もしも二人がラブラブだったら
退屈な数学の授業の途中、私は有り得ない光景を目の当たりにした

私の隣へ勝手に席を密着させている風魔君がなんと、頬杖を突いたまま眠っているのだ

いつもなら絶対に授業中は私をガン見している彼がおやすみタイム…昨晩はお楽しみだったのだろうか

いやいや、昨晩彼は私が好きと言うまで帰らないとずっと我が家に居たのだからその疲れが今になって現れた、そうに違いない

そうなるとこの居眠りの原因は私?でも突然無理難題を押し付けた彼の自業自得では?

私だって睡眠を妨害されて眠いし、出来る事なら授業を気にせずグゥグゥと眠りたい

でも駄目だ、試験が近いのだからいつだって首位を維持している風魔君とは違う平凡な私は短い授業一つだって真剣に取り組まなければならない

「…寝てるよね?」

気を取り直して真面目に黒板に向き合ったは良いものの、私の視線はすぐに隣の風魔君へといってしまう

起きていたら此方をガン見していて授業に集中出来ないのに、眠っていても集中出来ないとは面倒な存在だ

どうせならこの授業は放棄してしまえと開き直りシャーペンを手放し、掌を彼の口元へ近付けると僅かな吐息がかかる

なんだか艶めかしい、男のくせして妙に色気があるから女として少し羨ましいやら悔しいやら複雑な気分だ

眠っていてもやはり眉目秀麗は保たれつい見惚れてしまう程のクールビューティ…私の間抜けな寝顔とは大違い

どの角度から見ても素敵、これで中身も素敵であればどれだけ良い事か

私以外は誰も彼の居眠りに気付いていないが睡眠不足の原因を教えても信じてもらえそうにないし、佐助君とかすがに至っては相変わらずラブラブだねぇと嫌味を言ってくれる気がする

結局私は明け方の5時を過ぎても好きとは言わないまま終わり、そのまま眠ってしまっている

風魔君は風魔君で帰宅する事無く勝手に泊まり込み、遅刻ギリギリの時間で私を起こしてくれた

なんて馬鹿馬鹿しい事をしているのやら、他人が冷やかす程私達はラブラブでは無くただの馬鹿であると断言出来るだろう

普通の高校生カップルってどう付き合うんだろう、少なくとも私達とは違って楽しい一時を過ごして幸せなんだろうなぁ…羨ましい

「し、失礼しまーす…。」

次に手を伸ばしたのは長い前髪で、彼が起きないようにゆっくりと前髪を横に払うと確かに閉ざされている瞼が見えた

最初こそ髪の毛はわざと真っ赤に染めているものだと思っていたけれど彼の眉毛や睫毛は髪の毛程では無いが赤く、地毛であると分かる

この際だからその素顔を楽しもうと前髪をアップにしてヘアピンで留めても彼は全く起きず、廊下側の席についている佐助君が私の悪戯に気付き盛大に吹き出して今では肩をヒクヒク揺らし必死に笑いを耐えている

