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イレギュラー 【水谷と阿部】
「レフト!捕ったら4つ!」
センターの泉が返球の指示をする。
その声を聞いて、捕ったらバックホームだと頭に入れモモカンの打球を止めようと懸命に走った。
迫ってくる硬球を受けようとグローブを構える。
だけど突然、ボールが土の窪みに当たって急に右方向へ跳ね方が変わった。
思わぬ軌道の変化に目が追い付かない。
このままじゃ外野を抜ける。
ちくしょう、抜かすわけにはいかねーぞ、と咄嗟に体で止めようと飛び込んだ。


ガツッと鈍い音がして、瞼辺りに痛みが走った。
ボールは勢いがなくなり体の前に落ちる。
抜けるのを止められたのは良かったが、打ち所が悪かったらしい。
あまりの激痛に視界がぼやけたが、ランナーを帰すまいとすぐに拾って巣山に返球した。
くそう。イレギュラーなんて運が悪い。
でもそんなの、野球をやっていれば日常茶飯事だ。
ボールの当たった右目に火が付いたみたいに熱が籠る。


「水谷、目に当たったのか?」
目を抑えて動かないでいる俺に、泉が異変に気付いて駆け寄ってくれたらしい。
頷くとすぐモモカンとシガポに掛け合って、ベンチまで連れていってくれた。
悪い泉、ありがとうと言いたかったけど、痛みを我慢するのに精一杯で、声を出すことが出来なかった。

 ベンチに座らされ、シガポに怪我を見てもらう。
水谷、大丈夫そうか?硬球は当たると痛いよなー。‥と、皆が口々に心配する声が遠くから聞こえる。


 「幸い眼球に外傷は無いよ。アイシングして、念のため眼科で見てもらった方がいい。」
よかった。どうやら失明することにはならなそうだ。
痛みに耐えて、はい、とやっと小さく返事をした。
マネジが大丈夫?と言ってアイシングを目に当ててくれる。
篠岡の優しさにラッキーと一瞬思ったけど、情けないこの状況が俺の気分を複雑にした。
かっこ悪いところは出来れば見せたくないのに。





 
 しばらくして俺が大丈夫と分かり、仕切りなおして皆がそれぞれのポジションに戻っていく。
一時中断したノック練習が再開した。

モモカンの鋭い打球が、それぞれのポジションに放たれていくのを片目で見つめる。

(練習中でよかったなあ。)
ベンチに深く座り深く息を吐く。

正に身を削って投げたさっきの返球は、ある程度もたついたのもあって結局ランナーをアウトにするタイミングにはならなかった。
(あーあ。俺に花井みたいな強肩があったらなあ。)

ぼんやりそんなことを思った。


 
「どんくせーぞ、水谷。」
アイシングを目に当てながら項垂れている俺に、横でスコアを見ていた阿部が小さく言った。
「・・・うるさいなあ。どうせどんくさいよ俺は。なんとでも言ってくれ。」
阿部は辛辣だなあと、これもぼんやり思って、もう一回深くため息をついた。





  
 前に三星戦でフライを落とした時とは少し違う、より悔しい気持ちが心に渦巻いている。
 この野球部に入って、夏大の試合に出て、皆の頑張りを目の当たりにして、俺は少しずつ考え方が変わっていった。
敵も味方も、勝ち進むにつれて勝利に貪欲になっていく。
俺だって、皆のように野球に本気になりたい。
いつの間にかそう思うようになった。
だけど、俺はどうにも気持ちが折れやすいらしい。
押さえている右目の少し上がじんじん痛んで、生理的な涙が滲む。




 「・・・いや、やっぱどんくさいは訂正。水谷にしてはすごかったよ。正直あの球は、抜けるかと思った。」

「・・・え?」

その言葉に、俺は珍しいものを聞いた、と無事である左目で阿部を凝視してしまった。
水谷にしては、は余計だけど阿部が人を、ましてや俺を褒めることなんて滅多にないことだ。
「阿部、どうしたんだ?なんか気持ち悪いぞ。」
そう正直に感想をこぼすと、阿部は心底心外だとばかりに「はあ?!なんでだよ。あれは誰が見たってファインプレイだろ。」
と言い返してきた。
それから、なんで水谷に気持ち悪がられなきゃいけないんだ、なんてスコアを見ながらぶつぶつ言っている。
阿部、いつもの辛辣な言葉の羅列はどこに行っちゃったんだ。
でも、そんな辛口評価ばかりの阿部から出た褒め言葉だから、本当に本心で言っているんだろう。
妙に嬉しくて息が詰まるような感覚になる。
俺の拙い頑張りを見てくれて、認めてくれる奴がいた。その事実にちょっとじーんとしてしまった。




 「・・・ファインプレイなんて、生まれて初めてだ。」
独り言としてつぶやいたつもりが、どうやら阿部にも聞こえていたらしい。
「へえ。じゃあさっきのプレイを秋大でもよろしく、クソレフト。その度硬球を目にぶつけられちゃかなわねーから、無傷で頼む。」
と皮肉めいた口調でそんなことを言ってきた。
その時の顔は見なかったけれど、絶対ムカつく顔をしているに違いなかった。
こんの野郎。やっぱり阿部は性格が悪いよ。
そう言おうとして・・・やっぱりやめた。
阿部のお蔭でうっとおしい右目の打撲が名誉の負傷に昇格できたんだ。悪口は控えよう。
その代わりに、「もうクソレフトじゃないよ。ファインプレイ出来たしね。」
とヘラヘラ笑って見せた。
調子に乗るなと小突かれたけど、そうはできそうにない。
田島が難しい打球を面白がる理由が今ならわかる。
秋大を間近にして、俺はまた一つ野球の面白さを知った気がした。
 
 


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