宇宙一のテレビっ子
「先ず、何故貴方がそのチーズさんをお持ちなのでしょうか。」

初めて足を踏み入れた理科準備室は予想通り不気味で、棚には見慣れない動物の標本がズラリ

頭上にある切れかけの蛍光灯はチカチカと点滅し、影のかかる明智の笑みをいつも以上に不気味に感じる

奴の目的であるチーズさんは未だ俺の拳の中で守られ、いつ奪われるのかといった不安で気を抜けない

差し出された紅茶もクッキーも異物混入の可能性があり、どれも手をつけぬまま

「………。」

「貴方のお家に、公星国の住人が居る、と。」

質問に答えないでいると明智は自ら正解を出し、細めた目で俺を見つめた

チーズさんだけではなく、なまえの出身地である公星国についてまで把握済み

恐らくだが、明智は俺以上に向こうについての知識を持っているような気がする

それならここは素直に対応して、ある程度の情報を聞き出すのも良いかも知れない

「風魔君、貴方は毎週火曜日の晩に放送される【田舎で遊ぼう】という番組を御存じですか?」

「…それがどうしたんだ。」

問われた番組名には聞き覚えがあり、何だろうと記憶を探ると先週の火曜日になまえがその番組を見たいが為にリモコンを独占していたのを思い出した

長寿番組で、芸能人が田舎へ出向きそこの住人の元へ宿泊する、そんな内容だっただろう

どうせ何処へ宿泊させてもらえるのかは決まっていて、台本が無いなんてのは真っ赤な嘘

そう思う俺とは違い、なまえは田舎の人はなんて優しいのかと涙ぐんでいた

どうして今このタイミングでそんな質問をするのかは、考えずともなまえが絡んでいるからだとは分かる

宇宙人と地球、そして日本でしか放送されないあの番組…何処に関連性があるんだ

「公星国の住人は日本のテレビ番組を好み、最も人気があるのがアニメです。そして次に人気があるのが、その【田舎で遊ぼう】です。理由は田舎ならではの人情や雰囲気に憧れを持つ…まぁ、これは都会に住む地球の人間と変わりはありませんね。」

「…で?」

「なので彼らは田舎の日本人は優しく、突然の訪問を許してくれる、そんな誤解を抱いているのです。貴方の元もやって来た人物も、きっとそう信じているでしょう。」

「…此処は、そんなに田舎じゃない。」

俺の住むこの地域が田舎であれば明智の説明に成程と相槌を打ち、納得していただろう

けども此処は大して田舎と言える程寂れてもいないし、寧ろ栄えている都会だと言える

だから納得するよりは疑問を持ち、俺を騙そうとしいるのかと不信感まで生まれた

公星国の連中がアニメ好き、これについては全力で納得が出来る

何故ならなまえは夜中の運動会、そして家事をサボってでの居眠り

それ以外の時間は必ずテレビの前を占領して、ずっとアニメを見続けているから

最近だと俺の家がアニメ専用チャンネルに加入出来るのだと知り、勝手に電話で契約を行っていたくらいだ

反省させようと命じたのは一ヶ月のトイレ掃除、これもまたサボりつつあるのでいい加減解約しようかと悩む

「えぇ、仰る通りです。なので貴方の元に居るその人物は、かなりのアニメ好きではないかと私は考えております。」

「………。」

まるで生活を全て把握されているような気がして、俺は何も言わずに息を飲んだ

そんな俺の反応に明智はクスクスと笑い、ゆっくりと紅茶で喉を潤す

公星国の住人が俺の家に住みつき、しかもかなりのアニメ好き

普通の人間だと絶対に気付けないのに、どうしてそこまでバレてしまったんだ

「風魔君は御存じないでしょうが、此処はあのケロッピ船長の舞台となった場所なのです。」

「…アレか。」

次の番組名にはすぐに思い当たるものがあり、眉を顰めて深く頷いた

ケロッピ船長とはなまえが特に好むアニメであり、地球を侵略しに現れた蛙のような宇宙人

人気があるから何処へ行ってもグッズがあるのだと思っていたが、どうやら此処が舞台だからのようだ

自分の好むアニメの舞台となった場所だから訪問するなんてまるで歴女、地球を侵略しに来たんじゃないのかと問い詰めたくもなる

「どうして、連中が此方に詳しいんだ。」

「風魔君も御存じの通り、彼らはハムスターの擬人化に値します。特徴として夜行性、これは共通しているのですが好奇心旺盛な彼らは日本がアニメ大国、そして深夜でさえ面白いアニメが放送されていると知ったのです。それをきっかけに此方の電波を拾い、アニメや先程の番組を視聴するようになりました。教育番組が主とされている彼らには、少し刺激が強いみたいですけどね。中にはアニメに夢中になり過ぎて、仕事まで放棄し…そう、引き籠りまで表れ始め社会問題となっております。」

