迷える子羊(匿名希望)
沈黙や重い空気に耐えられず顔を上げた時、既に風魔君の姿はそこに無かった
確かについ先程までは同じソファーに腰かけ彼は隣に居た筈なのに
すぐに家中を探してもその姿は見つからず、名を呼んでも現れない
まさかこの状況で帰宅した?と思い下駄箱を確認すると本当に彼の靴が消えていたので呆れてしまう
消えていたのは靴だけじゃあなくて今朝勝手に部屋を探った際に取り出した彼のアルバムと、私のアルバム
彼のアルバムを奪還されたならまだしも再び私のアルバムまで勝手に拝借して下さった
なんて人だと怒ってしまう気持ちが半分、どうして突然帰るの?と不思議に思う気持ちが半分
私があまりにも酷い事を言ってしまったから耐えられず帰宅した?
それにしたって音も気配も消して素早く帰宅なんて流石は現代を生きる忍
自室に置いたままだった数冊のアルバムを持ち帰る余裕まであるとは感心せざるを得ない
「…どうしよう。」
彼が帰宅して一人きりになった今、どう謝罪しようかとずっと悩まされている
普段なら私が数時間の説得をしなければ帰宅しない彼が私に何の挨拶も無しに帰った
これは考えるまでも無く私が悪い、あんな事は言うべきじゃあ無かった
後悔しても今更なのは分かっているから今考えるべきなのはこれから彼にどうするか、それだけ
謝罪するにしてもまずどう謝罪しよう、一度言ってしまった言葉を無かった事には出来ない
一応彼だって血の通った人間だから少なからず傷付いたのかも知れない
だから私に泣き顔を見られたくなくて帰宅した…それは無いか
私の本音を聞いてもう私の事なんて嫌いになったとか…どうなんだろう
答えを知るのは風魔君本人のみ、電話やメールで突然帰宅した理由を聞こうにも気が引けて先程から私はずっと彼が手渡してくれたピッチを掌の上で無駄にクルクルと回し続けている
「あ、もしもし。匿名希望で私の悩みを聞いて下さい。」
「二年二組、みょうじなまえサンデスネー。」
悩み続けた私が出た行動はザビー教が行っているフリーダイヤル懺悔教室への相談
匿名希望と言ったのに何故か名前がすぐにバレてしまったから不思議、非通知でかけたのに
まぁ良い、今は胸の内のモヤモヤを聞いてくれるだけでも有難いのだから
個人情報が漏れる心配は無い、此の際色々言って何か慰めの言葉を頂こう
「残念デスガ、貴方カラノ電話ハ御断リニナッテオリマース。」
「は?ど、どうしてですか?」
「風魔小太郎カラ、貴方ヘノ入信勧誘禁止令ヲ喰ラッテイルカラデース。」
「………。」
「貴方ヘノ接触ハ禁止、ツマリ貴方カラ此方ヘノ接触モ禁止デース。」
そんな事初めて知った、道理であれだけ無差別に勧誘を行っている連中が私を見ただけで目を反らすわけだ
関わりたくない人達だからこれは彼に感謝すべき?それとも勝手な事をするなと腹を立てるべき?
そもそもあれだけ頑なに御断りしても毎日しつこく勧誘して来る相手へ禁止令を出せるなんて…風魔君って何者なんだろう
一方的に通話を切られ、耳に届くのはプーップーッと無意味な音だけだ
怪しい宗教に頼ろうとしていた私が馬鹿だった、そう反省しよう
他に頼れる存在って誰だろう、こんな事で両親へ相談の電話なんてしたくない
風魔君の事で心おきなく相談出来る存在…佐助君?かすが?明智先生?松永先生?竹中先生?
…今まで相談した人を全員想い浮かべても誰一人頼れそうにないし、まともに相手してくれない気がする
「私は悪くない!!悪いのは風魔君!!」
最終手段は開き直り、自己暗示の為に一度強く叫ぶと自分の言葉が部屋の中に響いた
私は悪くない、だって私は最初から今日に至るまでずっと被害者だったのだから
お市先輩の助言通りお弁当を作ろうとまで考えてあげたのにそれを台無しにしたのは誰でも無く風魔君本人
今回の事だって私は本音を言っただけ、それを受け止められないなんて彼は心が狭い人間だ
いっそこの一件で私の事なんて諦め次の生贄となるターゲットを探せば良い
「なんて思っちゃうのが私の悪いとこなのかなぁ…。」
開き直りは早くも失敗、自分の罪を他人の所為に出来る程私は勇気のある人間じゃあない
今までの事があったとしても今回は私が悪いから私がやはり謝る以外手段は無い
どうやって謝ろう、本音をぶちまけてごめんね?ストレート過ぎて逆効果だ
あんな酷い事言っちゃったけどこれからは風魔君の事好きになれるよう頑張るよ、とか?
何それ、どうして私から彼に歩み寄らなきゃならないの?ただでさえ一ミリの隙間も無く言い寄られているのに
一番良い謝罪は何だろう、下手に低姿勢での謝罪をすると彼が調子にのる可能性があるから気を付けないと
もしもの話、本当に彼がこの事で私の事を嫌いになっていたら謝り損になる
謝り損になるのは悔しい、そして嫌われるのは考えたくない
あれだけ嫌われるのを覚悟で色々していたのにいざ嫌われた可能性が出来たとなると酷く臆病になってしまう
「考えても無駄無駄、明日の彼の行動を見て私も考えよう。」
だから今日はこれ以上悩まず久しぶりの一人だけの時間をゆっくりと堪能しよう
そう思ってソファーにゆったりと腰かけたのに無駄に大きく広いから隣に誰も居ない事へ寂しさを感じた
(何これ、意味分かんない。)
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