早くも折れる彼女の野望
捨てようと決めたのに思わぬハプニングによりなまえを連れたまま帰宅してしまった今、自室に入るなり彼女は再び捨てられない為に自らクローゼットの中へと入り籠城を決め込んだ

自称閉所恐怖症は何処へ行ったのやら、以前なら開けろと五月蠅かったくせして今では俺が開けようとすればギャンギャンと中から俺に対する罵声が届く

不本意ではあるが連れて帰ってしまったのだ、次の手を考え無くてはならない

殺傷分は良心が痛むので却下、先程犬に追われている姿を見ただけでも充分に肝が冷えたのだから当然だ

明智へ実験モルモットとして提供するのも却下、殺処分よりも痛い目に合わされてしまいそうだ

「犬恐いー!!犬大きいー!!尻尾フサフサー!!」

「………。」

最後の一言は必要だったのかどうかはさておき、彼女にとって犬は恐怖の意を抱く存在らしい

ならば此処でペットとして犬を飼うのはどうだろうか、恐ろしい犬を飼えば彼女も自分の言動に気を付ける筈だ

そして何れは自ら此処を立ち去り、また新たな住居を見つけるのでは?

いやいや、何故俺がコイツを追い出す為にペットを飼わねばならんのだ

コイツにとって俺は馬鹿な地球人で捕虜的存在、そして俺にとってコイツは酷く厄介で侵略を企む宇宙人

今此処、地球に居るのは侵略する為であって助けを求めているわけでも観光でも何でも無い

俺がコイツを保護してやる理由は一切無く、この家からでは無く地球そのものから追い出すのが正解

しかしどう説得すれば侵略を諦めるだろうか、ビビりのくせして野望だけはいっちょまえのコイツが簡単に俺の説得を聞き入れるとは到底思えない

面倒な事に上司まで居て地球侵略を企んでいるのは恐らく大勢、それが全て地球に現れた場合地球はどうなる

「とりあえず…捨てないから、出て来い。」

「とか言っちゃって!!私が出た途端また捨てに行く気なんでしょう!!」

「そんな事は無い。」

「うっそだぁ!!お医者さんだって、打たない打たない言いながら私が安心した途端注射したんだもん!!誰がその手にのるもんですか!!」

お前はガキかと呟きながら扉を蹴破りたい衝動を抑え、溜息を付き前髪を掻き上げた

侵略を進められるよりはこうして籠城されていた方が良いのは分かっているがそこには俺の制服があり、新しい住居として提供するわけにはいかない

例え提供するとしてもその前に彼女の首に下げられた『チーズさん』、あれを没収しない事には自由にさせてやれない

何せあれは彼女の母国(母星?)との交信が可能とされている便利で厄介な道具、その上彼是と地球では魔法扱いされる程の不思議な機能を搭載しているのだから所持させているままでは拙い

起動させる為には音声パスワードとされた『モッツァレラ・リコッタ』を叫ぶのが必要、持ち主以外が触れた途端爆発ってのは…嘘だな

「お前がそのチーズさん、とやらを俺に手渡すなら保護してやる。」

「………。」

「寝床もミカン箱からリンゴ箱へ変えてやる。どうだ、段ボールから木箱だぞ。」

「…もう一声。」

「………お前サイズの、脚立を用意しよう。」

交渉成立、その証拠にあれだけ硬く閉じられていた扉がゆっくりと開き彼女が姿を現した

面倒であっても仕方が無い、確か林檎の箱は倉庫に行けばあっただろう

脚立の制作に取り掛かるのは次の休日として、暫くは高い場所での行動は俺が抱えてやるしかない

結局保護をし続ける事となっているがこれもまた仕方の無い事、と…諦めなくてはやってられん

「…乱暴に扱っちゃ駄目だからね?」

「やけに聞きわけが良いな。」

「………だって、犬は恐いし捨てられたくないんだもん。」

クローゼットの中から飛び出した彼女は俺へ約束通りチーズさんを手渡し、俺がそれを受け取っても爆発はしないし爆発を知らせる為の秒読みも開始されない

俺が思った以上に彼女にとって犬は恐ろしい存在、とりあえずこれは忘れずにいよう

このチーズさんは奪還されない為に俺が常備するとして、少しでも不穏な動きを見せたらこれを破壊するとでも脅せば良い

彼女が首に下げていると大きく見えたそれは俺の掌に乗せるとキーホルダー程度の大きさで、自宅の鍵でも付けてやろうかとアホな事まで考えてしまう

「あんなに恐ろしい存在が居るなんて…地球侵略は無理かなぁ…。」

部屋の隅で膝を抱えてそう呟いた彼女を見て、さっさと荷物をまとめて帰れと心の中だけで返事をした


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あきゅろす。
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