犯行現場は彼女の自室
息苦しさに目を覚ませば自分の胸元に乗ったまま眠っているケロベロスが居た
彼女は昨晩確かに私の足元で眠っていたのにいつ移動したのだろう
息苦しいので退かそうとしても彼女が乗っているからまともに動けない

「…まぁ、良いか。」

全く呼吸が出来ない程でも無いし今は少しでも体を休めたい
そう思い彼女を無視したまま目を閉じて二度寝を試みた
カーテンの隙間から見えた外の明るさからしてまだ5時にもなっていない、まだ少しは眠る時間がある

「………眠れない。」

再び瞼を開いたのは閉じてから5分後の事で、すっかり眠気が覚めてしまった事に溜息を一つ漏らした
昨日は突然スイッチの入った風魔君を宥めてから長時間の散歩をしたのだから体はクタクタ、眠るのだって普段に比べると遥に早かった
それなのにどうして眠れないのだろう、いつもならおやすみ三秒の私がまさかの不眠症?
有り得ない、これはきっと何か原因があるに違いない
その原因は何かと探れば出てくる答えは一つ、我が最大の宿敵風魔小太郎
恐らく彼は今日も現れる、だから知らぬ内に体が緊張して相手へ隙を見せないようにしているのだ
昨日は帰宅させようとしても玄関前でいつものように帰りたくない、泊まるとまで言い出した彼を説得するのに2時間もかかった
今日はどうなるんだろう、自宅の中に居ると昨日と同じく突然スイッチが入ってしまう可能性が大いにあるからなるべく外が良い、人目につく場所なら彼だって少しは自重する…多分
仮に人目のつく場所で何かしようとしたならすぐにケロベロスへGOサインを出そう

「………。」

毎日毎日風魔君に振り回されっぱなし、私の平穏な生活はどこに消えたのやら
そんな事を考え首を捻りなんとなくベランダの方へ視線を向けると見慣れたシルエットを見つけ唖然とさせられる
まだ空が暗いのではっきりとは見えないがあの影は確かに風魔君、そもそも彼以外にあんな場所へ現れる存在は居ない
来るなら来るでメールくらい寄こしたらどうだろう、いつも彼は事後承諾ばかりで私の都合なんて聞きやしない
普段に比べて訪れるのが早いのは多分ケロベロスの散歩が毎朝6時だと昨日教えたから
軽く一時間も早く登場…彼の時計は平均よりかなり進んでいるのかも知れない
さてどうしようか、唖然としている私を他所に彼は難無く鍵を開けて靴を脱ぎ、足音すら立てずに部屋へと侵入している
ケロベロスが気付かないのは彼が現代を生きる忍の証、それに風魔君が相手なら彼女は雄々しく吠えすらしないと分かっている

「…なまえ?」

「………。」

部屋へ侵入した彼がまず近寄ったのは寝たふりを決め込んだ私
怪しまれないよう必死に呼吸は乱さず、瞼は軽く自然に閉じたまま彼の呼び掛けを無視してみた
忍の彼なら狸寝入りなんてすぐに気付くかな、と不安に思ったけれど意外にも簡単に相手は私が眠っていると思いこんだらしくすぐに体が離れるのが空気で分かった
これは良い機会だ、私が眠っているのを良い事に指一本でも触れたならその指を握りへし折ってやる
正当防衛と言えば良いし、現行犯となれば彼も言い訳は出来まい

「………。」

私から離れた彼を細目で追えば私の机に近寄っているのが見えて、次には躊躇う事無く引き出しを開けた
相変わらず勝手過ぎる、しかも私が彼の自室から拝借したアルバムはそこに隠しているから見つかってしまったじゃないか
奪い返した私のアルバムだってそこにあって、彼は引き出しの中を無言で見つめ、間を置いて全て取り出した
また持って帰るつもりだ、彼のアルバムを勝手に借りたのは私が悪いけど私のアルバムは当然私の、だから絶対に後で取り返してやる
私が起きていると気付かず好き勝手にすると良いよ、全て見届け彼がごめんなさいと言うまで叱ってやるんだから

「…なまえ?」

「…っ……。」

ずっと彼の背を見ていたから視線に気付いたのだろうか、突然振り向き名を呼ばれ危うく目が合う寸前だった
彼に付き纏われて以来私の反射神経は良くなる一方、今少しでも反応が遅れたならば確実に目が合っていた
まだ気付かれては駄目、相手が言い逃れの出来ない状況まで待機しなくては
再び視線に気付かれてはまずいと警戒して必死に目を閉じている私の耳に届くのは引き出しを開けたり閉じたり、何かを探っている音ばかりで何をしているのかは音を頼りに推測するしかない
今のはタンスを開ける音で…次のは携帯を開く音で…あれ、風魔君って物音立てるっけ?

「なまえ、おはよ。」

「………。」

彼が物音を立てるのは他人を攻撃する時や特に悪さをしていない時だけ
すぐ傍で私が眠っているのに音を立てて家宅捜査なんて有り得ない
でも現状では有り得ていて、これは彼の罠だと確信して目を開けばやはり彼は私が最初から目を覚まし寝たふりをしているのに気付いていたようだ
遠くに居ると思っていたのに至近距離に居て、私の枕元に両手を付けて嫌味な程嬉しそうに口元を緩めての挨拶をしてくれた
私がいつ目を覚ましたり彼を怒鳴ったりするかを待っていたんだ、悪趣味め

「風魔君、人を試して楽しい?」

「なまえも、俺を見張って楽しい?」

「…散歩に行こうか。」

反論するのも面倒で一つ提案すると彼が重たいケロベロスを私の上から取り上げ床に降ろし、寝癖だらけの私の頭をクシャリと撫ぜた
朝から負けて腹が立つし、頭を撫ぜられただけで頬に熱を持つ自分が嫌になる

(…いつか絶対に泣かしてやる。)
(狸寝入りが下手だ。)


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