さよなら神様
「ヨモギ餅をくれるなんて優しいなぁって思ったらまさかの山葵でね、今朝はもうずっと舌がヒリヒリしてるの。」
「そりゃあ災難だったねぇ…って言うか、あの人も大概暇だな。」
この最近、私に初めての友達が出来た
人生初という意味ではなく、この世界では、という意味で
相手は自分を天狐仮面だと名乗り、この土地に住まう神様だと教えてくれた
神様にしてはミリタリーな格好を好み、口調は何処となくチャラさを感じる
けれどこうして毎日私の話相手となり、どんな話も笑顔で聞いてくれるのだ
流石は神様、と感心してしまう程に広い心の持ち主である
初めての友達が神様だなんて、異世界ならではの経験だろう
昼食を終えた後、初対面の場となった狸の焼き物の前で神様とお喋りをするのが唯一の楽しみだ
「一昨日の夜なんて私がお手洗いへ行っている間にお豆腐を床一面に広げてね、知らずに踏んじゃって驚く私を皆で笑ってたんだから。私はリアクション芸人じゃないってぇの。」
「…なまえちゃんさ、やたらと外来語を使いたがるよね。」
「んー…使いたがるって言うか、私の世界だと当然のように混じっちゃうんだよ。」
リアクションの意味が通じず、神様は怪訝そうに私の顔を覗き込んだ
使いたがる、と言われてはまるで私が英語を覚えたての痛い中学生みたいで嫌だ
だから私の世界ではこれが当たり前なのだと弁解し、腕を左右に振ってみせた
神様には私が異世界から現れ、元の世界に戻れないとまでを打ち明け済み
とは言っても具体的な話は避け、時代の大きな差も伏せたまま
理由は簡単、私は既にこの人物が神様ではないと気付いているからだ
松永さんの部下でもなく、恐らくこの国の人間ではないという事もなんとなく分かる
きっと私が事実を言ってしまえば相手も全てを晒し、この関係が崩れる
仮に敵であれば私を利用しようと考え、命を狙われ兼ねない
そう考えると、お互いに探り合いながらも表面上は親しくする現状を選んでしまう
「ふぅん…まるで何処ぞの馬鹿殿みたいだ。」
「あ、馬鹿殿と言えばさ、馬鹿面下げた伊達政宗って知ってる?」
「…知ってるけど。」
馬鹿殿という単語は何時ぞやの伊達政宗を連想させ、私は即座にその人物を知っているかを尋ねてみた
すると神様は首を縦に振り、それがどうしたと視線で続きを促す
奇襲を行った奥州の二人組を退治して以来、あちら側からの報復は何も無し
自分達の行いに反省したのか、それとも馬に縛り付けられたまま今も何処かを走っているのか
どうしているのかを松永さんすら知らず、風魔さんに至っては私の質問に無反応
もしかすると神様なら何らかの情報を持っているかも知れない
「側近の片倉小十郎って人相の悪い人も知ってるの?」
「そりゃあまぁ…有名だからねぇ、あの二人は。」
それもそうかと頷き、あの二人についてどう聞き出そうかを迷った
一国の主とその部下を馬に縛り付け、そのまま馬を走らせたなんて言えば大人しく清楚な私のイメージが壊れるじゃないか
…いや、ちょっと待った
この天狐仮面、基自称神様が私の前に現れたのはあの二人を退治した後の事だ
もしかして、実はあの二人から送られたスパイなのでは?
「なまえちゃん?どうかした?」
「あ、いえ…な、何でも無いでひゅ。」
一度でも悪い考えが過るとそうとしか思えなくなり、全身に冷や汗がダラダラだ
つい先程の無礼な発言も後悔させられ、再びあの悪夢のような奇襲をしかけられるのではないかと身が震える
でも待った、仮にそうだとしたら風魔さんが黙っちゃいない
私の予想だと、私の行動は全て風魔さんに監視されている筈
彼が私のボディガードだとは松永さんから聞いているし、今もきっと何処からか私達を監視している
その彼が報復を企むスパイの侵入を許し、私と接触させるわけがない
こうして平和にお喋りが出来ている以上、神様は無害だと判断して良い気がする
でもでも、風魔さんが定休日だとしたら?
