過激な暇潰し
猛スピードで公道を走る車内にて、私は助手席できちんとシートベルトを締めてパクリと金平糖を頬張った

隣で運転しているのは小太郎さんのお友達の松永さん

突然私を攫う形で車に乗せたので誘拐かと焦ったけれどどうやら私とお話がしたいらしく会社へ招待してくれるそうだ

小太郎さんに頼まれたお遣いを中断させてしまった事へのお詫びに頂いたのは袋にぎっしりと詰められた金平糖

帰りが遅くなる事も向こうに連絡してくれるようなので何も心配する事は無い

松永さんと小太郎さん、随分と年が離れているけれど友達に年の差なんて関係無いよね

「さて、何から話そうかな。」

明らかなスピード違反で途中数代のパトカーに追われても捕まる事なく無事到着したのは私の勤め先と変わらぬ大きさの建物

松永商事、不動産業を手広くしているそうだ

社内では携帯電話の使用が一切禁止、との事で車を降りる際に電源を切るように言われている

社長室とプレートのある部屋は松永さんの部屋、入った途端独特な御香の香りが肺に広がった

「卿は自分の上司である風魔を良い奴かと思うかね?」

「良い人ですよ?職を失くした私を快く雇ってくれるくらいですもん。」

妙な質問をすると思いつつも差し出された和菓子とお茶が美味しいので自然と頬が緩む

小太郎さんの交友関係って広いんだなぁ、松永さんと一緒に飲みに行ったりもするのかな

お茶を啜っている最中、自分が未だに大きなお守りを下げている事を思い出し外そうとすれば松永さんが口にはせずそのまま、とジェスチャーで伝えてくれた

他所様の会社へ来ているのにこのままで失礼かなって思ったのに…まぁ良いか

居心地が悪いと思うのは机一個挟んだ向こう側のソファーに座る松永さんが私を品定めするように見ているから

「ではその信頼している風魔が実はとんでもない悪者だとしたら、どうする。」

「どうする…んー、小太郎さんが悪者って有り得ないじゃないですか。」

「果たしてそうかな。」

お友達なのに随分な事を言えたものだ、それとも親しいからこそ言える冗談?

小太郎さんが悪者だなんて本当に想像も出来ないしあの人はそういう人じゃないって知っている

見た目からすると正直松永さんの方が悪者には向いている…言えないけど

知られざる小太郎さんの楽しいお話を聞かせて頂けると思っていたのに妙な事ばかりだ

ずっとこんな調子で話しが続くなら区切りの良いところで帰らせてもらおう

「私とした事が、難しい話をしてしまってすまないね。」

「いえいえ。」

「しかし卿を思うと率直に言う事が出来無くてね。」

「私を思って?」

「実はあの風魔が裏業界では有名なマフィアだなんて知ればきっと卿は傷付く…おっと、これは失礼。」

「………小太郎さんが、マフィア?」

マフィアってマフィアの事?

地球に優しく人に厳しい魔法の白い粉の売買をしたり、邪魔な存在は母なる海へドラム缶に入れて沈めたりする…あのマフィア?

