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ヒーローになりたい

 恋は盲目、なんて言葉はよく耳にするけれど。実際、その病にかかっているヤツを見たのは十六年間で初めてのことだった。
「三橋ー!」
 放課後練習での休憩中、阿部が三橋を呼ぶ声が頭の中でやけにクリアに聞こえた。以前とは違う、ほんの僅かな変化。それがわかってしまうのはあの日見た涙のせいなんだろうか。
 阿部はカッコ悪ィ、なんて言っていたけれど、正直心のどこかで羨ましいと思っている自分がいた。好きなヤツのことで人目を憚らずに泣くことのできる、その強い純粋な想いに。

「なーなー、花井」
「あ?」
 グラウンドの隅っこでフェンスに寄りかかり物思いに耽っていると、いつの間にか田島が隣に座っていた。自分から声をかけてきたくせに田島は花井を見ようともせず、ある一点だけをジィ、と見つめそのまま話を振ってきた。
「よかったよな、あいつら」
 あいつら?田島の言うあいつらが誰と誰のことなのかはその視線の先を追えばすぐにわかることだった。
「あー、…そうね」
 見ているこっちが恥ずかしくなりそうな三橋を見つめる阿部の視線に、半ば呆れつつも田島に同意する。
「なに?やっぱわかってたの?」
「そらなァ」
 あんだけあからさまな態度を見せつけられればイヤでもわかっだろ、花井は軽めのため息を吐き出し苦笑した。
「オレさ、」
 どこから拾ってきたのか、細い木の枝でぐりぐりと地面にわけのわからない模様を描く田島。そのいつになく真剣な顔つきに花井はドキリとさせられた。
「男とか女とか、好きになったらそんなん関係ないっつーか、次元超えてっちまっていんだなって。あいつら見てたら弱気になってた自分がバカみてェって思ってさ」
 ググッと力を込めて突き立てた木の枝がその圧力に耐え切れずパキ、と真っ二つに折れた。その様が可笑しかったのかクツクツと笑う田島に花井は首を傾げる。
 あーもー、やめやめ、と短くなった枝をポイと真後ろに放り投げ、それから花井に向けた顔はさっきまでとは別人のように満面の笑みを浮かべていた。
「だって、オレも花井のこと好きなんだもん!」
「…………え?」
「あれ?知らなかった?」
 まるでリンゴがそこにあって、これがリンゴだよ、と当たり前のことを言っているかのように話す田島に、花井は驚くタイミングがずれてしまった。
「し、知ってるもなにも…。って、ぅええ!?」
 田島がオレを好き!?話の流れからみてそういう意味でなんだろう、けど…。唐突な出来事に処理しきれない頭がうーん、と唸り声をあげているようで。
 今にも現実から離れていってしまいそうになっていた意識は、次の田島の発言によって引き戻されることとなる。
「ふーん、オレは知ってたけどね」
 花井がオレを好きなの、そう言って田島はヒョイと立ち上がり伸びをした。
「んなッ!!」
「ヒヒ、だってお前わかりやしぃんだもん!」
 振り返った田島の笑顔は太陽と交ざり合い、この上なく眩しかった。

 阿部のことを羨ましいと思った。そう思ったのは自分の中に押し込めていた感情があったから。
 それは絶対に出してはいけないものだと知っていたから。どんなに強く想っていても。
「なんかゆーことねェの?」
 ズイッと近くなった田島の顔にうるさいくらい心臓が踊り狂う。
「な、なに が…?」
 一歩引いてはまた一歩近付く。性懲りもなく逃げる花井に真っ向から向かってくる視線が突き刺さる。
 初めからわかっていたんだ、その目に囚われた瞬間から絶対に逃げられないってことぐらい。
 幼い頃、憧れたヒーローになりたいと思っていた。けれどいつしかそれは叶わぬ夢なんだと諦めていた。
 でも、もし、たった一人のためにでもなれるんだとしたら。
「ゆ う こ と !」
 オレは、…お前だけの         。
「す、好きだよ!!文句あっか!?」
「ねェ!!オレもっ!!」
 今までにどの場面でも見たことのない笑顔が花井の中に飛び込んできてはすぐに見えなくなった。抱き付いてきた田島の背中に腕を回し、脳裏に焼き付いたその笑顔を思い出しては花井は思う。
 ああ、ヒーローってこんな近くにいたんだなァ、と。




(08/03.23)
きっと始まりはこんな感じ

念願のハナタジです!念願とかいってお前アベミハサイトだろ、とかってのはこの際忘れて下さい(笑)
ハナタジハナ色が濃いうちの彼らですが、精神面では田島がリードして花井を引っ張ってってくれればいいなと。花井は田島に振り回されてればいいよ!
阿部と三橋に背中を押された田島、その田島と阿部にさらに押された花井。
阿部×三橋のメインストーリーを読んでからだとよりわかりやすいかもです。



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