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僕が君の道標になるよ

 オレのことを好きだ、という三橋の声が聞こえた。
 響く金属音や周囲の掛け声、ざわめく風の音が一瞬でシャットアウトした中で、威勢のいい田島の声だけが頭の中で反響していた。

 自分がものすごくテンパっている時に一緒にいる相手も同じようにテンパっていたとしたら、自分はきわめて冷静になれるというのはよく聞く話で。まさに今がそうだった。
「三橋、も一回言って?」
 皆が帰った後の静まり返った部室内。ブルペンで告白した時のはちきれそうだった鼓動が嘘みたいに今は落ち着いて三橋と向き合っている。
「ム…ムリです…」
 そう言った三橋の顔は見事なまでに赤く染まり、それを見られるのが恥ずかしいのか手の甲で口元を覆っていた。そんな仕草さえ可愛いと思えるオレはもう重症なんじゃないか、と阿部は思う。
 不意打ちで聞かされた三橋の告白に、外だからとか周りに人がいるからとか一切関係なく「好きだ」と言った。自分のものとは思えない上擦った声だったような気がする。それだけ緊張していた。すぐに集合がかかってしまいその場でどうこうという話はできず、何度も三橋の言葉が頭を過ぎっては今の今までの時間がどうしようもなく長く感じた。
 視線が合えば真っ赤になって逸らし、そうと思えばこちらをチラチラを窺う。そんな三橋の態度にさっきの出来事が夢ではないのだと確信した途端舞い上がってしまったのだろう、終盤の練習をどうこなしたのか思い出せずにいた。
「だって、まだ信じらんねェんだよ。お前がオレを好きとか、普通に考えたら有り得ねェだろ」
「そ、そんなの オ、オレのがそうだよ…!」
 バッと顔を上げた三橋と視線がかち合い、顔と顔との距離があまりにも近かったので二人して息を詰まらせ同時に照れが込み上げる。耐え切れず先に逸らしたのは三橋からで、指先を意味も無く弄びながらおずおずと頭を揺らした。
「ほ、ほんとに阿部君は オ、オレで…いいの?…性格悪いし、頭だって悪い。すぐ阿部君、怒らせるし、それに…」
 自分で言っていてヘコんでいるのかどんどん頭が下がっていく三橋。それを黙って見ていた阿部は卑屈すぎんだろ、と三橋の頭をペシ、と軽く平手打ちした。
「ならオレはすぐ怒鳴るし、言葉雑だし短気だし黙ってると怖ぇーって言われるし」
「そ、そんなことな…!…あ る…けど、い、いいんだ!そ、それが阿部君 なんだから」
 真正面から向かってくる強い眼差し、本当は自分の意思を偽り無く突き通す心があることを強く感じさせる。そんなマウンドで見せる一点の曇りのない眼差しをいつしかマスク越しに見るのが何より好きになっていた。
「オレだってそうだよ。三橋だから好きなんだ」
 その目に飲み込まれないよう、阿部も強い意志を瞳に宿しやさしくハッキリと三橋に伝えた。
 言葉では上手く意思の疎通ができない二人だけれど、こうして視線を合わせれば不思議と心の中に想いが伝わってくる。互いが純粋に目に映す相手を特別な気持ちで想い合っているのがわかる。
 だからさ、もう一歩、踏み出してみようか。
「三橋、オレと付き合ってくれ」
「…、あ……」
 阿部の真剣な想いがその声とその目に強く表れ、三橋はもう何も言うことができずに立っているのがやっとだった。返事は考えるまでもなく決まっているのにこの鬱陶しい性格が災いしてか、なかなかあと一歩が踏み出せずにいる。阿部はそんな三橋の性格を知ってか知らずか、スッと右手を三橋に向かって差し出した。
 差し出された手が何を意味しているのかわからなくて、三橋は戸惑いながら阿部の顔色を窺う。阿部の表情を見た途端に心臓が大きく跳ね上がり、フゥと一呼吸置いてからその掌の上に自分の左手をそっと重ねた。
「お、おねがい しますっ」
 微かに震える手をあやすようにギュッと握ってやれば、冷たい手とは反対にゆでダコ状態の三橋が出来上がった。
「おお。ぜってー離さねェから覚悟しとけよ」
「…う、お」
 オドオドと視線を合わせようとしない三橋、それでも精一杯握り返してきた手はあたたかかった。




(08/03.19)
両想い



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