もしも明智先生から眼鏡をもらったら
お市先輩がどう否定しようと、先輩が贅沢者である事実は変わらない

あれだけ浅井先輩に好意を向けていられながら、不安を覚えるなんてのは失礼だ

誰がどう見ても浅井先輩はお市先輩が大好きで、お市先輩は浅井先輩に愛されている

その事実から目を反らし、もしかしたら…なんて不安を考えるのは浅井先輩への失礼に値する

向けられた好意は素直に受け止め、もっと幸せそうにするべきだろう

「私もそうなのかな。」

眼鏡を外して立ち止まり、お市先輩へ向けた言葉が自分にもあてはまるのかを考えた

先輩に指摘されて違うと否定しても私も同じように相手の本音がどうなのかを不安を抱え、こうして明智先生から道具を借りた事によって本音を確かめようとしている

元々は普段から何を考えているのかが分からないからそれを確かめようと思ってでの事、だけど今は私をどう思っているのかが一番気になる

風魔君が私を好き、それはもう充分身を持って知っている

でも何処をどのようにして好きなのかと、詳しくは分からない

温かいだとか柔らかいとか落ち着くとか…そんな事より、もっと具体的に私を好きなのかを知りたい

充分な程相手が自分を好きだとは知っているのに更に本音を探ろうとしてしまうのは、やはり贅沢だろうか

こんな便利な道具を使用しようとしているのだから贅沢者と言うより、卑怯者?

「…どうしようかなぁ。」

先輩とのやりとりが気になってからは眼鏡を装着出来ず、胸ポケットに入れたまま

恐らく風魔君が背後に居るだろうとは知っていても振り返りもしないで校内を歩み続け、彼の隠された本音を見ようかどうかを悩んでいる

彼はずっと背後に居るんだからきっとこの眼鏡がどんな効果を持っているかを知っていて、私が自分にその道具を使おうとしているのも知っているだろう

いざ私が再び眼鏡を装着した時、彼は逃げずに本音を見せてくれるだろうか

見せれない本音があるから隠そうと脱兎の如く走り逃げたり…ありそうだなぁ

私も見せられない本音があるから彼がこの眼鏡を使用しようとでもすればすぐに逃げ去り、必死で本音を隠すに決まっている

「ねぇ、風魔君。」

「…何だ。」

「この眼鏡はね、他人の心の中を見透かしちゃうの。」

振り向きながらその名を呼ぶと仁王立ちした彼が返答をし、私の手元にあるそれを凝視した

知っている、とでも言うように頷いた彼は無言、逃げようともしないで私を直視している

試しに眼鏡を装着しても動かないで、無理矢理外そうともしない

眼鏡を装着した私の視線は窓の向こう、このまま勝手に彼の心を覗いては申し訳ない気がして来た

これまでに散々他人の心の中を覗いたにしても所詮彼等はそれなりに親しい他人、彼氏である風魔君とは違う

「…見ないのか。」

「見ても良いの?これ、すっごいんだよ?」

「問題無い。」

「ふぅん。」

未だに私は彼から視線を反らしたままで、とある男子生徒のどうでも言い本音を見てしまった

相手は慶次先輩、どうやらお目当ての子に送ったメールがエラーで戻って来たらしい

御愁傷さまと心の中で呟いても当然先輩には届かず、その寂しそうな背を見届けるだけだ

先輩にしたら他人に知られたくない心の中を覗いてしまった私は重罪人、法廷で闘うとしたら即座に有罪となるだろう

そうならないのはこの眼鏡の魔力を知らず、私が心の中を読んだとも気付いていないから

これまで勝手に心の中を覗いた先輩達は私の悪事を知ればすぐにでも此処へ駆け付け、私へそれなりの制裁を与えようとするに違いない

「風魔君、私の事好き?」

「好きだ。」

「…絶対?」

「絶対。」

「そっか。じゃあ…これはもう用済みだね。」

「なまえ?」

私の問いに即答し続けた風魔君は眼鏡を外した私を不思議に思い、きょとんとした表情で首を傾げた

何故あれだけ彼の心の中を読もうとしていた私が眼鏡を外し、再び胸ポケットにしまったのか

それは今の問いかけで彼を信用しようと決め、この眼鏡は必要無いと判断したからだ

少しでも返答が遅れたなら怪しいと疑い眼鏡を使用するつもりだったけど、彼は堂々と答えたんだからこれ以上疑うのは可哀想だ

眼鏡無しで直視した彼はいつも通りの無表情、見慣れているのに何故だか新鮮に思える

「そんなに私が好きなら仕方が無いなぁー。」

「………。」

「風魔君の為に、今日はデートをしてあげよう!!」

「…デート?」

「嫌なの?」

「嬉しい。」

はっはーと自分らしくない笑いを上げて風魔君の腕へ両手で抱きつけば僅かにその頬が緩み、嬉しそうにしてるのが分かった

デートという単語に反応した今は更に緩んで、珍しく笑っている彼に私の頬も緩んだ

私からデートに誘う、これはもしや初めての事ではないだろうか

だからこそ彼がこんなにも素直に喜んでいるのでれば、今後は少しずつ私の方から誘えるように努力しよう

本当に相手は私が好き?

私の何処が好き?

なんて不安を抱えて相手の心の中を覗こうとするより、もっともっと好きになってもらえるように行動した方が人として正しいに決まっている

と、結論を出せたので、これまでの行いは無かった事にして頂きたい

私のした事を知っているのは発明者である明智先生とお市先輩、そして風魔君

このメンバーなら誰かに言おうとはしないだろうし、私も保身の為には他言出来ないから誰にもバレはしないだろう

「風魔君の事、信じているからねっ。」

「………。」

ヘラーッと笑って更に強く風魔君の腕に抱き付いた後、カランと音を立てて何かが彼の掌から落ちた

それは明智先生の発明品、私が借りたのは胸ポケットに入ったままなので他の誰かが先生からお借りした物だ

他の誰かとは誰の事か…とは、この場に二人しか居ないので確かめるまでもないだろう

ジッと睨んだ風魔君の視線は遠いお空へロックオン、気まずそうにしている彼は初めて目にする

どうやらこの男、私の心の中を覗こうと先生から同じ眼鏡をお借りしていたようだ

『この卑怯者!!』
『…自分だって。』


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