髪の毛は美容院に行かずいつも自分で切ると言っていたから前髪が長いのはわざと、ここまで極端に長く残す必要ってあるだろうか

こんなにも素敵な御顔を出し惜しみするだなんて…佐助君とお揃いでヘアバンドでまとめちゃえば良いのに

「睫毛ながーい。」

「なまえ…授業中にまでイチャつくな。」

長い睫毛に感動の声を上げると前の席のかすががこめかみに青筋を浮かべ振り向き、一瞬だけ風魔君の姿へ瞳を大きく見開いた

続いて向けられた台詞はイチャつくなとの事で私の眉間に皺が寄り、否定する為に首を左右へ振った

いつもいつもどうして皆はそう冷やかすんだ、私と彼がいつ何処でイチャついたと言う

そりゃ二人きりとなればそれなりに、それなりにごにょごにょっと甘い時間はあるけど…大抵彼が過度なスキンシップを求めようとするから私が悲鳴を上げて終わってしまう

少女漫画のような甘い展開や時間は私達二人では到底無理だろう

「イチャついてないって、風魔君と遊んでいるの。」

「正確には風魔で、遊んでいるだな。それにしても…起きないのか。」

「んー…ほら、起きないでしょう?」

試しに彼の頬を軽く抓っても反応無し、実は死んでますと言われても驚かないくらい彼は熟睡中だ

現代を生きる忍である風魔君の事だから他人が居る場所では眠らず、眠ったとしても誰かが自分に触れようとしたら即座に起きると思っていたので中々面白い

狸寝入りの可能性も無くは無いけれどそれなら私が前髪をアップにしたところで起きて怒るだろうし、これは疑う事無く眠っているのだと受け取らせて頂こう

「珍しいな…何だ。」

「…え、何だって…ええ、と…なんとなく?」

私に続いてかすがも彼がどのくらい眠っているかを確かめようと腕を伸ばし、彼の鼻をつまもうとした寸前で私の腕が無意識にも彼女の手首を掴みそれを阻止した

何だって言われても私にもよく理由が分かんないし…何でだろう、なんとなくは、なんとなくだもん

そもそも私が一度どれだけ熟睡しているのかを示したんだからかすがまで触れる必要無いじゃん、それで起きたらどうしちゃうのさ

起きているよりは眠っている方が確実に大人しく無害、名画にも勝る彼の寝顔はこのまま維持すべきだ

そうそう、だから私は決してかすがが彼に触れるのが嫌ってわけじゃあ無くて、風魔君の寝顔を守る為に阻止したんだ

「…バカップルめ。」

「聞き捨てなら無いんですけど…。」

「ならば私がそいつに触れても何も思わないか。」

「………やだ。」

たっぷりと間を置いて俯いたまま答えると彼女からは小さく鼻で笑われ、せめてもの勇気を振り絞り睨もうと顔を上げれば既に体制を元に戻し背を向けられていた

好きなだけ好きな事言って勝ち逃げするなんて酷いよかすが、もう暫くは遊んであげないからね

それともなに、かすがは風魔君に触れたいの?

ドーナッツウサギとは破局したっての?

例えそうでも風魔君は現時点で私の彼氏であるわけだし…うん、やっぱり私以外の女の子が触れるのは嫌だ

この表現し難い感情が俗に言う嫉妬?私が?

冗談はよしてくれよ兄弟、風魔君に惚れてはいるけれどこんな些細な事で嫉妬する程私は余裕の無い人間じゃあ無いぜ

「………。」

完全に風魔君で遊ぶ気が失せた今、やはり彼は熟睡したままで私は一度大きく息を吐いて首を傾げた

仮に今の私が嫉妬していたとしたらなんて恥ずかしい醜態を晒してしまった事か、気付かない内にドップリと彼にはまっているとは知りたくも無いのに

嫉妬…うーん…鳩胸先輩の言葉を借りるとしたらJealousy…先輩関係無いけど

これから先、風魔君が私に飽きる事も私が彼に飽きる事も無さそうな気がするけれど風魔君に熱を上げた女の子が現れたらどうしよう

それもめちゃんこ可愛いくて背も高く料理も万能、恥じずにどんな時だって彼へ好きだと言えるような子だ

そんな子が現れてしまえば何時間要求しても好きの一言言えない私より彼がそちらを選ぶのは確実、私はお払い箱行きとなる

その時こそ嫉妬してしまうだろうが時既に遅し、幾ら嫉妬しても手遅れでキャッキャウフフとはしゃぐ新ヒロインと風魔君の姿を電柱の後ろから悔しそうにハンカチを噛みしめながら睨む私…凄まじい光景だ

「なまえ、いっきまーす。」

その最悪の結末を避ける為には先ず私は素直に彼の要求を呑む、これしかない

好きだと言わないのはただ恥ずかしいからで彼を好きだと思っていないわけではないのだ

幸いな事に現在風魔君は熟睡中、この好機を逃してはならないと私は油性マジックをペンケースから取り出しキュポッとキャップを引き抜いた

マジックを掴んだ利き手の向かう先は何も知らずに熟睡している彼の頬、見れば見る程きめ細かく綺麗な頬だ

相変わらずのフェイスペイントがあるから描き込みスペースは限られていて、暫く悩んだ末に私は広くも狭くも無い普通の額へペンの先をくっつけた

皆が見ていても気にしない、私だってしようと思えばドドーンと盛大に想いを告げられる女だとその目でしかと見るが良い

「かんせーい。」

緊張しつつも無事に額へ描き込めた文字は短く単純に大好きの三文字、太文字で大胆に書いたので前髪をアップにしているままではとても目立つ

なのですぐにヘアピンを外しいつものやぼったい前髪を元に戻して、キャップを閉めたペンをペンケースへと直した

きっと風魔君がそれに気付くのは今夜お風呂に入る辺り、誰が書いたのかは彼なら筆跡で私だと気付く筈

鏡を前にして私の熱い想いの籠った文字へ感動して号泣してしまえば良いよ

「…、……。」

「あ、風魔君起きたの?珍しいね、授業中に居眠りなんて。」

彼が目覚めたのは授業が終わり教室がざわめき始めた頃、目覚めた彼へ皆が視線を向けている

ゆっくりと瞼を開いた彼は何度か瞬きをして、小さく伸びをして私の頭をクシャリと撫ぜた

その反応からして狸寝入り疑惑が消えたも同じ、何も知らずに今日一日を過ごすのだろう

気付いた途端私に電話かけてくるのかな、お怒りの電話かも知れないから電源は切っておこう

あるいは感極まって自宅への訪問…今日は書斎に身を隠して眠った方が身の為だ

「なまえ。」

「なに?」

「…いや、何でも無い。」

確実に何か言おうとした風魔君は少しして口を閉じ、誤魔化すように再び私の頭をクシャリと撫ぜて溜息を吐いた

言いたい事があるならスッパリと言えば良いのに…何だったんだろう

(それより反応が楽しみのような、恐いような…。)
(…普通に口で言えば良いじゃないか。)



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あきゅろす。
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