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頭の中が君一色になってどうしようもなく怖いんだ

 雲一つない晴れ渡った空の中を飛行機が音もなくゆっくりと線状に真っ白な雲を作っていく。桜がチラホラとその淡い色で木々に命を吹き込んでいくと、もう春がそこまで来ているのだと知らせてくれているようでワクワクした。
 部室で着替えを済ませ、自転車を押しながらグラウンドへと歩く三橋。もう外で着替えても大丈夫かな、そう思いながら胸いっぱいにやさしい空気を吸い込んだ。
「おーっす!三橋」
 すぐ後方でキキ―ッとタイヤの擦れる音がしたと思うと、朝に相応しい田島の元気な声が三橋の真横に移動した。
「お はよう、田島君。…もしかして、そのまま 来た?」
 ユニホームにセカンドバッグをリュックみたく背負い、自転車から降りる田島を見て三橋は首を傾げた。
 さっき部室には自分一人しかいなかった。部室を出てから数分もかかっていないから田島が自分の後に部室で着替えをするのは時間的に考えて無理だろう。
「チャリ一分だぜ?その方が早いじゃん、ゲンミツに!」
「そ だね」
 ニカっと白い歯を見せる田島につられ、三橋もフヒ、と笑い返した。

 カラカラとゆっくり回る車輪の音が二人分混ざり合って耳に心地良い。先に行ってもよかったハズなのに当たり前のように三橋に合わせて歩く田島の気持ちが嬉しくて、つい顔が緩んでしまいそうになる。
「そいや、三橋にしちゃあ今日早くね?」
「あ、と。阿部君と約束が あって」
 そう言った途端、和やかだった空気が一瞬だけピリ、としたような気がした。でもそれはさっきまでと変わらない田島の笑顔に気のせいだったのだとすぐに忘れてしまう。
「三橋はオレんこと好き?」
 そう、変わらない笑顔で言うからこの時の田島の真意を深く考えようともしなかった。
「う、うん、スキだよ」
 スルリと簡単に出てくる言葉に大した重みなんてない。
 三橋は今、自分に係わりを持ってくれているであろう人物、誰に同じことを聞かれてもこう答えるだろう。人を嫌うことのない、三橋らしいといえばそれまでだが。
「じゃさ、ちゅーしてくんねェ?」
「………へ?」
 なんとも間の抜けた返事をする三橋に、田島は少し考える素振りを見せてから、ああ、と一人で頷き納得した。
「ちゅーってのはさ、キ」
「た、たじまくんっ!!」
 急速に話の軸があらぬ方向に向かってしまい、三橋は慌てて田島の口を手で押さえつけた。間に自転車があった為に危うく体がよろけてしまいそうになったが、そこは鍛えられた体幹でフォローする。
 むごむごと何か言いたそうにしている田島をそのままに、三橋は前に阿部から言われたことを思い出していた。
「キ、キスは、ホントにスキな人と じゃないとしちゃダメだ って。阿部君が言ってた」
 だから田島君も、と続けようと視線を田島に戻す。すると田島はじぃ、と真正面から三橋の目の奥を見つめていた。
 田島の視線は強烈で、ほんの少しの間でも見つめられたトコロに穴が開いてしまうのではないかといつも思う。単純に怖い、とかそういうのではなくて、心が透かされているようでドキリとする。実際、田島は人のメンタル面を読むのが得意だ。
「三橋はオレんことホントに好きじゃないんだ?」
「う、そ れは…」
 普段鈍感な三橋でも、田島がズルイ言い方をしたのはわかったようで。どう答えていいのか口を開けたり閉じたりして困惑していた。

 サァ、と吹いた風に舞って、まだ色の薄い桜の花びらが三橋のふわりとした髪の毛に止まった。どちらも色素が薄く、パッと見ただけでは区別がつかなかったかもしれない。
 花開く時期は短く、その季節から外れてしまえば人々の記憶のほんの片隅にしか残らない。けれど咲き乱れたあの幻想的な風景はいつだって心を捉えて放さない。心が浮き足立ち、得体の知れない力が腹の底から湧いてくるような、そんな気持ちにさせてくれる。
 三橋は田島にとって桜の花のような存在なのだと漠然と思った。
 いつも人から一歩引いては目立つことを嫌う日常的な三橋。ところが一度マウンドに上がれば眩しいくらいにその存在をアピールしている。後ろを守っている時に一際大きく頼もしく映る、背中の背番号1。
 誰よりも何よりも、三橋に一番似合っていると思っていた。

 髪の毛についた花びらを田島は指で摘み、三橋の鼻先にうりぁ、とのせた。
「冗談だよ!でもさ、ココならよくね?」
 ズイ、と顔を三橋に近づけ、自分の頬を指で指す。
「ほっ ぺ」
「そ。なぁなぁ、たのむよみはしぃ」
 まるで子供が駄々をこねているようで、とても邪険には扱えない三橋はほっぺならキスの内に入らないよね、と頷いた。それを見た田島は身振り手振りで大げさに喜んでからまた顔を寄せる。
「い、いくよー」
「おーう」
 内心ドキドキしながら、背伸びで自転車の上を乗り越え、田島の頬に唇を近づける。そのまま軽くちゅ、として終わるハズだった。

 ムニ。

 想像していたものと違う感触を与えられた唇は、田島の頬ではなく唇だったのだと、大きく見開いた目によって教えられた。
「…!!」
 思わず自身の唇を両手で覆ってしまった三橋は、支えのなくなった自転車が控えめな音を立てて倒れたことなど気にも留めず、滅多に見ることのない俯いた田島をその目に映していた。
「た、たじまく…」
「悪ィ、やっぱガマンできなかったみてェ」
 そう言って顔を上げた田島の表情はどこか悲しそうに笑っていた。

 三橋が幸せなら例えそン中にオレがいなくてもいいと思ってた。
 あの笑顔を引き出せるのがオレじゃなくても傍で見れるんなら満足だった。
 なのに、どうして、今更…。

「恋ってそんなもんだろ?」
 そう言ったのは泉だったっけ。




(08/03.27)
阿三前提、田島片想い

田島様だって恋に悩むお年頃ですよ!
この三橋は阿部と付き合っていて田島はそれを知ってます。つかたぶん応援してたと思う。
ずっと三橋を見てきた、そして三橋しか見えなくなった。でも間に入ってどうこう…ってのは田島には全くないんです。
それでも抑えきれない衝動が時として出てきてしまう。そんな話。



あきゅろす。
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