肝心なのは押しの一手
浮浪者の言葉によれば恋愛は駆け引きが欠かせないもので、相手が中々良い反応を見せないならば引いてみると良いとの事
本当にそんな事で良いのかと胡散臭く確認をすると奴は笑顔で「当たり前だの前田だぜ!!」と今すぐ死ねば良いのにと思えるには充分な返事を寄こした
とりあえずいい加減俺達が付き合ってなどおらず恋人同士ではないと阿呆な事ばかり言う彼女の目を覚まさせなければならない
そう思い試しに身を引いて最近は放課後も自宅へ連れて行こうとせず、ただ駄菓子屋に寄って自宅まで送り届けている
家に上がる事しなくなったからか、確かに最近の彼女は俺を怒る事が無い
たまに、二日に一度の割合で自宅に居る彼女の様子を庭から窺っているが俺が居ない間の彼女は始終笑顔だった
佐助の言うように寂しがる様子など皆無で、身を引いている効果はあるのかと頭を悩ませた
だが彼女は意地っ張りである事を思い出した
口にもせず態度には出さないがきっと寂しいと思っているのだろう
学校以外であまり彼女と接する時間を減らした俺は当然物足りないと思うのだから彼女だってそうある事が当然だ
以前我慢を覚えろと言ったのは彼女自身でもある、数日と我慢を続けたのだからもう良いだろう
問題は引いた後にまた押す、これがよく分からない
崖の上に立たせ押すのか、それとも床にでも押し倒せば良いのか
勢いも大事と聞いていたから…やはり押し倒す?
相手がいくら邪魔くさいと言えどその辺りよく聞いておけば良かったのかも知れない

「よう風魔!!久しぶりだな!!」

体操着と悩みを抱えたまま廊下で遭遇したのは三年の留年眼帯
相変わらず後ろにぞろぞろと舎弟を連れていて何故か声をかけられた俺が連中に囲まれた
これもこれでまた面倒な存在だ
彼女と親しいので処分すべき、それでも一応役に立つ部分もある

「なまえと上手くいってるか?」

そう問われると自分でもよく分からないので首を傾げてみせた
目立つような喧嘩を今までにした事が無いので恐らく大丈夫、上手くいっているとは思う
最近は毎日駄菓子屋に行き放課後デートだって済ませているのだから
問題はいつまでも俺と自分が付き合ってなんかいないと寝言を起きている状態で言う彼女だ

「まぁアイツは意地っ張りで難しいからなぁ。お前がリードするしかねぇよ。」

リード…引っ張る?首輪でも付けるか
最近じゃハムスター専用の散歩用リードだってある…いや、サイズ的に犬猫用か
そういう意味ではないのだろうが対象が彼女となるとそういう思考に走ってしまう

「男なら堂々と『俺について来い!!』その一言で充分だぜ!!」

「………。」

そんな単純な事で良いのか、それすら言えば彼女が今後俺に反抗する事は無くなるのか
浮浪者の言葉と同じでどうも胡散臭い
だがどちらかを選べと言われればあのアクティブニートより慕う人間が多いコイツだろう
そしてコイツの発言一つで騒ぎ始めた舎弟達はどうにかして欲しい
流石だの兄貴だのと五月蠅くてたまらない

「まぁ何か進展があれば教えてくれよ!!で、式には呼んでくれ!!皆で行くからな!!」

頼んだぜ!!と奴の言葉を最後にようやく俺を囲んでいた連中が退いて長蛇の列を作り去ってゆく
僅かな時間でこうも人を疲労させる事が出来るのはある種の才能だろう
言わないが、絶対に耳障りな連中を式に呼ぶ事はしない
招待状リストにも初めから載っていない

「なまえー!!待てテメェエエ!!」

「やー!!待てませーん!!」

「みょうじー!!ケジメをつけろぉお!!」

「やだー!!小指は大事だもんー!!」

「みょうじ殿ぉお!!今日こそきっちり謝罪をして貰いますぞぉお!!」

「勝手に食べたくせにぃい!!」

凄まじい足音が近付き一瞬にして俺を横切ったのは彼女とそれを追う伊達と片倉に真田
遠のく姿に何をしているのかと呆れる
最近どうもあの三人によって彼女は追われているが多分以前の救急車騒動が原因だろう
ここで俺が助けると株が上がるかも知れないが駄菓子の食い過ぎで太る前にある程度の運動をさせていた方が良い
俺だって今は今後どうするかを考えていて忙しい
自分の事は自分でどうにかしろ
逃げ足だけは早いんだ、どうにかなるだろ

「…風魔君、今日私の事見捨てたよね?」

どうしようか答えが出ないまま迎えた放課後
隣を歩く彼女がつい先程駄菓子屋で買った麦チョコを頬張りながら俺を睨んだ
助けろの言葉一つ言えば俺だって考えた
だが何も言わずに突風の如く俺を横切ったのは彼女自身
追手が来ている時すら意地っ張りなのだろうか
横切りながらも俺の助けを待っていたのかも知れない

「なまえ、寂しいのか。」

「は?」

「寂しく無いのか。」

「唐突だなぁ…まぁ、寂しい、よ。」

「そうか。」

「両親の仲が良いってのは考えるまでも無く良い事だけど、やっぱり一人で待つのって…あれ、聞いてる?おーい?」

やはり寂しがっていたようだ
一応は効果があったんだろう、後は押して堂々と一言俺に付いて来いと言うだけだ
押し倒して俺に付いて来いと言う?それはおかしくないか?
とりあえず身を引いて以来ずっと一緒に居たいのを我慢した、もう充分だろう
今日は送り届けるだけではなく今まで我慢した分一緒に過ごそう
その時次第で押して一言堂々と言う、多分だが何も問題なんて無い

(無視?何考えているの?)
(…押す…押し倒す?押しの一手って…何だ。)


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あきゅろす。
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