随分と長い台詞を終え、明智は一気に紅茶を飲み干した

仕事まで放棄してアニメ三昧の引き籠り…なんとなく今もテレビの前に正座しているであろうなまえの姿が脳裏に浮かんで悲しい

実は地球を侵略しようとして現れたのは嘘で、アニメが見たかっただけじゃないだろうか

最後に地球を侵略してやる、という台詞をいつ聞いたのかも忘れてしまった

「公星国の住人は他にも沢山地球、そして日本に移住しております。」

「は?」

「目的は地球を侵略する為…なのですが、やはりアニメの誘惑に負けてしまい、目標を達成した者は居りません。」

「…他にも、沢山?」

サラリと口にされた台詞は俺を驚かし、少しだけ声が緊張で掠れる

なまえ以外にも、沢山…?

沢山って、どういう事だ

俺はなまえが現れて初めて宇宙人の存在を信じ、宇宙の広さに驚かされた

だが半信半疑にもなり、公星国については何度もネットで検索をかけている

その度ヒット数はゼロ、一つもそれらしい情報は得られなかった

他にも沢山居るなら、一つくらい何らかの情報が載ったページがある筈だ

「ちなみに、日本と公星国は友好的関係にあります。きちんとした手続きを行えば、市民権も得られるのですよ。」

「…侵略しようとしているのに、か。」

「えぇ。仮に本気で侵略しようとするのでれば、此方は全てのアニメの視聴を禁ずる、とでも言えば彼らは簡単に頭を下げるでしょう。」

「その条件なら侵略後に、アニメ制作に関わっている連中だけを拉致して強制的に働かせようとするんじゃないのか。」

「とんでもない。彼らはアニメが大好きである前に、制作スタッフへ大いに感謝しているのですよ?その彼らが、恩を仇で返すような行いをするわけがありません。」

侵略を企んでいるあたり、本当にスタッフへ感謝しているのかが疑わしい

感謝しているなら侵略を企むよりも、もっと日本に貢献的な行いを優先すべきだろうに

「本題に移りましょう。はっきり言って、私は貴方が持つそのチーズさんを無理矢理にでも奪いたいです。」

「………。」

「ですが、今回はこれで我慢しましょう。」

喋りながら明智は立ち上がり、背中を丸めて俺に近付いた

同時に俺は座ったまま拳の中にあるチーズさんを強気握り締め、身を強張らせる

何をされるのかと緊張して奴の動きを目で追えば左手が俺の肩に伸び、何かを摘まんで明智はまた着席した

これで、と言って見せられたのは俺の肩に付いていたらしいなまえの髪の毛

今朝、登校前に土産を買って来いと駄々をこねたアイツが肩に飛び乗った時に落ちたのだろう

「これだけでも、充分な研究材料になりますので。」

「…研究?」

「ああ、別に危害を加えるつもりはありませんよ。ただ、少し興味本位で調べたいだけです。警戒心の強い彼らは我々にその生態を調べられるのを嫌い、髪の毛一本提供しようとはしません。恐らく、彼らの髪の毛を入手出来たのは私と、貴方くらいでしょう。」

どうやらそれは本当のようで、明智は満足気にフフっと笑いを零した

明智の言う通り相手が宇宙人となれば明智のような人間は研究心に火をつけ、材料となる物を欲す

それが入手困難だから偶然にも得てしまった明智は尚も笑い続け、丁寧に髪の毛を保存パックへと閉まった

髪の毛を一本提供したくらい、何の問題にはならない

チーズさんを渡せばなまえは怒るだろうし、全力で暴れる

最悪の事態は免れたのだから、俺は間違っていない

…一応、なまえには黙っておこう

『出来ればお会いしたいのですが。』
『無茶を言うな。』


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