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アーチを夢見る  【花井と田島】
夏大終了後の後日談。ある日の練習後にて。





美丞大狭山戦は、あっさりとした敗戦だった。
打撃では選手一人一人の打球の方向を研究され、守備では阿部の配球が悉く読まれた。
終わってみれば、準備の差が露呈した試合になった。
だけど、負けた理由はそれだけじゃない。
打てない打線、守りきれない守備力。
西浦高校野球部はまだまだ足りないものだらけだ。

それは当たり前、と言われればそこまでだ。
何せ部員は全員一年生。
部は今年設立したばかりだ。
それなのに、いきなりベスト8手前まで行けたんだ。
・・・そう思うと欲が出てくる。
来年はもっと上へ。甲子園に行けるんじゃないかって。
だけど、田島は俺よりずっと欲が深い奴だった。
目標を決めることになれば、アイツは躊躇なく”甲子園優勝”を掲げた。
(田島はスゴイヤツだよ)と、この野球部に入ってから何度思ったことか。

田島と競うことは、崎玉戦の時に決心している。
以来ずっと、アイツを越えてやろうと意気込んで野球に臨んでいるけれど、秋大を前にした現在、勝てそうなのは肩と打球の飛距離くらいだ。
そんなにすぐ越えられるものだとは思っていないが、我ながらでかいハードルを用意してしまったとは思う。
だけど、苦痛じゃない。
チャレンジャーでいることは良い事なんだと分かっているから。
まあ、度々出る田島のスーパープレイに通常より更に悔しい思いをする羽目にはなっているが。








「・・・なあ花井ー。何ぼーっとしてんの?」
秋も近くなった9月初めの夕方。
もう日も短くなっていて、すっかり辺りは暗い。
俺がグラウンドのベンチで長く考え事をしていたのを、田島は不審に思ったらしい。
「わり、休憩終わったんだな。グラ整いこうぜ。」
「おう。何ずーっと考えてたんだ?俺が話しかけても返事しなかったし。」
整備に使うトンボを渡すついでに、大丈夫か?と言わんばかりに田島がそう聞いてきた。
そんなに集中してたのかと少し驚いたが、心配されることでもない。
荒れたグラウンドの土を均しながら、「美丞との試合の事と、お前の事を考えてた。」
と、何の気なしに質問に答えた。
その後で、いや、田島のことを考えてたは余計だったかと後悔したが、もう遅い。

「ふーん。・・・。」
田島はそれを聞いて、面白くなさそうな顔をした。
これはどっちの言葉に対する反応なのか。


お互い黙ってしまったので話が切れたか?と思い、ファーストベースまでトンボを動かしていくと、「花井、俺の事ってキャッチャーやった時の事?」
と言い繋いできた。
小走りで追い付いてきて、俺の隣にトンボを並べる。
キャッチャーの事、っていうのは、田島が配球と4番を両立しなきゃならなくなった時の事、って言いたいんだろう。
だけどそれは俺が考えたこととは違う。
考える前から、捕手と4番の二足わらじなんて、普段からやってなきゃ無理だって分かりきっている。
負けはしても、それをぶっつけ本番でやり遂げたんだ。
むしろスゲーことだ。
それをコイツは、まだまだ足りないと今も悔しがってる。

田島は勝ちに貪欲で、俺はその勢いにビビってきた。
だけど、そんなのはもう崎玉戦からやめたんだ。

「違う。田島はスゲーってことを考えてたんだ。だから、競って肩を並べてやるって決心を・・・改めて固めてた。」
グラ整の最中に、突然のライバル宣言。
言って良かったのか?いや、どっちにしても俺が田島を越える対象として見るのは変わらない。
非常に恥ずかしい気はするがしょうがない。
既にお前のこと、と口を滑らせてしまったんだから、後戻りもできない。

田島はそれを聞いて、またふーん、と同じことを言ったが、表情はさっきとは逆でなぜか柔らかい。

「俺はゲンミツに負けたくねーよ。・・・だけど、花井は俺と違ってガタイあるから、いつかホームラン打つかもな。そしたら、負けたって思っちまうかも。だって今の俺にはできねーもん。スゲー悔しいけど!だから背ェ高いヤツは嫌いなんだ。」

