世界にさよなら
妙な胸騒ぎに目を覚まし、胸元を抑えながら時計を見るとまだ普段より一時間も早い時間を示していた

ゆっくりとベッドを下りて開いたカーテンの先に、少しずつ昇り始めた赤い太陽が見える

いつもならグッスリと眠っている時間帯なのに二度寝すらする気になれなないのは心臓がバクバクと脈打ち、とてもじゃないが落ち着けない心境にあるからだ

「どうしよう。」

窓へ掌をついて呟いたところで返事があるわけでも無く、眩しい日差しに目を細めた

どうして今日はこんなに胸がざわつくんだろう、何か嫌な事でもあるのか思えば思うほど不安が募る

下の階の寝室で両親はまだ眠っているからこの不安を打ち明けようと起こしてしまうのは可哀想だ

「…どうしよう。」

もう一度同じ言葉を漏らして、無意味に唇を噛みしめた

再び目にした太陽はやはり完全に姿を出しておらず、それ以上登らないのでは無いかと有り得ない事まで考えてしまう

どうかこの胸騒ぎが気のせいであって欲しいと願いながら、ベランダの策から羽ばたき去って行く鴉の姿を見つめた

「おはようなまえ、今朝は随分と早いのね。」

「んー…急に目が覚めたの。」

「普段のようにギリギリで目覚めて慌てるよりは良いだろう。」

結局両親が目覚めるまでの時間を自室で過ごし、ようやく目覚めた両親と家族三人揃ってでの朝食を迎える

胸騒ぎは治まる事無く次第に確信めいたものに変わりつつある

今までこんな事なんて一度も無かったから戸惑うばかり

でもそれが何か、と確かな形では分からないから口には出来ない

一つだけ分かる事、今日は何か私にとって悪い事が起きる

「ねぇ、今日は学校を休んじゃ駄目?」

「何言ってるの、別に体調が悪いわけじゃないでしょ?」

「でも…行きたくないの。」

「学校で何か嫌な事でもあるのか?」

父の問いにそれは無いと首を左右に振って否定を示せばただ『なら行きなさい』と当然の答えを返された

行きたくない、出来るなら二人も仕事へ行かず胸騒ぎが治まるまで一緒に居て欲しい

どうしても今日は二人と離れたくない、ずっとずっと一緒に居なきゃ泣いてしまいそうだ

「…父さんも母さんも仕事に行くの?」

「当たり前でしょ。早く食べちゃいなさい。」

「ほら、また魚を残して。大きくなれないぞ。」

「………はぁい。」

私一人のワガママが通るわけもなく、父に指摘された魚を行儀悪くも箸で突き刺した

そんな事をした私に両親は目も向けず互いに食事を終えると出勤の支度を始めている

仕方が無い、私も学校へ行く覚悟を決めよう

「それじゃあ、行って来ます。」

「車に気をつけなさいよ。」

「ちゃんと真面目に授業を受けるんだぞ。」

「…分かったぁ。」

気の抜けた返事だけして履いたばかりのローファーの爪先をコンコンと何度か叩き、まだ鍵のかけられた扉を背にして横一列に並び私を見送る二人を真正面から見上げた

先に家を出る私を両親が見送る、これはいつもの光景だ

大丈夫、きっと何も無くて、今日もまた夕方には私が仕事帰りの二人を玄関で出迎える

自己暗示をいくら続けても不安は押し寄せる一方で、気の所為か重たく感じる扉を押し開けながら頬に涙が伝った

「…うん、サボろう。今日はサボる、何もしないで、サボろう。」

自宅を出て数歩進めば意外にも簡単に結論が出て、私はピタリと歩みを止めた

こんな日に学校へ行っても授業に集中する事なんて出来ないし、どうせ大した授業も無かったから一日くらい休んでも支障は出ない

後々学校から連絡が来てサボってしまった事が両親に知られて怒られるのだって覚悟の上だ

今家に戻ればまだ両親が居るから二人が出た頃を見計らい戻り、一人でじっとしていよう

そうと決まれば善は急げ、何処で時間を潰していようか

この時間帯に空いているお店なんて限られていて、どれも時間を潰せる場所だとは思えない

「…お、お邪魔します…。」

必死に考えて決めた場所は自宅からすぐの距離にある小さな神社

小さいと言ってもこの神社は鳥居をくぐってからの階段がとても長く、登り終えた私の呼吸はとても荒い

境内を見渡し神主さんも参拝者も居ないのを確認して、胸を撫で下ろすと朱色の鳥居の上でチチチと可愛らしい鳴き声を上げる雀に頬が緩んだ

神聖な場所だけに先程まで自分を押し潰そうとしていた不安も気の所為か薄れた気もする

階段の天辺からの景色を見れば自分がどれだけ高い場所に居るのかが分かる

いつもすれ違う小学生が楽しそうに登校している姿や、バスに間に合うのかと時計を確認しながら走るサラリーマン、私と同じ制服を着て友人と歩む後輩

いつも通り皆が慌ただしい朝を迎えているのに私一人がこんな場所でのんびり寛いでいるなんて中々出来ない体験だ

此処で15分程度時間を潰して来た道を戻ろう、今日は絶対に学校には行かずに何も無い一日を過ごす

「今朝のは何だったんだろう…。」

呼吸も整い冷静になった頭で今朝の事を思い出し首を傾げる

いつもの私ならあんな事をいつまでも引きずらずに相変わらずの能天気で居られるのにどうしても気になって仕方が無い

もしかして私に何か起こるのではなく両親に、だろうか

だったらまだ私に何か起きた方が良い、二人を失うなんて私には耐えられない

どうしよう、また違う不安が出来てしまった

もうじき二人が家を出る時間、でも走れば間に合う

必死に頼めば二人も承諾してくれるかも知れないし、悩んでいる暇なく既に私は階段を駆け下りている

「…あ。」

声を出して自分の失敗に気付いた時には遅く、踏み外した階段から一気に自分の体が急降下してゆく

今朝の胸騒ぎはこれを知らせる為だったのだと一人で答えを出し、自分の間抜けさに呆れたくもなる

何も手にしていない私に掴める物も無く、次に自分の体を襲うであろう痛みを恐れてギュっと強く目を閉じて両手で頭を抱えた

不思議な事にいつまでたっても痛みは来る事なく、真っ暗になった視界で両親の笑顔が見えてこれが走馬灯?と呑気な疑問が生まれる

二人の笑顔が消えるのと同じタイミングで、沢山の鳥が羽ばたく音を遠くに感じた

(…南無三。)


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