6 「……あの、高本?」 フリーズが一番に解けたのは俺で、目の前の男のフリーズを解くべく話しかけてみた。 「えっ…、あ、…ああ」 とても歯切れが悪い。 そんなにしどろもどろになるくらいなら最初から保健室なんかでするな。もしくは誰かが入ってきた時点で慌ててやめるくらいしろ! と言ってやりたいとこだが、生憎俺は弱ってるやつに畳み掛けるほどサドじゃないのだ。有弘と違って。 「えっとー怪我したんだけど」 とりあえず話を逸らそうと思って指先を見せたら、ようやく完全にフリーズが解けたのか高本が近づいてきた。 「ちょっと、指の付け根押さえて目閉じてろ。…あの子帰らせるから」 「えっ、うん」 俺は部屋の角に行って大人しく目を閉じた。中でどんな格好してんのかはわからないけど、確かにこのまま放置は可哀相だ。かと言って追い出すのもどうかと思うけど…。 「追い出したから目開けていいぞ」 …サイテー(二回目)。 「早く指見せてみろ」 「…あ、はい」 ちょっと忘れてた。指差し出したら、手当てとかの前に傷をじっと見られる。 「どうやったら家庭科でこんな傷作れんだ…」 「いやぁ、皮むいてたら」 「…ったく、ほら、来い」 指を引っ張られて、高本に付いて歩く。 椅子に座らされて、高本は俺の指を握ったままでかい救急箱をゴソゴソ。さっきまで血がダラダラ流れてたのにちょっと止まってんのは、さすが保健医ってことか。 「なに作ってたんだ?」 「ん、カレー。人参剥いてた。一個だけなんだけどダメだった」 「…おまえ料理ダメそうだもんなー」 無駄口叩きながらも、手はテキパキ。結構深いから、消毒とかちょっと痛い。 「せんせーは料理うまいもんなーいいよな、なんか料理出来るってカッコイイ」 「そりゃどうも。…藍田も、料理出来んの?」 「有弘?うーん、家庭科とかでレシピ通りに作るんならうまいよ。あとは知らない」 「ふーん…よし、できた」 絆創膏の上からなんかテープみたいなの巻いてくれて、ちょっと大袈裟だけど丁寧だ。 「サンキュ!さってカレー出来たかなー」 結局人参を入れてもらうことは出来なかったけど、まあ、食べれればいいや。 「佐々木」 ドアを開けようとしたら呼び掛けられて振り返ったら、手を掴まれた。あれ?なんか真剣な顔。 「…藍田が嫌になったら、俺んとこ来いよ」 「…え」 「藍田より、幸せにしてやる自信あるから」 「…なに言ってんだ、高本?なに、それ口説き文句?」 本気なわけないし、茶化してはは、と笑ったら、目の前の形のいい眉毛がちょっとひそめられて、気がついたら、視界いっぱいの、高本。 「ん…っ!?」 え、ちょ、ちょっと待って…?ナニコレ、ナニコレ。うそ、嫌だ。 ドンッと胸を叩いて、口が離れた隙におもいっきり蹴飛ばしてやった。 ガタン、と後ろの棚にぶつかる高本。 「いってぇ…」 「知るか!ハゲろッ!!」 わけがわからないまま保健室を飛び出して、みんながワイワイカレー食ってるはずの家庭科室へ走る。 早くカレー食ってクチん中洗わねーと…。ネンマク、有弘以外のやつに触られたらこんなに嫌なもんなのかよ。 家庭科室入ったら男子が集まってきてちょっと心配してくれたけど、俺は大丈夫と言ってカレー食べはじめた。有弘が保健室行くなって言ったの正しかったじゃんよ。 棚に背中ぶつけて傷ついたみたいな顔した高本がちらつくけど、知ったことか。 俺も騙されたってか、ちょっと、高本が噂通りにそんな奴だったのが、ショックだった。 高校生と教師が云々然々に問題があるとは思わないけど、同意は得なきゃダメだと思うよ、俺は。 [君から少し離れて]End [*前へ] |