2.
「――ねぇ、どうしてメルはチーズが嫌いなの?」
まるで一時停止の魔法が掛かったの如くぴたりと動きを止める3人。とうとう実力行使に出始めたジョゼとメルの間にエルが埋もれる形で静止して、何とも間抜けなことこの上ない。
「とりあえず、一度座ったら……?」
これ以上ことを大きくするのもあまり得策だとは思えなかったので、とりあえず着席を勧めると彼らはおとなしくそれに従って自分の席に着いた。そして次に口を開いたエルの言葉に、私は今まで以上に呆れさせられるハメになる。
「そういえば……どうしてなんでしょうか」
「え?」
「チーズが嫌いってのは昔から知ってたけど、そういや理由までは聞いたことなかったな」
「……は?」
さして重要視していなかったらしく視線を彼方へ飛ばしている2人。思い出したように食事を再開し始めたメル――サラダはもはや放置され、手はアイスへと伸びていた――は黙ったままである。会話が聞こえていないわけではないらしい。神経質に揺れる耳と長い尾がそれを物語っている。話題の矛先が自分に向けられるのを恐れているわけではなくむしろ、その真逆に思われた。
「メル、どうしてチーズが嫌いなんですか?」
「秘密。誰にも教えないことにしてるんだよね」
痺れを切らしたエルが尋ねると、待っていましたとばかりに用意していただろう、彼らしい随分もったいぶった返答。悔しいが特に興味のないことでも一度お預け状態にされるとどうしても知りたくなってしまう。ここで折れて頼み込むのは少しプライドが傷つくけれど、激しい葛藤の末、わずかな差で好奇心が勝ってしまった。
「ねぇ、一体どんな秘密があるの?」
途端、ゆらゆらと視界の端で揺れていた尾がぴんと立ち上がる。彼らとひとつ屋根の下に暮らし始めて長くはないが決して短くはない期間を過ごしているのだ。これは彼が上機嫌の時の仕草だと、私はもう知っている。
「……そんなに知りたい?」
そう言ってひどく愉快そうに口角を上げた。時々この近くの森に現れるニヤニヤ笑いの猫を想起させる笑みだが、相手がまだ小さい分(実年齢はともかくも)些細ないたずらを思いついた子供を見るような心地で悪い気分はしない。
「うん、すごく知りたい」
いつの間にか広いテーブルの上、私たちは5人は身を乗り出して小さな円陣を作っていた。こういうことには一切頓着しなさそうなセシルまで兎耳を傾けていたのはさすがに意外だったけれど。
「じゃあさ、アリス。ボクにチーズを使った美味しい料理を作ってよ」
「……ええ?」
この言葉には一瞬その場の空気が固まった気がした。
「だってメル、チーズ嫌いなんじゃなかったの?」
さらに笑みを深くしたメルは椅子から飛び退いて、
「いいから、いいから。とりあえず作ってみてよ、ね?ボクのチーズ嫌いの理由、アリスのチーズ料理がボクでも食べられたら教えてあげる――面白いでしょ?」
眉根を寄せて頭上に疑問符をたくさん並べるジョゼの横で、私はメルの言わんとすることを理解した。
「なるほど、チーズ嫌いのメルでも美味しく食べられる料理ができたら私の勝ちってことね?」
ひと足早く自室へ下がろうとするメルの背に投げかけると彼は外見に見合った笑顔でこちらを一度振り返った。
「そーいうこと!楽しみにしてるからね、アリス」
彼の消えたドアの先を見つめ、セシルが淹れてくれた2杯目の紅茶の香りを楽しみながら、私はさっそく美味しいチーズ料理のレシピを考案し始めた。
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