拍手喝采
『なまえは、誰の?』

風魔の質問に対して彼女の困ったような、泣きそうな声が小さく聞こえて『分からないの?』と優しくも叱るような風魔の声が続いた

何の尋問だ、先程俺へ殺人珈琲を差し入れしてくれた彼女に酷く同情してしまう

質問の中に秘書と付け足していない辺りがわざとらしい

『…あう、こ、小太郎さんの、です。』

暫くして、少しだけ震えた彼女の返事を最後にカチッとボイスレコーダーの再生を止める音がした

この会話を録音された事を彼女は知らないだろうし、今こうして俺が録音した本人、風魔直々に聞かされている事だって知らない

突然呼び出されたから何だと思えばこれだ、俺へ彼女が誰のものであるかを知らしめる為でもあるんだろう

更には俺が彼女から珈琲を受け取った事を知った

だからこそ目の前でボイスレコーダを片手にして椅子に深く腰かけた奴は不機嫌だ

「…分かったか。」

「そりゃもう、重々承知です。」

「………承知の、上で?」

しまった、と思った時には遅く俺の右目に強烈な痛みが走った

恐らく数分後には痣が出来てしまうんだろう、なんて不憫な俺

痛みに耐えられずそこへ掌をあてがう俺を見ようともせず、重い拳をくれた風魔は上機嫌

どうせ俺がなんて返事しようと一発は喰らわせよう、そんな魂胆だったに違いない

「三時から会議だからね。」

「三時…無理。なまえと、おやつタイム。」

「………。」

三時までは既に十分も時間が残っていない

今日の会議については数日前から何度も伝えていた筈だ

それにも関わらず奴は無理と言い張って、奴の机の上には沢山のお菓子が置かれている

三時はおやつタイム…そりゃ普通のOLなら息抜きとして認められるけれどコイツは仮にも社長

そんな事、他の連中が権力にひれ伏し認めようと俺は絶対に認めてやらない

「おやつなんて後でも良いじゃん、って言うか…彼女今受付の子達とお茶してたけど!?」

「…俺とは、まだ。」

「だから、後で良いじゃん!!彼女よりも、会議を優先して!!」

「無理。」

即答か、この野郎

次こそ俺が拳を振るってやりたいと思うが実際にそれが成功した事は一度も無い

返り討ちに合うのは目に見えていて、苛立ちに握りしめた利き手をポケットへ仕舞い隠した

「…良いよ、じゃあなまえちゃんに風魔が仕事を一切してくれないって愚痴ってやる!!」

彼女にそう言えばきっと風魔を叱るくらいの事はしてくれる…多分

風魔に上手い事言いくるめられてしまう可能線は高いけれど、彼女に託すしか無い

その場に俺が居合わせれば良い、何より運の良い所で彼女が笑顔で部屋へ入って来た

「あれ、今…大事なお話中ですか?」

「そんな事ないよ!!聞いてなまえちゃん!!風魔が…っ!?」

「わっ!?佐助さぁああん!?」

仕事を放棄している!!そう告げたかったのに突然床が抜けた事によりそれは阻止され俺は下へとまっしぐら

いつのまに床を改造してやがんだあの馬鹿野郎!!

ふいに落とされたとは言え難とか受け身はとれて、少しだけ痛む腰を摩りながら辺りを見渡した

上から差し込む灯りだけが頼りでも、恐らく下の階の天井裏だという事だけは分かる

とりあえず何処かに下へ降りる為の場所はあるから…会議には間に合うだろう

それよりよくも彼女の前でこんな事が出来たもんだ

部下、それも社長補佐である俺を乱暴に下へ落とした、そしてそれを彼女はばっちりと見た

ならば風魔がどれだけ非情な奴かを彼女だって少しは理解しただろう

「わー!!凄い!!忍者屋敷みたーい!!」

少しして、上から響いた彼女の楽しそうな声に俺は静かに項垂れた

「それじゃあ今回の新商品、TIHUREDO-RUの宣伝キャッチフレーズを決めたいと思います。」

会議には一分前に出席する事も出来て、何を考えているのか知らないが風魔もきちんと出席している

問題はその隣にチョコンと座る彼女だ

社長専属の秘書とは言えまだ右も左も分からないヒヨコ、そもそもうちの会社について殆ど知らないんだろう

そんな彼女が何故ここに居るんだろう、いや、風魔が出席するように告げた事は分かるけれど

…おやつタイムと会議を同時進行させるつもりか

そうでなければ彼女の前に沢山と置かれたおやつは不自然過ぎる

「誰か、視聴者に親しみ易く覚え易い物はありますか?」

「…はーい。」

質問をして辺りをグルリと見渡せば皆渋い顔をして資料を見たり、俯いたりしているだけ

かと思えば場に不釣り合いな高い声が届いて、少し先で挙手をしているなまえちゃん

今回の商品は化粧品だから確かに女性の意見だって必要…でも彼女か…大丈夫かな

「…どうぞ。」

それでも無視出来ないのは彼女の隣で俺を睨む風魔が恐いから

もしもここで無視でもしようものなら明日から俺のデスクは無い

「ええと…『夏めく季節に夏メイク』は、駄目ですか?」

「………。」

不安そうに首を傾げられても困る、何だこれは、新手の拷問か

それはキャッチコフレーズと言うよりはただの親父ギャグだろう

皆もそれに気付いているから、困っている俺同様近くに座る奴と顔を見合わせては何かヒソヒソと喋っている

こんなにも大勢の前で彼女もよく発言が出来たものだ、案外恐い物知らずなのかも知れない

そしてこんなにも大勢の前、とは言わず風魔の前で俺が彼女の発言を無かった事には出来ない

「採用。」

いつまでも反応出来ずに困り果てていれば、彼女の隣で風魔が拍手をしながらそう言った

続いて、皆も風魔と同じく拍手を彼女へ贈り大会議室へ拍手が鳴り響く

こんな馬鹿な事があって良いのか、これが失敗すれば大変な事になる事を分かっているのか

「なまえ、凄い。天才。」

「えへへ、そんなに褒められると…えへへ。」

会議をぶち壊してやりたいと思うけれど、幸せそうに笑う彼女を見ては何も言えない

一度これで失敗でもすれば風魔だって反省するし、彼女だって今後無闇やたらに発言だってしないだろう

良い教育にもなる、そうわりきって今回の事は寛大な心で咎めずにいてやろうじゃないか

「嘘だろーっ!?」

数日後、それが大ヒットした事を告げる業績資料を見て俺は椅子から転げ落ちた


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