胡坐の似合うお姫様
他人から向けられる視線が恐い、心からそう思ったのは今日が生まれて初めてだ
私の前を堂々と歩む松永さんは皆から向けられた視線を気にする事無く、たまにきちんと私が後ろについて来ているかを確認する為に振り向くだけ
二人で歩み続けているのは長い廊下、擦れ違う人々は私を見ては必ず口元を隠しコソコソと喋る
怪訝そうな表情からして私を良いようには思ってはいないだろうし、昨日まで私へ食事を運んでくれていた女性達の眉間の皺は深まるばかり
奇妙な生活が始まって今日で三日目、いい加減私も状況を把握したいのに私の意志を無視して状況は変化し続けるので何一つ把握出来ない
とりあえず分かるのは私が生きていて、何かを理由に自分が元々居た場所とは違う場所へ現れた…このくらい
違う場所だと表現出来る此処が何処で、松永さんが誰なのかなんてのはまだまだ把握するのに時間がかかるだろう
「卿一人ならこの部屋で充分だろう。」
「…ぉおう。」
ようやく辿り着いたのは八畳くらいの和室、先程まで私が監禁されていた部屋とは違って窓があり囲炉裏もある
どうやら私はこの部屋を与えられるらしいが蛍光灯さえ無い生活に自分が耐えられるかが不安だ
せめて携帯電話があれば少しは暇つぶしが出来ただろうけれどそれは神社に置いたままの鞄の中だし、コンセントの差し込み口が無い此処では充電なんて不可能
ここの人達はいったいどうやって暇を潰すんだろう、そもそもこれから私はどのような生活を送らねばならないのだろうか
暇だと思う余裕さえ無く馬車馬の如く働かされるとか…まぁ、それはそれで良いかも知れない
変に暇を持て余すと元々居た場所や両親の事を深く考えて悲愴感に浸ってしまうから、それよりは沢山働いて此方の生活に慣れてしまった方が良いような気もする
そしてその内、気がついたら元の場所に戻っていたら良いけれどあまり期待しない方が身の為だろう
「私にはどのような仕事が与えられるのですか?恥ずかしい話ですが働いた経験は無いので出来れば最初は簡単な仕事だと助かります。」
「誰が卿に仕事を与えると言った。」
「い、痛いですよ。」
お願いをした私の頬を扇子でペチペチと叩く松永さんは訝しげな表情をしていて、次にパンパンと両手を叩くとあのお面を被った三人がぞろぞろと部屋へ現れた
それぞれ両手に沢山の木箱を抱え、畳みの上へ置くと一度頭を下げて足早に部屋を去ってしまった
恐らくあの三人は松永さんの部下、同時に私にとっては敵であるという事を忘れてはならない
松永さんが殺せと一言言えば私を殺すのだろう、警戒心は解かずに居よう
「何れは仕立てるが暫くはそこにある着物で我慢し給え。」
「…着物を買うお金がありません。」
「そんな事は分かり切っている。そもそも卿が金子を持っていたとしても多寡が知れている。期待はしない。」
「…それはどうも。それで、私に仕事は頂けないのですか?」
「彼女らと仲良く仕事が出来るかね。」
「…出来ません。」
彼女らとはあの女性達の事、とてもじゃないがあれだけ私の事をグチグチと言っていた人達と仲良く仕事なんて出来そうにない
暫くは此処で生活する事になったのだから対面は免れないだろうけれど出来れば時間をかけて、私が普通の人間であると理解して欲しいのが私の望み
一緒に仕事をするとなれば虐められそうだし、目の前で散々と嫌味を言われたら私の心は折れてしまいそうだ
女性だけの職場は恐いって言うからなぁ…バイトの経験すら無い私には未知の領域だ
「卿のすべき事は私の娘らしくきちんと振舞えるように、その勉強だ。」
「…は?」
「私の妻として迎えるにしても卿はまだ幼く、私の好みでは無い。養女とするのが妥当だろう。」
「………養女!?私が!?私が松永さんの養女…む、娘になるんですか!?」
当然のように言われた言葉を理解するのには少し時間がかかり、理解し終えたと同時に私は声を荒げた
そんな私の前で松永さんは眉間の皺を深め、声を小さくしろとでも言うように閉じた扇子でペチンと私の頭を叩いた
私の意志とは関係無く状況が急変するのはこれで何度目だろう、まさか私が養女となるとは予測不可能だ
養女になるって事はつまり松永さんの娘になるって事で…松永さんが私の父になるって事?
御世話になる手前言い辛いけれどそれは御免蒙りたい、生きる場所が変わったと言えど私の両親はまだ健在で私を養女に出すとも言って無ければ養女にされそうな事すら知りもしない
沢山の使用人や部下が居て、更にはこれだけ大きな屋敷に住んでいる松永さんはかなりの地位を得ている人物
その人物の養女に私が?身分不相応にも程があるだろうに
「客人として此処で保護すると言っても卿にそのような地位は無い。仕事を与えるして女中達の仲間入りをさせてもあれだけ怪訝がられている卿は一人ポツンと浮くのが目に見えている。それより私の養女として此処に置いた方が良いだろう。現在私は独身であり子も居ない。卿を養女として迎える事により少しは他国との繋がりを考えていると主張出来る。」
「他国との繋がり?」
「卿を適当な国へ嫁がせるのだよ。」
「い、嫌ですよ!!」
「建前であって、実際にそうするとは決めていない。少しは人の話を最後まで聞いたらどうだね。」
最早当然のように扇子でペチペチと叩かれる私の小さな頭、私を太鼓とでも思っているんじゃないだろうか
此処が本当に私の知っている戦国時代なら姫は他国との繋がりを持つ為の存在でもあって、一度も顔を合わせていない相手と強制的に結婚させられるのが当然のように行われる
現代人である私にそれが仕方の無い事、当たり前だと分かっていてもいざ自分がそうなるとなれば土下座をしてでも回避したい事である
実際にそうするとは決めていないと言ってはくれたけれどいつかはそうなってしまう可能性だって無くは無いのだから…早く、元の場所に戻れるように考えなくちゃ
もしも戻れないとしても他国へ贈られないように姫らしからぬ行動をとったり、行儀の悪い仕草をしたりして他国へ嫁がせるには無謀過ぎると諦めて頂こう
「松永なまえ、今後はそう名乗り給え。」
「…素敵な戒名、有難う御座います。」
相手へ嫌味を告げられるようになった私は少なからずこの数日間で肝が据わり始めたらしく、不貞腐れた表情をしている私へ松永さんは喉を鳴らせて楽しそうに笑った
松永なまえ…出来れば一度も名乗りたく無いやい
『姫らしく胡坐を掻かせて頂きます。』
『…好きにすると良い。』
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