有り得ない、小太郎さんは犯罪なんてした事の無い人で正義感の強い人

以前だって佐助さんが何か悪い事をしたからと三時間近く大きな金庫に閉じ込めていた

悪意があってからの事じゃあなくてあくまでも友人、部下である佐助さんを反省させる為

あんな事はその人の事を思ってじゃなくて出来ない

だからつまり…松永さんの言う小太郎さんマフィア説は冗談だろう

「それらしい素振りもありませんし、引き出しを開ければハジキが出てくるなんて事も無いですよ。魔法の白い粉だってありません。」

「表沙汰になると面倒だから誰にも分からない場所に隠しているのだよ。」

「…ごめんなさい、こういう冗談は好きじゃないです。」

「冗談?私が冗談に付き合わせる為にわざわざ卿を此処へ呼んだと?」

そう言われると返答に困る、そもそも呼んだのではなく連れて来たんだから

小太郎さんのお友達だって言うから良い人だと思っていたのに何だか怪しくなって来た

冗談だとしても小太郎さんのイメージを悪くするような発言ばかりで何一つ面白い話題が無い

やっぱり帰ろうかな、差し出されたお菓子は美味しいけど小太郎さんと食べた方が断然と美味しい

帰らせてもらってもう一度和菓子屋さんへ行きお遣いを済ませたい

「会社へ、人相の悪い人間が訪れた事は無いかね。」

「あります!!」

これは即答できる、私にとっては初めてのお客であり今日も会社を出てすぐに偶然遭遇したあの二人だ

今日は普通に会話出来たけれど商談時の片倉さんの恐い表情はたまに夢に出て魘される

私があまりにも大きく返事をしたから松永さんは少しだけ驚いた表情を見せて、次には口元だけで笑った

「ならば話しは早い、彼等もまた風魔の手下である。」

「…手下。」

「表では普通のサラリーマンを演じ、裏では闇金、政治とあらゆる事に手をかけているのだよ。」

「どうして松永さんがそれを知っているんですか?」

「実は…私の商売道具ともなる多大な土地を、以前から手渡せと連中に脅されていてね。」

なんたる外道、いや、でもまだ小太郎さんがマフィアだとは確定していない

あの二人に至っては素直に納得出来るけど小太郎さんは無理、信じたくないしどんなに考えても有り得ない

不動産を営む松永さんはそりゃあ沢山の土地を持っているだろう

だからってその土地を渡せ、だなんて事を小太郎さんは言わない

欲しいならきちんとお金で買うから脅してまで人の物を奪おうとはしない

「もしも、もしもですよ?もしもそれが本当の話しとして、どうしてそれを私に言うのですか?」

「では本題に入ろうか。」

「…はい。」

「いつまでも私の平凡な生活を連中に脅かされるのはうんざりしているのだ。だから、彼等が二度と私に手を出せないよう、卿には風魔の弱点を探り、こっそり私に教えて欲しい。風魔が私に逆らえない程の強烈な弱点を、だ。」

頼めるかな?と問い掛けながらも松永さんの表情は真剣そのもの、気迫負けして思わず頷いてしまった

相手へ打ち勝つ為に弱点を探る…それもその探る役目をこの私が?

小太郎さんの弱点って何だろう、食べ物の好き嫌いを教えたくらいじゃ満足してもらえない

まだこの話しを鵜呑みにするのも早い、確実に小太郎さんがマフィアだって証拠が無きゃ困る

けれどもしも本当にマフィアだったら?

私も自分で知らぬ内にマフィアの一員になっているとか?

「警察だ!!手を上げろ!!」

「!!」

「おや、これはとんだ邪魔者が入ったようだね。」

突然部屋の扉が蹴破られぞろぞろと完全防備をした機動隊が中へと入って来た

完全に包囲されている中、警察に威嚇される覚えも無い私は両手を上げて抵抗しない事を示しているだけ

対する松永さんは全く気にしていないようで、ただクツクツと喉を鳴らして笑っている

この会社ではこういったパフォーマンスが日常的に演じられる?

でもどう見たってこの警察は全員本物、演技にしては場の空気がピリピリし過ぎている

「松永久秀!!婦女暴行、誘拐の疑いでこの浅井長政が貴様を逮捕する!!」

隊の隊長らしき人物が堂々と突き出したのは逮捕状、婦女暴行に誘拐…って、松永さん何したの?

まさか自分がそんな危ない人物と二人きりで話しをしていただなんて思うと背筋がブルリと震えた

私は無罪だよね、ここへ突然拉致されたって言えば…何も疑う事なく帰宅させてもらえるよね?

「大人しく人質をこちらに返すのだ!!」

「いったい誰が通報などしてくれたものか…ほら、迎えが来ているよ。」

どうやら私は人質として見做されているらしい、これは都合が良い

しかし人質である私を盾に松永さんが暴走したら問題、テレビに映るような事となれば田舎の両親が卒倒する

そんな心配を他所に松永さんが指差したのは機動隊の人達を押し退け現れた小太郎さん

私の危機を察してここまで助けに来てくれた…やっぱり良い人!!

「なまえ、大丈夫?」

「こ、恐かったですー!!」

すぐに駆け寄れば小太郎さんが酷く心配そうにしてくれたので此の際にと抱きついてみた

実は小太郎さんがマフィア、だなんて話しを聞かされていた事は言わず私だけの内緒にしよう

宥めるように頭を撫ぜてくれる小太郎さんの手は優しくずっと撫ぜられていると眠くなる

最後まで小太郎さんがマフィアじゃないって断言していて良かった

「今日はもう、帰ろうか。」

「事情調査とか無いんですか?」

「佐助に、任せた。」

事情を何も知らない佐助さんで良いのかと思う気持ち半分、帰宅出来る事への安心半分

大勢の機動隊の中にオレンジ色の頭を見つけて、目が合うとヘラリと苦笑を向けられた

どうして私が此処に居るって分かったのかがとても不思議

それに機動隊の人達に私が和菓子屋で拉致されたと説明を始めているし…これは任せて良いかも

「ちょっとした暇潰しがこんな事になるとはね。なまえ、楽しかった。また会おう。」

本物の手錠を嵌められパトカーへ連れ込まれ逮捕された松永さんは後日、多額の保釈金を払い牢屋を出たとニュースで知った

些細な怪我すら負わずに済んだけど、今後はもっと知らない人を警戒しなきゃ


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