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4-2.


「それで?話していただけるんですね?」

ふわりとした風が駆け抜け、僕とジョゼの髪を撫でる。
開口一番に尋ねると、ジョゼは辟易しながらも苦笑を漏らした。

「相変わらずお前ってせっかちだよなぁ」

「……仕方ないじゃないですか。『時計兎』は無駄な時間を過ごすのは苦手なんですよ」

「物事には順序ってのがあるだろ、最初から説明してやるからまぁ聞けよ」


数秒前の凍てつく視線は最早感じることはなくなっていた。隣りで蒼穹を細めた男は今や、自分が古くから知っている顔に戻っていた。


「そもそもの始まりは、お前が先週の定例会議に出なかったことだ」

愛用のシルクハットを伸ばした膝の上に置いて、遠くを見ながらジョゼは話し始めた。

先週、と呟いてそれがアリスを迎えにこちらを発った日であったことを思い出す。世界を繋ぐ扉を開ける方法だと、聡い住人たちには気付かれてしまう可能性があったから、慣れないながら初めての道を使うことにしたのだった。

「アリスがいない間はアリス派の統率役である『白兎』が、定例会議を欠席するなんてよっぽどのことだ。もしかしたら、って言う噂が流れた。ただ、騒ぎ立てて女王側の連中に勘づかれるのは避けたい。だからオレたちは極力今まで通りに振る舞うことにした。――そんな時に、あいつはやってきた」


途端、見計らったかのように辺りはワントーン落とした暗さに包まれる。空を見上げると、いつの間にか現われた薄い雲が日を遮っていた。

気にせず話を続けるよう促しながらも、忍び足で近付いてくる不穏な空気に意識を傾けることは忘れない。


「そいつは夜中に突然やってきた。分厚い雲の掛かった月のない夜で、全身黒ずくめで目深帽子におまけに仮面までしてたから、一瞬女王側の暗殺者か何かかと思ったんだが、そいつはオレのフルネームを出してきた」


「フルネームを?」

「そう。『お役目』じゃなくてフルネームを知ってるなんて、女王側の連中にはあり得ないだろ?アリス派の定例会議の場でだって『お役目』以外の名で呼び合うことはないし、極力名前を使うことは避けてるだろ、オレたちは特に」

「それなのに、その何者かはあなたの名前を知っていたんですか?」

「ああ。――変だろ?」


それは確かにおかしな話だ。
ジョゼの言った通り僕たちは通常、重要な定例会議の場に置いても『お役目』の名か、即興のコードネームを使う。もちろんそれは外部に情報が漏洩した時の保険にもなるし、名前は命に等しいからだとも言われている。特に、フルネームは。
これはアリスとの『繋がり』と深く関係しているらしいが、僕もよくは知らない。それくらい昔から続いている習慣であるし、掟でもある。


だから、それらを無視して親しい間でしか知らないフルネームを出されたジョゼが変に思っただろうことも想像に難くない。僕が同じ状況に出くわしたとしても、そうなるだろうから。


「変ですね。それで、その男は何をしに来たんですか?」

「『帽子屋』の貴方に今すぐ伝えなければならないことがあります、って言ってきた。随分怪しい奴だとは思ったけど、フルネーム知ってるほどの奴だから本当に重要な使者なんだ、ってな」


突然視線を上げたジョゼにつられて見上げると、幾重に重なる雲の間に細く閃光が走る。大気中の湿度が一気に上昇して、草と樹皮の匂いに湿気の生臭さが混じってきた。


「――どうやらひと雨くるっぽいな。別にオレは濡れんのは構わねぇが、お前はそうはいかねぇだろ?」

服を払いながら立ち上がったジョゼは、右肩にちらりと視線を投げてくる。元はと言えば誰のせいなのかと皮肉のひとつも言ってやろうかと思ったが、差し出された左手に、今回ばかりは不問にすることにした。

「歩きながら話すんなら、文句ねぇだろ?」

伸ばされた手を借りて立ち上がる。

「そうですね。そうしていただけると助かります」


空模様を気にしながら屋敷への帰路を心持ち早足で辿ることにした。



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