて眠れない夜が幾度となくあった。今のこれはそれと似ているけれど少しだけ違くて、多分、赤ちゃんのものと同じなんだろうと思う。
 目を閉じてしまえばそこは誰もいない真っ暗闇の中に一人だけ。今まで目の前にいた大好きな人はもういない。意識が離れてしまえばそれまでだけど、そこに辿り着くまでが怖くて怖くて、どうしようもなく怖いんだ。だから赤ちゃんは必死でその恐怖から逃れたいが為に泣く。世界で一番大好きなママと離れたくないから。
「ねたくない よ…」
 目の前に広がる暗闇がゆっくりと右回りに回転を始めた。ぐるぐると渦を巻く様をどこか遠くの方で眺めながらユラユラと揺れる脳内が限界を知らせる。きっともうどんなに頑張っても五分も起きていられない。
 瞼にかかっていた圧迫感が消え、急に眩しくなり目を開けると阿部の顔が目を閉じる前と変わらぬ位置にあったことに安堵した。
「オレ、あべくんが すきなんだ」
「知ってる。つかオレのが好きだけどな」
「オ、オレのがすきだ よ」 
「ぜってー、オレ」
「………」
「なにその不満げな顔」
「なに も ないです よー」
 ったく可愛くねェな、と阿部は掛け布団をグイと頭の上に引き寄せそのまま三橋ごと隠してしまった。再び訪れた暗闇の中で、さっきと違うのは肌から伝わる阿部の体温の大きさ。
「…っん、ぁ、あべく…」
「なに?」
 阿部の指先がTシャツを捲し上げ直に腰に触れる。同時に耳元で低く響く阿部の声に背筋がゾワッと逆毛立った。そのまま遠慮なしに阿部の舌が首筋を這うと、三橋は堪らなくなって抵抗の意思を見せた。
「うぁ…っ、オ、オレ眠い…!」
「さっき寝たくないっつってた」
 間髪入れずにピシャリと撥ね返されてしまった三橋はうぐ、と言葉に詰まる、けれどエスカレートしていく阿部の行為にそれでもとささやかな抵抗を試みた。
「今は寝たい! よ。…だ、だか ら…、」
 震える声に阿部が顔を上げると、見えないはずなのに真っ赤な顔で懇願している三橋が阿部には見えたような気がした。手で顔の位置を確認し、瞼に唇を落とすと三橋の熱い体温で生温くなった涙が阿部の舌先を濡らした。
「頑張って起きてなくていいから、限界きたら寝ていいよ。こうしてれば怖くないだろ?」
「あ、べく…わか って」
 ちゅ、と音を立ててキスをしたそのすぐ後で、まるで同一人物かと疑いたくなるような声色で阿部は言う。
「まあ、寝れんならな」
 そんなはずは有り得ないのに、ニィ、と阿部が笑う音が聞こえた気がしてならなかった。




(08/04.17)
6400ほつみ様へ

6400hit ほつみ様に捧げます。
甘々な阿三ということで好き勝手に書かせていただきました…が。
な に こ れ 。
え、甘いの?これ甘いの!?も、本気ですみません…!最後の攻める阿部を書いている時は自分活き活きしてましたwこんなものを贈りつけてしまう自分の図太い神経にバンザイ☆
ほつみ様、愛だけはしっかり込めてありますのでよろしかったらどうぞ…!この度はありがとうございました!



第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!