瞳に映るのは誰か
自分が死後の世界に居るのか、それとも過去の時代へやって来たのかが未だに分からない私は現在情けなくも裸のまま困り果ててしまっている

どうやらあの松永という男性は私を無害だとようやく分かってくれたようで、あれ以上私を問い詰めようとはしなかった

風魔と呼ばれる男性は私を限界ギリギリまで追い詰めて本音を吐かせる為に呼ばれただけだろう、尋問が終われば即座に姿を消してしまったので恐らく再び私へ刃を向ける事は無い

そして尋問終了後、ずっとあの和室へ閉じ込められて居た私は新たに現れた一人の女性に御風呂へと連れて行かれテキパキと入浴を済ませ現在に至る

やはり過去の時代だと確信を得始めているのは蛇口やシャワーが無く、普段使用するシャンプーやリンスが無いからだ

あるのは石鹸だと思わしき物だけで、仕方が無くそれを使用して洗った髪の毛はいつもに比べて若干ゴワゴワとしている気がする

御風呂は温泉そのもの、久しぶりの入浴に少しばかり心が落ち着いてはいるがまだ全てを理解していない私の心はざわついたまま

「なまえ様、此方に御召し替え下さい。」

「…それって着物、なんですよね?」

「ええ、勿論に御座います。私が着付けを致しますので、袖をどうぞ。」

裸のまま脱衣所に立つ私の前に居るのは御風呂まで案内してくれた女性、記憶が正しければ私は今日までこの女性との面識が無い

それを証明するかのように相手は今まで私を蔑んでいた人達とは違い雰囲気からして優しく、笑顔を絶やさずに接してくれる

替えの下着すら無く裸で困り果てている私を前に相手は綺麗な着物を床へと敷いて、先ずは一枚肌襦袢を両手に掴んで広げて私が袖を通すのを待っている

やはり此処は過去の時代、だから肌襦袢しか下着となる物が無く皆揃いも揃って着物を着ているのだろうか

これが本当なら豪い事が自分に起きている、過去にトリップしている人間なんて前代未聞で誰も体験していない

だからこの場でどう過ごせば良いのか最適な方法を私は知らないし、それが正解な気がしてならないのに違って欲しいと願い続けている

ブラジャーもショーツも無いのが当然な状況…何れは自分でそれなりに形が近い物を作ろうかな

「なまえ、大事な話をしようではないか。」

「………はい。」

着付けを終えた後はその女性に敷地内を案内され向かった先は松永さんのお部屋らしくとても広い和室、煙管を咥えて胡坐を掻いている相手を前に私は慣れない着物で難とか正座の姿勢を保ちバクバクと五月蠅い心臓を抑えた

与えられた着物は教養の無い私にでも一目で分かる程高価な物で、今は席を外してしまっているがあの女性が仕上げにと飾ってくれた髪飾りもキラキラと金色が光ってとても高価そう

あれだけ存外な扱いを受けていた私が何故こんなにも高価な物を与えられたんだろう、着物が主流だとしてももっと質素な物を与えて欲しかった

もしかして水神様への嫁入りとして選ばれた?

だから花嫁衣装としてこうも派手に着飾られたの?

農作物の不作を嘆いた人々が神頼みとして生贄を崖から落とす、そんな昔話を祖母から聞いた事がある

その生贄として選ばれているならどうしよう、気崩れなんて気にせず裸足のまま全力で逃走出来ちゃいそうだ

「これまでに卿は此処が何処であるのかと私に聞き、私は此処が大和の国であり、私自身が統べていると答えた。」

「…はい。」

「しかし卿は納得出来ないようだ。では、卿にとって此処は何処に思えるのだね。」

「ええ、と…信じてもらえないでしょう、けど…私にとって此処、は…。」

「…此処は、何だね。」

「此の大和と呼ばれる場所に限らず、全てが自分の居た場所とは違う…そんな気がします。」

気がするのでは無くて実際にそうだけどそれを伝えようにも何から説明して良いのか分からず、震える喉から声を絞り出し精一杯の言葉を並べた

単刀直入に私は未来から来ましたと言えばそれこを頭がおかしいと言われてしまうだろうし、迂闊にそんな事を言って不審がられ再び刃を向けられるような事だけは絶対に避けたい

そもそもまだ此処が過去の時代だと決まったわけでは無い、確信の無い発言は控えるのが身の為だ

だから今の私に言えるのはこれが本当に精一杯、このくらいで勘弁して欲しい

「はっきり言い給え、卿にとって此処が何処であるのか、そして卿は何処から来たのだ。」

「で、では…もしも、もしも私が来から来た、そう言ったらどうしますか?」

「これはまたおかしな事を申す…が、卿にとって此処は過去の時代であると思っている、そう受け取って良いのかね。」

「いえ、今のは仮説でありまして、そのような事は…。」

「それが仮説なのか仮説では無いのかくらい、子供でも分かる。」

そう言われては続ける言葉は無く、自分の発言に後悔しながら私は膝上に乗せていた掌を拳にしてギュッと強く握った

次に何を言われるのかが恐くて前を向けない、出来る事ならいっそ私はかなりの変人で関わるべきでは無いのだと判断してこの敷地内から追い出して欲しい

その後の事なんて全く考えていないけれどこの息苦しく感じる雰囲気から逃げれるなら何が起きても我慢する

「未来から過去へ来た、そう思っている卿へ問おう。未来の世に、私の存在は残っているのかを。」

「………はい。皆、残された資料等でそれなりに勉強しています。」

「ならば卿は私がどのような最期を迎えるのかを知っているのだろう?それを教えて頂こうか。」

「…、え。」

「どうした、知っている事全てを言ってみなさい。」

顔を上げれば真面目な表情をした松永さんは私へ煙管の先を向け、言葉の続きを促した

松永久秀の最期、先生の話が正しいのであれば日本で初めて爆死した人物だ

自分の大切にしている茶釜に火薬を詰めたとの説もあるけれど、それが本当に正しい説なのかは謎

こんな死を迎えたとの説もありますと説明しようにも相手はまだ確かに生きている

相手から答えを要求されているとは言え貴方はこんな死を迎えますとはとてもじゃないが私には言えないし、どうしても本当にこの人物が私の知っている松永久秀とは違う気もする

何度か見た事のある肖像画を思い出して目の前に居る人物と見比べても何一つ一致しない

写真とは違う手書きの肖像がだから一致しないんじゃあない、きっとこの人はまた違う松永久秀だ

あれだけ暇さえあれば松永久秀について語ってくれた先生がいつ、彼の刀からは火が噴くと言った?

