もしも小太郎が熱を出したら
不貞寝すると決めて暫く眠っていると、何度も鳴らされているインターホンに気付き目が覚めた

起き上がって確認した時計は15時40分、完全に下校時間だ

もしかするとようやくなまえが来た?…なんてのは期待するだけ無駄

どうせ違う人間なのだから無視してやりたいがこれだけインターホンを鳴らしているのは、何か急用があっての事かも知れない

これで新聞の勧誘だったら無言で玄関を閉め、後々インターホンを蹴り壊してやる

「…なまえ?」

「こ、これ…あげる。」

しかし玄関を開けば意外過ぎる事に彼女が立って居て、何度か瞬きをしながら名を口にした俺へコンビニの袋が押し付けられた

確認した中身はまだ冷たいフルーツのゼリーやミネラルウォーターが多数、一つずつあれば充分なのに殆ど全種類が詰められている

中身を確認し終えて再び視線を彼女へ向ければ拗ねたように唇を尖らせた彼女が俺を見上げて、無言のままコツコツと爪先で地面を蹴った

「…見舞い、に…?」

「ち、違うもん。皆の思い通りにしたんじゃないもん。」

「は?」

「帰宅途中に通りかかって…なんとなく気になっただけ!!」

お前の家は逆方向だろう、と口にすれば彼女は怒るので当然言わない

彼女の発言は意味不明、それでもこの訪問が俺を心配した上での見舞いだとは分かる

来るなら来るで連絡でもしてくれさえすれば俺は無駄に苛々とせずに済んだのに…今更か

見舞いに来てくれた、ようやくその願いが叶ったので苛立ちは全て消えたし心なしか元気になれたような気がする

それだけ俺が見舞いを楽しみに待ち続けていた、なんてのは絶対に口が裂けても言えない事だ

「…熱は?下がったの?」

「まだ、少し…。」

「じゃあ寝てなきゃ駄目でしょう?それ食べたらさっさと寝て、早く良くなって。」

「………心配した?」

「し、してないっすよ。」

動揺して妙な言葉を発した彼女が俺を心配しているのは明らか、こうも嘘が下手な人間も稀だろう

放課後になるまで見舞いへ来なかった理由はただの意地、通りかかったからだなんて無茶な言い訳でもしなきゃ見舞いへ来れない彼女の意地っ張りは日々酷くなりつつある

何れは意地を張らず素直になる、そう信じるしかない

「なまえ。」

「…何よ。」

「少しで良い、から…傍に居て。」

「…い、良いけど。」

このままだと彼女は帰るだろうから、そうさせない為に頼んでみれば渋々と彼女が頷いた

けれどそれは演技、溜息を吐きながらも頬を緩ませているのだから演技だとはバレバレ

俺こそ溜息を吐きたくなる程の意地っ張り、何故そうも意地を張るのかは分からない

彼女の母親には照れ屋であり、自分が俺を好きだという事実が恥ずかしいから意地を張ってしまうのだと教えられた事がある

そのアドバイスが無ければ俺は今頃意地っ張りな彼女へ白旗を上げていたかも知れない

「お邪魔します…。」

「誰も居ない。」

「え!?そうなの!?もー!!どうしてそれを先に言ってくれなかったの!?それを言ってくれれば言い訳が出来て…いや、こっちの話。」

「………。」

爺さんの不在を告げた途端彼女は怒り、何かを言いかけて自分の頭をペチンと叩いて言葉を濁した

相変わらず忙しい奴だと呆れながらも自分の頬は緩み、さり気無く俺を支えて歩こうとする彼女に笑いが漏れそうになる

支えられなくても歩くくらいなら余裕、それでもこんなチャンスは2度と無いだろうから彼女の腰に腕を回して自室を目指した

俺が病人なので普段なら文句を言う彼女は抗議をせず、たまにチラチラと心配そうな視線を向けて来る

なので今初めて、体調を崩して良かったと心から思えた

「ほら、早くお布団に潜って。」

「…はいはい。」

「ご飯は?吐き気する?頭痛とか平気?うっかり自殺願望とか抱いて無い?」

「なまえが居るなら、平気。」

「…………。」

部屋に戻ればすぐさま布団へ押し込まれ、枕元に正座した彼女は彼是と容体を尋ねて来る

その中に一つ、妙な疑問があって自分が異常者だと疑われているのかとも思わされる

深く考えずに上半身を起こしたまま答えた俺に彼女は何も言わなくなり、プイと顔を反らして真っ赤になった耳を此方へ向けた

呆れてしまう程の意地っ張りでも、分かり易いから助かる

これからどうしようか、薬よりも彼女が傍に居た方がよっぽど早く回復するとは実証済み

更に今の彼女は俺を心配しているので甘えたい放題、何を頼んでも許されるだろう

「…ゼリー、食べないの?」

「食欲無い。」

「え、そんなに重症なの?だから意味分かんない電話し続けていたの?」

「………。」

俺が見舞いを催促していた、これを気付かれ無かったのは嬉しい

だが高熱により奇行をし続けていた、そう思われるのは心外だ

冗談でも無く彼女の表情は真剣、優しいのは俺を異常だと思っているからだ

心配してくれていると喜んだ矢先にこの扱い、どんな思考をしているのか一度確かめてみたい

「大丈夫?あ、額に冷え冷えピッタン張る?買って来た…よ!?」

「これが良い。」

「…ちょ、は、離してよ、馬鹿!!」

鞄を探り始めた彼女を布団の中に引き込むのは簡単で、後ろから抱き込めばジタバタと彼女が暴れた

彼女の願いは却下、息苦しさのお陰で睡眠不足なのだからこのまま暫く眠っていたい

先程まで外に居た彼女は少しだけ冷たくて、熱を出した自分には丁度良い

これなら暫く目を覚まさず、グッスリと熟睡出来る

爺さんの帰宅は明日の昼、どうせならこのまま彼女を泊まらせ傍に居させよう

「…きょ、今日だけだからね、変な事したら、お、怒るからね!!」

「分かってる。」

「…嘘つき。」

答えながらも首筋に口付けた俺を真っ赤な表情で彼女が睨み、叩かれると思ったが制裁は両サイドから腰へ回した腕を抓られるだけで終わり

狙い通り今日の彼女は普段に比べて格別に優しく、俺は何でも好きにしたい放題

だったらもう少し楽しめると、期待を抱いて行動に移す前にスヤスヤと気持ち良さそうに彼女が眠っていた

これまた相変わらずのおやすみ3秒、本当に見舞いへ来たのかも怪しくなる

まぁ良いかと諦められるのも惚れた弱み、また次の機会を待つとして今日は大人しく眠ろう

「…さいあく。」

「………。」

眠り続けた数時間後、完全に俺の風邪がうつった彼女は酷い鼻声だった

『風魔君の所為だ。』
『…看病してやる。』


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