もしも小太郎がプリクラを知らなかったら
教壇の前で教科書を片手に持ち難しい言葉を黒板に並べる先生に見えないようにシャクシャクと小さな音を漏らしながら風魔君から頂いたばかりのクッキーを食べているのは私、このお話の可哀想な主人公である

私の隣には数ミリの隙間も無く机をくっつけて椅子に座る風魔君が居て、先程から私の携帯電話を無言のまま睨み続けている

つい先日彼へ必死に友人とのおでかけの許可を頂いた際に撮ったプリクラを一枚裏に貼っていて、どうやら彼はそれがお気に召さないようだ

まさか剥ぐ事は無いだろうけども自分とのプリクラを貼れとまで言われたらどうしようか

今までに風魔君とプリクラを取った事は無く、本音を言わせてもらうならば撮りたく無い

僅かな時間でも狭い機内の中に二人だけってのも恐いし、彼の事だからシャッターが切られる瞬間にキスをしてしまいそうな気がする

そんなプリクラを貼れと言われたらどうしよう、まさにバカップル丸出しで二度と人前で携帯電話を取り出せなくなってしまう

「…これは何だ。」

「え、プリクラだけど?」

「………ぷりくら?」

しかし予想外にも彼はプリクラの存在を知らず、慣れない言葉をポツリと呟くと再びそれへ視線を向けた

プリクラを知らないとは珍しいと思うものの彼なら仕方が無いかとも思う

ゲーセンに行った事も無さそうだし、そんな姿は想像すら出来ない

でもきっと彼の事だからどんな難しいゲームでも意図も簡単にマスターしてしまうのではないだろうか

「写真が、シールに…?」

「そうそう。落書きも出来てね、目の色を変えたりカツラのスタンプ貼ったり…って、興味あるの?」

「…なまえと、撮りたい。」

「………あ、で、でもね?それって男性禁止なの。ええと…あの、プリクラの機会の中を盗撮する人が続出して以来ね、男性はそのスペースに近付く事すら禁止されるようになったんだよ。」

残念だねぇ、と眉を下げて笑う私と、早速私の嘘を見抜いて無言で怒りの視線を向ける風魔君

相変わらずその鋭さに舌を巻いてしまうけれどどうしてバレてしまったんだろう

もしかして私の知らぬ内に体内へ嘘発見機でも搭載済み…無い無い

実際に男性一人でそのスペースへ近付くのは今私が説明したように盗撮の被害が続出したので禁止されていて、女性と一緒で友人、あるいはカップルの場合は問題無い

私がこれ以上嘘を言っても確かめる為にその場へ足を運ばれては事実が明らかになり、例えこの嘘が事実であったとしてもきっと彼は光速の如く素早く機内へ誰にもバレずに入り込む

