何もかもを捨てたひと


全滅。あまりにも唐突すぎる現実だ。疲労と負傷で満足に動かない五体よりも更にこんがらがって思考回路がうまく回らない。絶句。否、最早絶句ですら出来ていないのか。腐臭に顔を歪めることをしなくなったのは一体何時からだろうと、見当外れなことに意識が傾く。そんなものに解答があるはずもなく。すべてが瓦礫と化している。もう何もない。自分以外になにもない、唯一の支えである家族も既にその形をなしていない。全滅、だ。まわりに人間がいないのなら頂点であることに意味はない。守護者も部下も、何もかも。セカイは大きく欠けている。

「どうしますか?」

血と腐敗した臭いにまみれた瓦礫の中で彼女だけが平然と尋ねてくる。ただ一人、惨禍に巻き込まれた部外者である彼女が。返り血と自身の血液とで体中を汚しながら、腐敗し朽ちている戦場で、それでも尚感情を揺るがすこともなく。本来ならどうするかなどと簡単に問える状況ですらない。追い詰められている、追い詰められ過ぎている。敵があまりにも多い。否、あまりにも多かったと言った方が、多分正しいけれど。もうとっくに勝敗はついていた。このボンゴレを以てしても圧倒的な差がつく程に。それに体力も気力も消耗しきってしまっている。戦場から脱するのはそうそう、簡単な話ではない。かろうじて皆無ではないだけであってほとんど不可能だ。

「選択肢を、言う必要はありませんね」


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くだらない話ですが、と、彼女はほとんど独り言の様に言う。任務を終えた直後の崩壊した廃墟に佇んで。ボンゴレイタリア本部の幹部と、ボンゴレ十代目ボスと。本部の人間と新世代の君主。特に意味はない、取り合わせだ。故に意味はない、ただの戯れ言ですが、と。変わらず独り言に限りなく近い声量で。

「私は曖昧なのが嫌いですが、私の存在はひどく曖昧です」

曖昧な存在はどうしたって曖昧で、答えはいつも何であれ曖昧でしかない。選択は、中途半端でしかない。うやむやでしかない。曖昧でしか、ない。ひどく人間の様に、人間そのもので、彼女は自虐的に言う。人間であって人間ならざる者であり、人間ならざる者であって人間ではない。或いは全く、どちらでもないただの空虚であることも。選ぶなんてしない。選びたくなどない。選ぶ必要がない。どちらかでなくてはならない理由なんてない。そういう、人なのか。分からない。解らない。でも、必要はないのか。曖昧なのだから。曖昧でいて確固たる存在。矛盾さえも破壊してしまったような矛盾した存在。そして、選ばないが故に何も所有していない。それはひどく身軽な生き方だ。生死もすでに、どちらでもいいと言ってしまえるほどの。

「曖昧でも不断でも、人間であってさえ人間は人間を殺せる」

否、人間にしか、人間は殺せないのか。人間だから、人間を殺せるのか。成り下がる事もなく成り上がる事もなく。標準値で十分、殺戮に足りうる。酷い矛盾だ、たぶんそこに矛盾などと云うものはないけれど。大差のない、大差。

「私が墜落している様に」

私だけが墜落している訳じゃあない、と。彼女だけが逸脱しているわけではない。似たような人間は、それこそ腐るほどいる。言うなれば、異常なのは暗殺者という繋がりで家族をつくる存在でありながら人を殺さない自分の方だ。そんな事は言うまでもなく。無理矢理だとか実力不相応だとかそんなものを、もう言い訳としてだって持っていないというのに。

「そうして何より、簡単に見えて墜落するのは難しい事なのです」

堕ちるまでもなく堕ちている人間もいれば、進んで堕ちていく人間もいる。皆無と言って差し支えないほどに話される内容に脈絡はないけれど、一貫して言っていることは、何となくわかる。他人のものも自分自身のでさえも決定権を所有していない彼女と、他人にまで干渉しうる決定権を持つ自分と。周りに影響できるのだから、周りに流される必要はないという事。逃げてきた避けてきた、無意識の内に解答を出すことを拒否していた根本的な問いを。

「貴方は既に選ぶ力を持っている筈です。このまま堕ち続けることも、抜け出すことも」

言い換えれば、敢えて堕ちることをしなくても恐らく他に代わりはいくらでもいると、いうことだろう。逃避だって逃走だって、したければすればいい。本気で逃げたいのなら。本当に、逃げ出したいのなら。だけれどもう、はじめからなのかも知れないけれど、家族を置き去りになんて出来るわけがない。それが多分、答えだ。曖昧な確定事項。確固たる曖昧な回答を持つことを知ったこの時が、何の任務で一体何時の話だったかはもう判然としない出来事なのだけれど。


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両方が死ぬか、どちらかが死んでどちらかが生き残るか。二つに一つ。最悪、どちらも選ばない、という選択も、出来なくはないのだけれど。それは、出来ない。家族が望み、そして何より自分の意志で。文字通りの全滅は、させない。

「決定権は全てあなたにあるのです、ボンゴレ十代目」

加虐的に自虐的に。或いはどちらでもなくただ無表情に。選択など出来るはずがないことを見透かすように。或いは初めから見てなどいないように。ただ必然であるように、頭に響く科白は浸透するだけで重さはまるでない。

「あなたなら、どう、しますか」
「…私には、どうする事もできません」

どちらかを選ぶことも。何かを選ぶことも。別のことを考えることも。なるようにならなければ、だから多分時間というものが存在しなければ彼女は何もない無でしかない。言ってみたところでなくなるわけがないのだけれど。

「…恐く、ないんですか?」
「恐怖はありません。他の、何も」

昔、彼女が戯れ言と称した様に。はじめから失うものがなければ、はじめから選択することを放棄していれば。

「もう昔に墜落していますから。何も持っていないのです。自分自身も、所有していない」

加虐的に自虐的に。或いはどちらでもなくただ無表情に。ただ二人、取り残された最後の戦場で。彼女は何もかもを捨てた人だ。何もかもを捨て、されども彼女がそうであった様に自分もそうでありかけているように、彼女だけが放棄した人間では、ない。廃れた最悪の戦場には血と腐敗した臭いが充満している。



何もかもを捨てたひと

20090703
世界崩壊 様提出
title 夜風にまたがるニルバーナ



あきゅろす。
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