技術の進んだ私の住んで居た未来でだって火を噴く刀は無い、そんな刀が此処にあるのは此処ではそれが当然のようになっているからなのでは?

だとしたら此処は死後の世界でも過去の時代でも無く、また違う場所であるのでは?

「これでは埒が明かないな。黙ったままでは卿が嘘を言っている、そう受け取らせて頂くが良いのかね。」

「すみません、私もまだ上手く説明が出来ません。それに、私が未来からやって来た、これは私の勘違いかも知れません。」

「…このがくせいしょうとやらの他に、卿の素性を証明出来る物は?」

「………ありません。」

松永さんの懐から取り出されたのは私の学生証、他に素性を証明出来る物が無いかと要求されても鞄は神社の階段に置いたままなので今の私が所持している物と言えばそれと制服の二つだけだ

元々住んでいた場所なら学生証が無くても詳しく素性を明らかにするなら戸籍や住民票を提示するだけで良い

でも此処にはそんな物の存在は知られていないだろうから、仮にそれらを私が持っていて提示しても首を傾げられて終わるだろう

「つまりこれが無くなれば卿は本当に素性の分からぬ人間となるわけだ。」

「…っな、何を!!」

「元々卿が着ていたあの妙な着物は既に処分済み、これで卿は自分が何者であるかを証明する為の手段を失った。」

学生証を返してくれると思ったのに松永さんは薪の燃える囲炉裏へと学生証を放り、すぐに取り戻そうと駆け寄っても火が恐くて手を伸ばせない

制服でも自分が学生という立場にあると説明出来無い事は無い、そう思った矢先に向けられた言葉に愕然とした私は囲炉裏の中で燃え続ける学生証を見つめた

燃える学生証は丁度私の写真の張られた表向きとなっていて、自分の名前を記した文字やこんな事になるとは思いもせずに笑っている自分の写真が燃える光景に表現し難い悲しみを覚える

素性を明かせと言ったのは松永さん自身、だから明かそうと証拠品を提示したのに処分するだなんて酷いじゃないか

「さぁなまえ、私が納得出来るまで自分が何者であるのかを説明し給え。」

「…出来ません。」

口で幾ら説明しても分かってくれないのだから証拠品が皆無となった今、相手が納得するまで自分が何者かを説明するのは不可能だ

相手もそれを分かった上でとった行動、こんな事をして何が楽しいんだろう

「出来ない?これは困った。素性の分からぬ存在が居たとなれば問題となり、此処は私の領地、責任を問われるのは私だ。」

「………。」

「致し方無い、ならば卿の素性が明らかになるまでこの私が卿を此処で預かろうではないか。」

「…え。」

「右も左も分からない卿が生計を立てようと茶屋で働くのも夜鷹となるのも自由、しかしそれは完璧に自分の素性を明かせた後の話だ。」

松永さんの言っている言葉の意味は、つまり…私を此処で保護してくれるって事、だよね?

それは私にとって凄く有難い話しで、断ってはならないのでは?

何せ私は此処が何処であるかと多少答えを出せてもまだ状況を理解しておらず、此処での生活とは如何なるものかを全く知らない

此処で保護されながら生活している内に生活の基本を勉強させてもらうのは良い機会だし、あの女性達のように雇ってもらえるかも知れない

まだ元の場所へ戻る希望を捨てたわけじゃあ無いけれど今優先すべきは今後に私が何処でどうするかだ

先ずは衣食住ゲット、それなりに酷い仕打ちは覚悟しておこう

「あ、あの…ありがとうござい、ます…。」

「勘違いするでないよ。卿が忍では無いと分かったとしても私はまだ卿が本当に何者であるかを知らない。それを私の目で確かめさせて頂く。」

囲炉裏の傍で正座をしてペコリと深く頭を下げると松永さんは此方へ歩みより、言葉を続けながら私の顎を掴み至近距離で無理矢理視線を絡めた

きっと監視される生活となるだろうけれどそれは別に構わない、だって私には何の後ろめたい事なんて無いのだから

それになんとなく、本当になんとなく意地悪を言い続ける松永さんが実は少しだけ優しい人なのでは?とも思え始めた

「仮に卿が未来から現れた人間で、私の最期を知っているのに私を気遣って言えなのであれば言わないままでも私は構わない。」

「…どうしてですか。」

「説明された話と今の私が全く同じ行動に出た場合、私が卿の思い通りの人生を過ごすと思われてしまうからだ。私は常に自分の思うがままに過ごし、誰の指図も受けない。未来にまで残された資料等を見たり聞いたりとして覚えた私では無く、生きている私自身をしかとその目で見ておき給え。」

分かりましたと答えるより先に、私のお腹が大きく空腹を訴えて折角格好良く決めた松永さんの台詞を台無しにしてしまった

ちょっと捻くれた変わり者、それでも少しくらいは優しい人だと信じて大丈夫だよね…?

『卿は色気が欠けている。』
『…仰る通りです。』


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