田島らしくない言葉に、整備をしていた手が止まる。
田島もグラ整の手を止めていた。
こっちをジッと見てくる目が、バッターボックスに立つときの、あの刺すような目つきに似ているような気がした。
田島のらしくない弱音に面食らったが、でも確かにそうだ、と思った。
俺がもしホームランを打てるようになったら。
それは田島にはない力だ。
「でもいいよ。俺はその分ヒット量産するし!打点じゃ負けねーもん。」
ニシシと、田島はさっきまで真剣だった顔つきをコロッと変えて笑う。
すごい自信だ。だけど、ヒット量産も、甲子園優勝も、田島が言うとハッタリじゃなくて本当に出来てしまうような気がしてくる。
そう思わせられるのは、こいつの努力と才能と、心の強さがただもんじゃねーからだ。

「ヒット量産?ホームランとヒットじゃ派手さが違うぜ。ヒット3本よりホームラン1本の方が、ベンチは盛り上がる。」
自分が田島を認め切っているのが悔しくて、ついむきになってしょうもないことを言い返していた。
「なにおう?!そう言うなら美丞戦で打てよな!相手の4番は2本も打ってんだぜ?花井はそこをもっと悔しがれ!」
「ぐっ・・・あのなあ!お前こそ配球覚えるのに精一杯で攻撃に移った時もぐるぐる配球の事考えてたろ。そうならないよう日頃からもっと勉強しとけ!」
ああ言えばこう言う。
最終的に、大声で対美丞大戦の反省を言い合うことになってしまっていた。
グラ整をしているチームの奴らが俺らの異変に何だ何だと様子を伺っているのが横目で分かったが、どうしても口論を止められない。
それは田島も同じようだった。
あのとき俺が、お前が打っていたら。
そんな言い合いの中で、美丞に負けた悔しさをどんどん思い出して更に言葉が止まらなくなる。




「田島と花井!フザケんなよ!整備とっくに終わってんぞ。さっさと着替えろ!」
阿部の怒号で不毛な言い合いが途切れた。
1塁側のベンチから、阿部が三橋を怒るときと同じ形相でこっちを睨んでいる。
しかし、松葉杖を使って立っている痛々しい姿のせいか、迫力はあまりない。
「悪ィ阿部。すぐ片づけるから。」
そう断ってから田島の方を見遣ると、まだ真剣な目つきのまま俺の方を見ている。
まだやるか、と見返すと、「俺は、野球で誰にも負けたくねーんだ。だからもっと練習して、花井が届かない所まで行ってやる。」
とぽつり言った。
それはこっちのセリフだ。俺だって負けたくない。
そう言う前に、「だけど、お前にはホームランを打ってほしい。チームのために。」
と遮られた。


不覚にも呆然としてしまった俺に、田島は太陽みたいな満面の笑顔を向ける。

「俺がタイムリー打って、その後お前がホームランを打つ。それが出来たら、西浦最高のクリーンナップだ。」

そう言い残して、田島はベンチまで走って行ってしまった。




俺は数秒、頭の中であいつの言葉を反芻した。
あいつは、俺にホームランを打って欲しいって言ったんだ。
田島がくれた言葉が素直に嬉しかった。
追い着いてやりたいと思う相手が、俺の力を信じてくれてんだ。
遠ざかっていく背番号5を見つめながら、自然と気分が高揚していくのが分かる。
もう日暮れだというのに、練習したくてしょうがない。
俺が今よりもっと力をつけて、スタンドまでボールを飛ばせたなら。
西浦高校野球部は、甲子園に一歩近づくんだ。



「花井―!言っとくけど、俺が4番なのはゆずらねーからな!花井は5番か6番だ!」
ベンチから大音量で田島が4番宣言をしている。
近くにいる奴らはたまったもんじゃないだろう。
阿部がまたうるせえ!と怒鳴って、なぜか三橋がそれにビクついている。
田島は全く動じないで、わりーと謝ったが、反省の色は皆目なさそうだ。
むしろ悪戯が成功した子供のようにニッコリ顔だ。
俺もつられてハハ、と笑い、トンボを片付けてから皆のいるベンチへ向かう。


心の中で、田島に望むところだと言い返した。
4番になるのは俺だ。3番はお前にやるよ。





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