「なまえと、撮らせろ。」

次に彼が口にしたのは先程の願望と違って命令、それを断れない私は頬を引き攣らせ首をカクンと下へ向けた

まぁプリクラ一枚くらいなら大丈夫だろう、世の中にはとても破廉恥なプリクラを撮影する人が居ると耳にした事はあるけれど撮影前に淫行は禁止と釘を打てばいい

機内に監視カメラがあり破廉恥な事を少しでもしようとすれば警報が鳴る、このくらい言えば彼だって自粛する筈だ

「これがカメラ、合図があるから此処を見てたら良いの。」

その放課後、彼に腕を引かれてやって来たのは学校から一番近いゲーセンで私達以外にも学校帰りの学生が沢山と居て店内は溢れかえっている

人混みを嫌う彼はドアが開いた途端頬を僅かにピクリと引き攣らせ、出入り口前で一度足を止めた

けれど気を利かしたフリをして『帰る?』と尋ねても目的を果たそうと彼は首を左右に振り、私の腕を掴んだまま店内へ入り、現在に至る

なるべく早く終わらせたいので機種を選ぶ事無く入った機内で彼は始終キョロキョロとして、少しだけ可愛く思えない事も無い

プリクラを知らない相手へどう説明して良いのか分からない私は不十分な説明だけして百円玉を指定された金額分投入した

美肌がどうだのフレームがどうだのは気にしていられない、今優先すべきは早く撮影し終える事だけだ

「あ、秒読み開始ー。」

「………。」

「…っちょ。」

カメラの横にあるモニターが秒読みを始めシャッターが切られる瞬間、ずっと隣に居た彼は片手で私の腰を抱き寄せた

確認の為にモニターへ映る光景は無表情のままカメラをガン見で私を抱き寄せる風魔君と、戸惑った表情で彼を見上げる私

こんなのは駄目だ、私としては二人仲良く手を繋がずに肩を並べる、そんな無難なプリクラとしたい

だからタッチペンで撮り直しを押したのに彼はオーラだけで不機嫌を現し、長い前髪の奥から怒りを含んだ視線を向けている

「そんなに怒らないでよ。まだ時間はあるし…普通のプリクラにしようよ。」

「抱き寄せただけじゃないか。」

「…駄目だってば。人に見せるのが恥ずかしいもん。」

「見せ無きゃ良い。」

断言してしまった彼は私の腕からタッチペンを奪い取ると素早く撮影ボタンを押し、何の悪びれた様子も無くガッチリと私の腰を再び抱き寄せた

破廉恥禁止だと言ったのに効果無し、機内に入ってからずっとキョロキョロとしていたのは私の言っていた監視カメラがあるとの話を嘘かどうか確かめる為だったのかも知れない

それが無いと分かったからこそ彼はこうもフリーダム、恐ろしい相手だ

秒読みが開始されていてもこの体制が恥ずかしくて腕の中で暴れても彼の腕はピクリともせず、シャッターが切られる瞬間で私はおもいきり俯いた

「あー…残念、間違えて俯いちゃったから撮り直しね。」

「………。」

「不可抗力だよ、怒らないで。」

撮り直しを選んだ私にやはり彼は不機嫌、だったら大人しく普通に隣に並んで居てさえくれれば良いのに

再び撮影を押しても彼の腕は私の腰、なので私はわざとらしくもクシャミを決めた

そんなやりとりが延々と繰り返され気が付けば制限時間は残り10秒、これではたった一枚した撮れない

私へ非難めいた視線を向ける彼に自分が悪いとの自覚は無し、念願の初プリを私に邪魔されていると大変御立腹である

当然私も言う事を聞かず好き放題しようとする彼に御立腹、ラスト一枚を目前にして二人共怒り顔だ

「これがラスト一枚だからね、変な事したらもう二度と一緒に撮ってあげない。」

「…邪魔するなまえが悪い。」

私の忠告に対し彼は私を悪いと責め、それでも秒読みが始まると腰を抱き寄せようはとしない

悪態をついても私の忠告に効果はあったのだろう、つまり彼としては今後もプリクラを撮りたいって事だ

普通に無難なプリクラとなるなら私だってこうも頑なに拒まないし、少なからず彼氏とのプリクラへの喜びはある

今後再び撮るかどうかは相手次第、その辺り一度よく考えて頂きたい

今回の初プリだって彼が悪さばかりするから一枚しか撮影出来なくなったんだから

「…、ちょっと!!」

「………なまえ、隙だらけ。」

カシャリとシャッターの音が届くのと、フニと柔らかい何かが頬に触れるのはほぼ同時

振れたのが何なのかなんてのはギリギリまで大人しいフリをして、最後の最後でやらかしてくれた彼の唇だ

気付いてすぐに彼を睨み上げてもニィと無邪気な笑みを向けられ、あらやだ可愛いと一瞬でもそう思った自分を誰か抹消して欲しい

モニターに映る光景は驚いた表情の私と、私の肩を抱き寄せ頬へキスをかましている風魔君

何の考えも無しに選んだハートだらけのフレームがバカップルぽさに拍車をかけ、撮り直したいのに【落書きブースへ移動してね】だなんて文字が語尾にハートマーク付きで点滅している

「もー、変な事しちゃ駄目って言ったでしょう!?」

「変じゃない、普通。」

「…っこのスケベ!!」

ビシッと指を指して彼に向けた発言は相手にとって心外らしくまたもや睨まれたけれど問題無し、その程度の睨みなら悲しい事に慣れてしまっているのだ

何か反論しようとした彼を機内へ残して私が駆け出して向かったのは落書きブース、こんな恥ずかしいプリクラは写真全体を真っ黒に塗りつぶしてやる

幸いにも相手は初めてのプリクラで知識は皆無、私の後に続いて隣に立った今もモニターを興味津々に見ていて私の企みには気付いていない

「初心者の風魔君には難しいだろうから外で待ってて良いよ。」

「………。」

「あ。」

さっさと立ち去れ、大人しくブースの外で待っていなさい

と、遠回しに言った私の台詞は空しく終わり、彼はタッチペンを持たずに【落書き終了】の文字に触れた

更には本当に終わるのかと確認の画面に【はい】を躊躇う事なく選び、唖然としている私へニィと嬉しそうに笑っている

嘘では無く彼はプリクラが初めて、些細な操作方法とは言え普通の人ならそうも簡単に出来ない筈だ

どうしてまだ何も落書きしていないのに早くも終了を選んだのか、それはきっと私の企みに彼の本能が察知したからだろう

恐るべし風魔小太郎、機会があれば読心術の持ち主として勝手に妙な番組へ出演応募ハガキを出してやりたい

「なまえ、分かりやす過ぎ。」

「…別に、何も企んで無かったもん。」

強制的に落書きを終えた今、私と彼は取り出し口の前で今か今かと問題のプリクラが現れるのを待機中

こうなれば彼より先にプリクラを手にしてそのまま逃げよう、こんなに恥ずかしいプリクラは帰宅したら速攻シュレッダーにかけるべきである

現状で最も救われたのは今回選んだ機種が最近のに比べると古く、携帯電話へ待ち受けサイズのプリクラ送信機能が無い事だ

もしもあったとしたら彼は必ず自分の携帯電話にメールが届くようにアドレスを登録して、ノリノリで待ち受けとするに違いない

プリクラの印刷の残り時間を現すランプは残り一つ、兎に角彼より先にプリクラを掴んでお店から脱兎の如く飛び出よう

「…あ、角食パンマン。」

「え!?何処何処!?って…待ってよー!!」

実際にプリクラを掴んで脱兎の如く店を飛び出すのは私を騙した風魔君

残された私は他のお客から向けられる好奇の視線から逃げるように店を飛び出し彼を追った

『それを渡しなさい!!』
『…やだ。』


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あきゅろす。
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