恩人は、盲目の人斬り



鼻孔を擽る甘い匂い。

嗅いだ事が有る、これは、

鉄の、あの《ニオイ》だ。



《第1話》
恩人は、盲目の人斬り




──一瞬、風が吹き荒れた。
その風に目が覚めて重たい身体を起こす。ふと背中に感じた違和感に首を傾げた。確か俺はベットに寝ていたはず、何故石が有る。と言うか此処は何処だ。


「………、」


つん、と鼻腔を突いた鉄の、独特な血のニオイ。何故、血のニオイがこんなにも濃いんだ。


「…アンタ、何時から其処に居たんだィ?」


唐突に聞こえた声。弾ける様に顏を上げて音源の方を見た。手に持つのは普段見慣れない筈の日本刀、刃は白銀色と言うより生き血を啜ったかの様に赤く染まって居た。だが、宝石のルビーの方が絶対綺麗だ。

何ンて、馬鹿な事を考えた。


「割らないのかィ。じゃァ、質問を変えよう。アンタは何処から来たンだィ?」


何時から其処に居た、何処から来た。何故か言わない方が良いと悟った。血を浴びた刀と、その刀を振るった此奴。近くに横たわる、人だったモノ。確実に殺られるのに、命乞いをしようとすら思わなかった。


「アンタ、口が利けないのかィ」


違う、と口に出そうとした。出なかった。唐突に襲う焦燥感。何故声が出せない、何故声が出ない。血を見ても焦燥は無かったのに、何故今更。身体が震えた。


「可哀想だね、拾ってやろうか」


拾う、俺を?冗談じゃ無い。俺には帰る場所が有る、それに知らないオジサンには着いて行くなって兄貴が言ってたし、銀八も言ってた。と言うか普通だろう。それに血塗れだし、人殺しだよ此奴。


「アンタの服は珍しい上に、彼奴の血で濡れてる。大人しく着いてきた方が身の為さね」


…確かに。

普通は銃刀法違反で捕まるのに、此奴は普通に日本刀持ってるし、辺りを見渡せば何か時代劇に出てきそうな江戸みてェな町だ。俺の知らない世界かもしれない、あァ、まさか、俺タイムスリップとかした?何か、頭ぐちゃぐちゃなんだが。


「俺は目が見えないんでね、ちょいと親近感が湧いたと言ったら、アンタは信じるかィ?」


頭が可笑しくなりそうだが、取り敢えず着いて行った方が良さそうな気がする。馬鹿だけど、第六感が告げてる気がする。着いて行け、行かないと後悔する。


「俺は岡田似蔵、アンタは?」


声が出ないと言うのに、聞くのかと呆れたが岡田似蔵は掌を出して来た。御丁寧に服で血を拭って、多分書けと言うのだろう。指先でしっかりと文字を刻んだ。


「柚子、と言うのかィ?良い名だね」


何となく、名字は教えなかった。






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