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SPIRIT OF MASTER
†††


 


花の先端のめしべを、空を泳ぐ魚がついばんでいた。


魚が齧ってるわ。

「齧ってる訳ではないよ。蜜を舐めたり、集めているんだ。」

…集めるの?貯蔵する生き物なの?

「いや。集めて、薬を作るんだ。」


魚が薬を作る、とは、少女にはピンとこない。


どうやって作るの?


耐え切れずに伯爵が吹き出した。
くすくすと、片手の人差し指を曲げて口を押さえるものの、少女にはしっかり伝わったらしい。


何が可笑しいの?

「…いやね、君はさっきから、ボクに訊ねるばっかりだから。」


笑いの衝動をなんとか収めて、少女が機嫌を損ねる前に、伯爵が回答を話す。


「千年樹に蜜を蓄めて、周りを、くるくると飛ぶんだよ。」

…それから?

「それだけ。」

それだけで薬が出来るの?

「ああ。君が思うより、世界の成立は簡単なんだ。」


故に、世界は愛おしい。

伯爵の呟きは優しく少女の耳に届いた。


…私、少し思い出したかもしれないわ。


少女の声が、初めて震えながら伯爵に告げる。

伯爵は歩きながら、少女を促した。


「思い出せたかい?」

私、あの赤い花達が何故、輝くか、知っているわ。

「そう、君はよく知っていたよ。」


少女を抱き締めたまま、伯爵は彼女を、愛おしげに撫でる。


「もうすぐ、林がひらけるよ。」

…私、恐かったのだわ。
周りの皆が、あまりにも眩しくて。
自分は劣っているんじゃないかって。


少女の声が、泣くようにか細く告げた。

伯爵は優しく笑いかける。


「君は、綺麗だよ。光を失くして、泣いている今でさえ。」


林がひらけた。

『真珠の歌う岬』に着いたのだ。

眠り貝の子守歌が、あたりに満ちていた。

それらは優しく澄んだ音色で、世界の夢を歌う。


私、帰らなきゃ、いけないのね?

「君は、帰りたい、んだろう?」

わからないけど。私が居るべきは、そこなのね。

「ゴンドラが出てるのは、ここだけなんだ。君は思い出せたかい?」

…私…私は…。


少女の体が、僅かに震えて燐光を放つ。

ふわり、と伯爵の腕から抜け出した。


私は…戻るわ。
まだ少し、恐いけれど。

「ああ。けれど、一人ではないよ。」


伯爵は笑みを深くする。

少女がゴンドラに乗り込んだ。

小さな船の形をしている、海のかけらから出来たゴンドラ。






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