「なまえちゃん、すんごい汗だけど…大丈夫?」
「はっ…お気遣い、感謝致しまする!!」
「そんなに怯えなくても、俺様はあの二人と無関係だよ。」
見事な敬礼をする私に神様は苦笑し、大丈夫だと言い聞かせてくれた
とりあえずその言葉を信じてみるものの、今になって自分のしでかした事の重大さに気付かされて生きた心地がしない
どんなに無礼で阿呆で救いようのない馬鹿でも、あの人は奥州を代表する殿様だ
そんな人物にあれだけの事をしておきながら、何の報復も受けないわけがない
あれを口実にこの国に攻め入り、戦が起きてしまっては洒落にならない
しかも、原因は私だ
でもでもでも、あれは私一人が行った事じゃあない
風魔さんだって協力し、松永さんだって傍観という名の協力をした
つまり連帯責任であり、私一人が責められるのは間違っている
そうだ、いざとなれば父の命令に従ったまでだと言えば良い
「…でも、君はあの二人と無関係ではなさそうだね。」
一人でどう責任逃れをしてやろうかと考えていると、何故か神様の表情が変わった
鋭い目付きで真っ直ぐに見られては視線を逸らせず、息が詰まって返答も出来ない
今の今まで普通に接していたのに、どうして急に本性を晒したのだろうか
確かに私とあの二人は無関係ではないけれど、それが一体何だと言うんだ
「ねぇなまえちゃん、いい加減に…っと。」
「な、に…っ!?」
ゆっくりと伸びた腕の先には鋭い爪があり、少し肌を掠めただけでも鮮血が飛び散りそうなそれに息を飲んだ
それと同時にガシャンと大きな音を立てて目の前にあった狸の焼き物が壊れ、あまりの展開にその場で腰を抜かしてしまった
何事かと顔を上げた先には見るも無残になってしまった焼き物があるだけで、気怠そうに凭れ掛かったまま私と喋っていた人物は居ない
タイミング良く焼き物が壊れたお陰で追い払えた…ってのは、流石に有り得ないか
「…成程、風魔さんの仕業だ。」
立ち上がって確認した焼き物の中は空洞で、砕け散った欠片に混ざる妙な物を見つけた
両手で慎重に持ち上げたそれはずっしりと重く、踏ん張らなければ真っ直ぐに立っていられない
これと似たような物を、私は小さい頃に忍者が主役とされているアニメで見た覚えがある
そう、これは手裏剣だ
けれど手裏剣とは掌に収まるサイズが一般的で、これは規格外
そもそも、こんなに大きな物をたった一瞬で人間が飛ばせられるものか
と言うか、風魔さんは今何処に?
私の予想通り、やっぱりあの人は私を監視している
監視しているならしているで、もっと早くに助けて欲しかったものだ
確実に相手が私に危害を加えようとしない限り手出しは出来ない、と言うのであれば話は別だけど
何せよ、助けられたには変わりないからお礼をしなくては
「まさか風魔が番犬をしてるなんて…やっぱり、君には何かあるようだね。」
「…何が目的なの?」
頭上から声が聞こえ、顔を上げると大きな鴉の足に掴まり宙に浮かぶ彼が居た
既に優しい人を演じる気は無いのか、目付きは鋭いまま
薄々気付いていたとしても、やはり悔しさと腹立たしさはある
だから風魔さんの手裏剣を盾にするようにしっかりと持ち、相手を睨んだ
「大丈夫、俺様はただの暇潰しで来てただけだから。でも、今後もそうかは約束出来ないけど。」
じゃあねと続け、相手は鴉に運ばれてあっと言う間にその姿が小さくなった
私だけがその場に残り、追い駆けようという気はゼロ
追い駆けたところで無駄だとは分かるし、これ以上関わってはいけないとも分かっている
この事はきちんと自分の口で松永さんに報告と謝罪をし、風魔さんにもきちんとお礼を言おう
「…わけわかんない。」
お礼を言いたいのに、音も無く表れた風魔さんは何も言わずに私から手裏剣を軽々と奪い、手品のようにそれを仕舞うと再び音も無く姿を消してしまった
せめて、叱られた方がまだ気が楽になれたに違いない
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